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第180話 F級の僕は、『佐藤博人』が人質を取っている事を知る
第180話 F級の僕は、『佐藤博人』が人質を取っている事を知る
5月30日 土曜日6
佐藤が企画し、結局、桧山によって大勢の人々が殺されてしまった田町第十の事件。
被害者の中で生き残ったのは、僕、関谷さん、そして茨木さんの3人だけだ。
事件のあった夜、茨木さんの知り合いの居酒屋で食事をした時、僕等は連絡先を交換していた。
まだ拘置されているはずの『佐藤博人』から、深夜、事件のあった田町第十前の駐車場に僕を呼び出すメッセージが届いた。
井上さんと夕食を楽しむ約束をしていたはずの関谷さんが、突然連絡も無しにどこかへ消えた。
僕は嫌な予感を無理矢理抑え込みながら、茨木さんの電話番号をクリックした。
……十数回呼び出し音を鳴らしたけれど、繋がらない。
と、茨木さんへの発信を切ったタイミングで、井上さんからの着信が入った。
『ちょっと! 勝手に電話切るなんてひどいじゃない!』
「ごめん。急いで確かめたい事があったから」
『確かめたい事?』
「実は……」
僕は、今夜、『佐藤博人』から呼び出しを受けている事を説明した。
「……それで今、茨木さんに電話したけど繋がらない。たまたまなら良いんだけど」
『もしかして、その『佐藤博人』って、捕まってる佐藤の関係者か何かで、中村クン達に仕返ししようとしてる、とか?』
「分からない。だけど、このタイミングで関谷さんとも茨木さんとも連絡取れなくなっているって言うのは……」
『均衡調整課には知らせてあるんだよね? その『佐藤博人』からメッセージ届いたって話』
「実はしてないんだ」
僕の返事を聞いた井上さんの声が少し苛ついた感じになった。
『なんで?』
「均衡調整課に知らせたら、僕個人で『佐藤博人』の話、聞けなくなるかなって」
今の僕のレベルは105。
S級でも現れない限り、相手が複数でも、僕一人でもそんなに危険は無いはずだ。
本物の佐藤の可能性はほぼゼロだと思うけど、それでも『佐藤博人』を名乗る相手だ。
事件の真相について、何かを知っている可能性は高い。
相手が大人しく話さないなら、【影分身】と【威圧】で脅すという手もある。
『田町第十の事件、捜査してるのは均衡調整課でしょ? で、キミ、形式上とは言え、そこの嘱託職員でしょ? そんな大事な話、連絡してないってどういう事?』
「ごめん。関谷さんや茨木さんが巻き込まれてる可能性、考えてなかった」
『とにかく急いで均衡調整課に……待って、チャットアプリにしおりんからメッセージが届いたみたい。一回切るね』
「分かった」
電話を切ったタイミングで、僕のスマホにも、『佐藤博人』から新しいメッセージが届いた。
『均衡調整課には連絡するな。お前一人で来い。関谷と茨木は預かっている』
!?
なぜこのタイミングでこんなメッセージが届く?
まさか、今の井上さんとの電話を盗聴されていた、とか?
少し間を置いて、再び井上さんから着信があった。
『スマホの電源切って、N市駅東出口に今すぐ来て』
それだけ話すと、井上さんはすぐに電話を切ってしまった。
もしかして、井上さんに届いた関谷さんからのメッセージって……
僕はスマホの電源を切り、急いで準備を済ませると、家を飛び出した。
スクーターを走らせる事20分。
N市駅の駐輪場にスクーターを停めて東出口に向かおうとした僕は、待ち構えていたらしい井上さんに呼び止められた。
「中村クン!」
「井上さん」
彼女は余裕の無い顔をしていた。
「関谷さんからメッセージって?」
「とにかくこっち来て!」
井上さんは僕の服の袖を引っ張るようにして、少し離れた場所に停車中の自分の車へと僕を連れて行った。
「乗って」
まさか、井上さんも『佐藤博人』とグルで僕を拉致しようとか……
一瞬、ろくでもない考えが頭を
井上さんは運転席に乗り込むと、すぐに車を発進させた。
「どうしたの? 何か慌ててるけど?」
井上さんはそれには答えず、逆に問いかけてきた。
「私との電話切った後、ヘンなメッセージ来なかった?」
「来た」
「もしかして、均衡調整課に連絡するな、とか?」
「よく分ったね」
僕は、井上さんとの電話を切った直後に届いたメッセージの内容を話した。
「実は私の方にも同じようなメッセージが来たわ」
「関谷さん名義で?」
「名義と言うか、しおりんのスマホ使って。夜11時、中村クンと一緒に田町第十に来い。均衡調整課に知らせたら、しおりんと二度と会えないと思えって」
「なっ……!?」
僕は思わず絶句してしまった。
それにしても、『佐藤博人』は何者だろうか?
