第177話 F級の僕は、井上さんに問い詰められる


5月30日 土曜日3



佐藤はまだ拘置所の中?

ならば、今日僕に連絡を取ってきた『佐藤博人』は、誰だろう?

もしかして、スマホは押収されていなくて、誰かがそのスマホで佐藤に成りすましてるとか?


四方木さんが声を掛けてきた。


「佐藤がどうかしましたか?」

「いえ……」


とにかく、今夜は『佐藤博人』と会ってみる事にしよう。

そうすれば、疑問は全て解消するはず。


「なんとなくお聞きしただけです。もし佐藤の件で進展有れば、僕にも是非教えて貰いたいな~と」

「そうですね……」


四方木さんは、少し怪訝そうな顔をした後、話題を元に戻してきた。


「それで、出発は今夜と言う事で良かったですかね?」

「すみません、大学の課題レポート溜め込んでまして、今日中に済ませておきたいんですよ。出発、出来れば明日の早朝にして頂ければ有り難いんですが」


レポート溜まってるのは事実だし。


「そういう御事情なら仕方ない。我々も無理を申してますし。それでは明朝6時にこちらにお越し下さい。あ、一応、ゲートキーパー戦終わったら、出来るだけ早くにこちらに戻れるよう手配しますよ。早ければ、明日中には戻って来れるんじゃないでしょうか」

「宜しくお願いします」


さて、と四方木さん達が立ち上がろうとするのを、僕は呼び止めた。


「四方木さん、一つお願いがあります」

「何でしょうか?」


腰を浮かせかけていた四方木さん達が、そのままソファに座り直した。


「富士第一の階層ごとの地図をお見せ下さい。 あと、ゲートキーパー達の情報も知りたいのですが」

「お見せする事は可能ですが……」


四方木さんの目が細くなった。


「またどうして富士第一の地図やゲートキーパーの事、知りたくなったんですか?」

「富士第一に今後も関わる可能性有ると思うので、“予習”のつもりです」

「予習、ですか? しかし、92層以降の地図やゲートキーパーたちに関しては、我々、殆ど情報持ってないですよ?」

「構いません。富士第一に関して、現在までに判明している事柄も合わせて教えて頂ければありがたいです」

「まさか、中村さん……」


四方木さんが探るような視線を向けて来た。


「富士第一、密かに勝手に潜ろうとかそういうの、考えてないですよね?」


富士第一ダンジョンは、現在、一般人の無許可進入は法律で禁止されている。


「そんな大それた事考えてないので、安心して下さい。僕自身、単に富士第一についてもっと勉強しておこうって思っただけですよ。それにこれ、お願いと言うより、今回の件、引き受けさせて頂く条件って捉えて頂ければ」

「……分かりました。まあ、今回の件、私どもも中村さんには無理を申し上げてますからね。お教えできる範囲内でよければ、富士第一に関する資料の閲覧、許可させて頂きます」

「ありがとうございます」


僕は四方木さんに頭を下げた。

富士第一の地図やゲートキーパーの情報、神樹内部の巨大ダンジョンのそれと比較してみれば、色々分かる事もあるかもしれない。


四方木さん達との話が終了した後、僕は更科さんの案内で、均衡調整課地下へと向かった。

いくつかのセキュリティゲートを潜り抜け、分厚い扉を開けると、数台のパソコンが並んだだけの殺風景な小部屋に到着した。


「ここが資料室です」


更科さんの言葉に、僕は少し拍子抜けした。

資料室って言うからには、棚がいっぱい並んでいて、そこにぎっしり書類やなんやら色々並んでたりするものだと思ったんだけど。


僕の様子に気付いたらしい更科さんが微笑んだ。


「基本、部外秘の資料ばかりなので、電子データで保存されているんですよ。T都の本部だと、もっと色々置いてあって、資料室って感じなんですけど」


更科さんが、一台のパソコンの前に座り、電源を入れた。

軽くファンの音が聞こえてくると、この部屋の静かさが逆に際立つ不思議な感覚に襲われた。

更科さんはいくつかの操作を行った後、僕に席を譲ってくれた。


「富士第一のデータベースに接続中です。知りたい項目、クリックしてもらって結構ですよ」


画面には、冠雪する在りし日の富士山を背景にして、いくつかのフォルダが並んでいた。

僕はその内の一つ、ゲートキーパーの項目をクリックした。



……

80 バアル

81 アスタロト

82 ベリト

83 ロノウェ

84 ブネ

85 グラシャ

86 ナベリウス

……



富士第一81層から85層のゲートキーパー、名前を見る限りは、神樹第81層から第85層のゲートキーパー達と同じだ。


僕はそれぞれのゲートキーパー達の名前をクリックしてみた。

名称、特徴、攻撃方法、倒された日時、倒したクランの名称……

名称だけでは無く、特徴や攻撃方法等も、僕が神樹で対戦した彼等と全く同じに感じられた。

となれば、次に倒すべき神樹第86層のゲートキーパーは、ナベリウスって事になるのだろうか?


