第181話 F級の僕は、『エレンの腕輪』の性能を確かめてみる


5月30日 土曜日7



頭の上にクエスチョンマークが飛び出してそうな表情のまま固まっている井上さんに、再度呼びかけた。


「時間も無いし、1分間程、全力で攻撃してきて」

「ちょっとちょっと! 何のつもり?」

「井上さん、A級でしょ? A級の全力攻撃、ちゃんと防御できるか確かめたいんだ」

「防御? それ系のスキル持ってるって事?」

「まあ、そんなところ」


実際は、スキルじゃ無くて、右腕に嵌めたアイテム、『エレンの腕輪』の効果だけど、その話をすれば、また色々ややこしくなるに違いない。


エレンは、『エレンの腕輪』を使用すれば、あらゆる攻撃を防御出来ると話していた。

能動的に障壁シールドを張る事も出来ると言っていた。

その障壁シールドみたいなのは、どこまでコントロールが利くものなのだろうか?

他人も含めて大勢を障壁シールドで包み込んで護ったりできるのだろうか?

まだ『エレンの腕輪』の効果を実際に目にしていない僕としては、その辺を確認しておきたい。


「ねえ、防御スキルの効果を確かめたいって……A級のクズ桧山と戦った時、使ったんじゃないの?」

「その時はまだ使えなかったんだ」

「使えなかった? それって、中村クンがいきなりA級超える位強くなっちゃったのと同じで、いきなりスキルも身に付いたって事?」

「そういう事にしておいて」

「しておいてって……」


井上さんがやや不満そうな顔になった。


「ねえ、私が全力で中村クンを攻撃する場合、問題点が二つあるんだけど」

「問題点って?」

「まず、私の戦い方はMPを消費するの。それも全力ってなったら、MP枯渇してしまうかもしれない。しおりん達を助け出す前にそんな事になったら、本末転倒でしょ?」


僕等の世界地球では、HP同様、MPを瞬時に回復させる事が出来る薬剤等の開発には成功していない。

つまり消耗したMPの回復は自然に任せるしかないという事だ。

相手のMP奪って自分のものにするスキルもあるらしいけれど。


「その点は心配ないよ」


僕は再びインベントリを呼び出して女神の雫を1本取り出した。

ダンジョンの燐光に照らし出されて、アンプルの中の薄紫色の溶液が妖しくきらめいている。


「なにそれ?」


井上さんが、僕の手元の女神の雫を不思議そうに覗き込んできた。


「これ、MP全快効果のあるポーションだよ」

「MP全快!?」

「井上さんの最大MP分からないけれど、1,000だろうが10,000だろうが、とにかく飲めばMP一瞬に全快する」

「なっなっなっ!!?」


井上さんが、これ以上無い位、大きく目を見開いた。


「はいどうぞ。なんなら、2本程渡しておこうか?」


井上さんは、僕から受け取った女神の雫を色々触り始めた。


「強力な魔力を感じる……」

「だから、MP使い切っても大丈夫だよ」

「そうじゃなくて!」


井上さんの顔が若干引きつっている。


「これ使えば、魔法系無双し放題じゃない。これ、どうしたの?」

「出所は詮索しないで欲しいかな。ただ、効果は保証するよ。僕も何度か使ったけれど、別段ヘンな副作用とか無かったし」


井上さんは、納得して無さそうな顔だったけれど、それ以上女神の雫について追及する事無く、話を続けた。


「まあいいわ。じゃあ二番目の問題点。私の全力、自分で言うのも何だけど、結構エグイよ? 中村クンのまだ試した事の無いスキルで防御しきれなかったら、大怪我で済まないかも」

「その点は大丈夫だと思うよ」


何か手違いが生じたとしても、エレンの祝福で、僕には即死無効の効果が働いてるし、HP1でも残っていれば、手足もがれても、神樹の雫を飲めば全快する。


「大丈夫って……使った事の無いスキルなんでしょ?」

「自動で防御もしてくれるらしいから」


確か、エレンがそんな話をしていたはず。


「らしいって……なんで伝聞調なの?」

「気にしないで。それより時間がもったいないからさ。早く始めよう。僕のスキルが皆をまとめて防御出来るなら、関谷さん達を護りながら、『佐藤博人』達と戦う事もより容易になると思うし」


僕に無理矢理促された形の井上さんが、僕と少し距離を取った。


「じゃあさ、まずはゴーレム召喚してみるから、攻撃防いでみて」


彼女は何かを呟きながら、右手を高々と掲げた。

すぐ傍に、直径数mの魔法陣が描き出され、そこから高さ数m程の灰色のゴーレムが出現した。

ゴーレムは、すぐに僕に突進してきた。

ゴーレムの丸太のような腕が僕目掛けて振り下ろされた。


―――ガキン!