せいぜい、妙なスキルを持つF級程度と思われているはずの僕と違って、井上さんはA級だ。
その井上さんを呼び出すとは、人質を取っている可能性考慮しても、相手は命知らずの馬鹿か、少なくともA級以上が複数人って事になる。
「私の予想では、相手はA級以上。何らかの方法で私達を見張っているか、電話を盗み聞きしていたはず。だからスマホの電源切って、こうして無目的に走り回りながら話をしているの。まあ、相手のスキル次第では、これも無駄な行動になっちゃうかもだけど」
「何が目的だろう?」
「分からないわ。だけどこれ、佐藤ってクズ関係じゃ無くて、もう一人のクズ関係じゃないかな」
「もう一人のクズ?」
「キミが倒したA級のクズがいたでしょ?」
桧山雄介。
ステータスを偽装して殺人繰り返して楽しんでいた、正真正銘のクズだ。
僕は彼を、行きがかり上、返り討ちにしてしまった。
「ああいうクズは、クズ同士結託してる時あるからね。大方、その辺りの関係者じゃないかしら。だとしたら、国が把握していない、やはりステータス偽装しているA級以上のクズ共が関わっていてもおかしくないわ」
だとすれば、非常に厄介だ。
「参ったな……ヒーラー無しでA級複数とやりあう事になりそうだなんて……」
井上さんが溜息をついた。
「回復ポーションなら持ってるから渡しとくよ」
僕はインベントリを呼び出して、神樹の雫を20本取り出した。
「ありがと。でも本当の問題は、人質にされてる可能性のあるしおりんと茨木さんをどうやって護るか、なんだけどね」
護る……
僕は、夕方エレンから貰った『エレンの腕輪』の事を思い出した。
「井上さん、ちょっと試したい事あるから、このまま近くのダンジョンに向かってくれない?」
「ダンジョン? 田町第十じゃなくて?」
「うん。相手がどんな手段で僕等を監視してるか不明だけど、さすがにダンジョンに入ってしまえば、なかなか監視しづらいんじゃないかな、と」
「へ~。キミも意外と頭まわるじゃない」
意外とは心外だ。
ともかく、僕等は田町第十からも程近いダンジョン、田町第一に向かう事にした。
田町第一は、E級のダンジョンだ。
内部はE級、イスディフイ風に言えばレベル20程度のモンスターが何種類か徘徊している。
スマホが使えないのでサイトで確認出来ないけれど、さすがにこの時間――夜10時過ぎ――中には誰もいないだろう。
案の定、20台程停められるスペースが設けられている田町第一の駐車場には、他の車の姿は無かった。
車から下りた僕は、井上さんに聞いてみた。
「ところで、戦う準備とかしてあるの?」
井上さんが顔を
「そんなわけ無いでしょ。
そらそうだ。
しかし、今の井上さんの格好は、ベージュのチノパンに真っ赤なノースリーブのニット。
上からデニムジャケットを羽織るという完全なる私服だ。
「もしもの時用に、ローブは車に積んであるけどね」
井上さんは、後部座席に積んである荷物からゴソゴソ、灰色のローブを引っ張り出してきた。
「もしもの時って?」
「急にスタンピード発生とかなったら、最低限、身を護らないといけないでしょ? まさか、クズ共と戦うために着る事になるとは思わなかったけど」
僕は井上さんと連れ立って、揺らめく陽炎のような入り口を通って、田町第一に足を踏み入れた。
入ってすぐの場所は、やや広めの空間が広がっていた。
僕は、インベントリを呼び出した。
そして、エレンの衣他、いつもの装備を取り出して身に付けた。
その様子を目にした井上さんが茶化すような声を掛けて来た。
「便利よね~。キミのスキル。それって、私も使えるようにならないかな?」
インベントリの指輪があれば君も使えると……
心の中で呟いてから、僕はここにやってきた目的を口にした。
「井上さん、今から全力で僕を攻撃してみて」
「はい?」
井上さんは、真顔で固まった。
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