僕はナベリウスの名前をクリックした。



名称;ナベリウス

特徴;カラスのような身体に犬のような頭部を3つ持つ。体長およそ5m。

攻撃方法;素早く飛行しながら氷属性の魔法を主体に攻撃してくる。発する叫び声には幻惑の呪力が込められており、討伐隊を苦しめた。

…………

……



なるほど。


次は地図だ……


81層、82層、83層……

順番に目を通していくと、やはり神樹第81層、第82層、第83層……それぞれとよく相似しているように感じられる。


僕は更科さんに声を掛けた。


「これって、プリントアウトしたり出来ないですか?」


更科さんが申し訳無さそうな顔になった。


「申し訳ありません。プリントアウト出来ないようになってるんですよ」

「もしかして、機密情報って事ですか?」

「はい」


う~ん、実際この地図を手に、神樹内部の探索をして確認してみたかったんだけどな。


ともあれ、色々確認出来た。

時刻も既に正午を過ぎている。

更科さんのお昼休み潰したら可哀そうだし、今日はこの辺で退散しよう。



明日の予定を四方木さん達と再確認してから、僕は均衡調整課を後にした。

お腹も空いたし、課題のレポート作成に向けて図書館で調べ物もしないといけない。

そんなわけで、僕は大学に向かう事にした。

土曜日の午後1時前。

安くてボリュームのある食事を求める僕のような学生で、学食は賑わっていた。

同じ学部の連中の顔もちらほら見かけるが、当然、F級の僕と懇意にしようという物好きはいないわけで、僕は必然的に一人で昼食を“楽しむ”事になった。

テーブルの隅に運んできた生姜焼き定食を頬張りながら、僕はスマホを取り出してみた。

新着メッセージが届いている。



5月29日 12:18……


『こらこら、一緒に選んであげたのに、まさか忘れてる?』


井上さんだ。

一緒に選んでもらった?

一生懸命、記憶を辿った僕は、ようやくある事を思い出した。


この前の押熊第八の帰り、『Sel D’orセル・ドール』でバレッタ、一緒に選んで貰った。

しかしあれは、アリアへのプレゼントだ。

もしかして……


僕は少し嫌な予感を抱きつつ、メッセージを返信した。


―――『もしかして、バレッタの事?』


メッセージは直ちに既読になった。


『なんだ、覚えてるじゃん』


―――『なんで関谷さんが出てくるの?』


『しおりんに渡すために買ったんでしょ?』


やっぱり、勘違いしてる……

どうしよう?

まさかあのバレッタ、日頃お世話になってる異世界イスディフイ女の子アリアにあげちゃったので、もうこの世界地球には存在しませんって話すわけにもいかないし……


―――『関谷さんにいきなりプレゼントしたらヘンがられるでしょ? あれはお世話になった人へのプレゼント』


『なんでしおりんにプレゼントするのがヘンがられると思うのかは置いといて、世話になった人って誰? まさか君、既に彼女持ち?』


なんて返信しよう?

なんとか当たり障りの無さそうな文言で……


―――『彼女なんかいないって。あれは昔色々お世話になった親戚の娘さんへって事で買ったんだよ』


なら、なんでその親戚その人へのプレゼントじゃ無くて、娘さんへのプレゼントなんだ? ってツッコミは来ませんように……


『あやしい』


―――『あやしくないって。それより、田中さんに会ったよ』


僕は苦し紛れに話題転換を試みてみた。


『もしかして、富士第一?』


……どうやら成功したようだ。


―――『そうそう、百人隊の田中さん』


『その名前、聞きたくないんですけど』


―――『僕にもチャットアプリのID教えろってしつこかったよ』


『いっそ引き取って』


―――『謹んでお断りいたします』


その後、なんとか話を逸らし切る事に成功した僕は、しばし井上さんとのチャットを楽しんだ。

そしてなぜか来週、また関谷さんと3人でダンジョンに潜る約束をさせられた後、井上さんとのチャットを終了した。



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