しかし、その攻撃は僕に届くことなく、僕の手前1m程の所で、見えない何かに阻まれたように跳ね返された。

ゴーレムはその後も数回、腕を振り回したり、飛び上がって僕を踏み潰そうとしたりしていた。

しかし、全ての攻撃は、やはり僕の手前1m程の所で何かに阻まれ跳ね返された。

どうやら、これがエレンの話していた“自動防御”ってやつらしい。

恐らく、『エレンの腕輪』の内蔵MP消費で発動しているらしいその障壁シールドは、僕の目からも視認出来ないけれど、僕自身が意識する事無く勝手に僕を護ってくれるようだ。


「へえ~。本当に攻撃はじいてるね。やるじゃない」


井上さんが感心したように声を上げた。


能動的に発動したらどうなるんだろう?


僕は『エレンの腕輪』に意識を集中してみた。

と、僕を包み込むように、ほのかに発光する多面体の何かが出現した。

同時に、視界の隅に、何かの数字が表示された。


[0995/1,000]


何だろう?

どうやらその視界の隅の左側の数字は、1秒間に1ずつゆっくりと減少していく。

『エレンの腕輪』に内蔵されたMPの残量だろうか?

だとすれば、最初から995だったのは、さっきの自動防御でMP消費したという事かもしれない。


と、再びゴーレムが僕に襲い掛かってきた。


―――ガキキン!


自動防御が働いている時と同じく、ゴーレムの攻撃は全て弾かれて行く。


大きさは調節できるのかな?


僕の意識に応じて、多面体の障壁シールドが四方に膨張していく。

同時に、[ ]角カッコ内の左側の数字の減少速度が上昇していく。


なるほど。

標準よりも広げられるけれど、その分、MPの消費量も増えるんだ……


僕は井上さんに呼びかけた。


「僕の周りの障壁シールド、見える?」

「なんか、中村クンを包み込むように、いかにもバリアーですって感じのが見えるけど、それが中村クンの防御スキル?」

「うん。入って来れる?」


僕の言葉に応じて、井上さんがツカツカこちらに近付いて来た。

しかし、障壁シールドに触れた瞬間、彼女は跳ね飛ばされた。

尻もちを打つ形になったらしい彼女が顔をしかめた。


いたたた……」


僕は障壁シールドを停止させると、井上さんに駆け寄った。


「大丈夫?」


井上さんに手を差し伸べ、彼女を助け起こした。


「中村クンのバリアー、ゴーレムの通常攻撃位なら通らないみたいだけど、一旦展開しちゃうと、他の人も入れなくなるんだね」

「そうみたいだ」


僕は隣に立つ彼女と僕、二人を護るように再び障壁シールドを展開してみた。

僕等を取り巻く多面体を内側から見る形になった彼女が興味深げに周囲に視線を送っている。

僕は井上さんに声を掛けた。


「ゴーレムに僕等を攻撃するよう指示してみて」

「このバリアー、私の事もちゃんと護ってくれるんだよね?」

「その確認をしたいんだ」

「自分の召喚したゴーレムに殴り殺されたってシャレにならないオチはつかないんでしょうね?」

「多分」

「多分?」

「さっきも話した通り、今日が初めてだから」

「ちょっと!」

「ほら、時間がもったいないよ」


井上さんはまだ何か言いたげであったが、ともかくゴーレムに僕等二人を攻撃するよう命じてくれた。

灰色のゴーレムは、無言のまま、僕等目掛けて突進してきた。


―――ガキキン!


障壁シールドに接触したゴーレムは、突進してきた時そのままの勢いで、盛大に弾き飛ばされた。


「凄い! ちゃんと中の人、全員護ってくれるんだ」

「そうみたいだ。良かった」


どうやら、関谷さん達を救い出してから戦う事になっても、僕の障壁シールドで皆を護る事が出来そうだ。

あとは、このまま攻撃出来るか、だけど。


「井上さん、あのゴーレム、倒しちゃっても良い?」


井上さんの目が細くなった。


「いいけど。ウチのゴーレム、結構頑丈だよ? 物理耐性30%、魔法耐性50%だから」


確かに頑丈そうだ。


僕は、スキルを発動した。


「【影分身】……」


障壁シールドの外側に、【影】が一体出現した。


【影】を初めて目にした井上さんが、目を見開いた。


「アレって、中村クンが呼び出したの?」

「そうだよ」


僕は、【影】にゴーレムを倒すように指示を出した。


―――ドガガガ……


「うそ……」


井上さんが呆然と呟く中、僕の【影】は、彼女の灰色のゴーレムを一撃で粉砕した。


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