第178話 F級の僕は、エレンからの贈り物を受け取る


5月30日 土曜日4



井上さんとのチャットを終了した僕は、改めて今日メッセージを僕に送信してきた『佐藤博人』を確認してみた。

すると、奇妙な事に気が付いた。


IDと電話番号が、以前登録していた佐藤のものと違う……

という事は、この『佐藤博人』は、やはり僕の知る佐藤では無いという事だろうか?


急いでお昼を済ませた僕は、学食を出て、人気の少ない場所まで移動した。

そして『佐藤博人』の電話番号に電話を掛けてみた。

しかし……


『ただいま電話に出る事が出来ません。しばらくたってからお掛け直し下さい』


女性の声で、定型文のアナウンスが聞こえて来た。

5分程置いて再度掛けてみたけれど、結果は同じだった。


仕方ない……


僕は『佐藤博人』に直接電話で話したい旨のメッセージ送信後、大学図書館へと向かう事にした。


土曜午後の大学図書館は、静けさの中にもそこそこ人が集まり、穏やかな時間が流れていた。

受付カウンターでノートパソコンの貸し出し手続きを済ませ、窓際の席を確保した僕は、背の高い書架の列へと向かった。

レポート作成に役立ちそうな本を探すが、中々良いのが見つからない。

もっとも、同じ課題レポートが出ているはずの学生達によって、既に確保済みなだけかもしれないけれど。

仕方なく、そこそこ役に立つと思われる本をいくつか見繕い、席に戻ると、僕は貸し出しを受けたノートパソコンを立ち上げた。

そして黙々とレポート作成に取り掛かった。

ひらすら本のページをめくり、キーボードを叩き続ける事数時間。

閉館時間の18時ギリギリまで大学図書館に籠り、ようやく課題のレポートを終わらせる事が出来た。

心地よい疲れと若干の空腹感が、僕の達成感をよりはっきりとしたものにしてくれた。

因みに、マナーモードにしておいたスマホに、『佐藤博人』からの連絡はまだ無い。


仕方ない。

予定通り、今夜11時に田町第十前の駐車場に行くか……

行けば、『佐藤博人』が何者で、どういった意図で僕を呼び出したのか分かるだろう。

今の僕はレベル105。

ステータスだけ見れば、僕等の世界でいう所のS級の領域に足を踏み入れている。

何か画策されても、何とかなるんじゃ無いだろうか。


近くのラーメン屋に寄って軽く夕食を済ませた僕がアパートの自分の部屋に帰り着いた時、既に時刻は夜の7時を回っていた。

今夜は『佐藤博人』と会う予定があるし、明日は5時起きで富士第一に向かわなければならない。

神樹攻略は無理だけど、ちょっと【異世界転移】してエレンやアリア達に顔だけ見せに行こう。

シャワーを浴びて準備を整えた僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。


『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋は、昨夜と大して変化は無さそうであった。

今夜もエレンはまだやってきていない。

まあ、僕の部屋に【異世界転移】するたびに、エレンが先回りして待ってる方が、おかしいと言えばおかしいんだけど。


アリアは戻って来てるかな?


僕は右耳に『二人の想い (右)』を装着し、アリアに心の中で呼びかけた。


『アリア、今何してる?』


すぐにアリアから返事が戻って来た。


『タカシ! 今、クリスさんやターリ・ナハとご飯食べてるよ』

『暴れる巨人亭?』

『そうだよ。タカシは今来たとこ?』

『うん。今、暴れる巨人亭の2階』

『じゃあ降りておいでよ。ちょうど食べ始めた所だから』

『ありがとう。ちょっと向こう地球で食べて来ちゃってるんだけど、味見だけでもさせてもらおうかな?』

『待ってるね』


念話を切り上げようとしたアリアに、僕は再度呼びかけた。


『アリア、待って! エレンも呼んでいいかな?』


なぜか少し間があってから返事が戻って来た。


『……来てるの? あの魔族の子?』


心なしか、念話から棘が感じられる。


『まだ来てないよ。せっかく皆で何か食べるんだったら、呼ぼうかな、と』

『……いいけど』


なんだか一気にアリアのテンションが下がってしまった。

昨日あんなこと第171話あったからかもしれないな。

僕は極力明るい感じで念話を返した。


『それじゃあ、ちょっと待ってて』

『分かった。急いで来ないと料理無くなっちゃうよ』


僕はアリアとの念話を追えるとエレンに呼びかけた。


『エレン……』


ふいに僕の目の前の空間が揺らめいたかと思うと、何者かが出現した。


「うわっ!?」


僕は、少し変な声を上げてしまった。

目の前、30cm程の所に突如出現したのは、エレンだった。

彼女の整った顔を至近距離からまともに見る形になった僕は、少しドギマギしてしまった。


「どうしたの?」


僕の様子に、エレンが少し怪訝そうな顔になった。

僕はさりげなくエレンから距離を取りつつ言葉を返した。


「何でも無いよ。それより凄いタイミングだね。今、丁度エレンに念話で呼びかけた所だったよ」

「知ってる。だから来た」


なるほど。

念話が届いた ⇒ 僕がこの世界にやって来た ⇒ じゃあ転移しよう

エレンの頭の中の三段論法が見えるようだ。


そんな事を考えていると、エレンが僕に声を掛けて来た。


「もしかして来て良いかどうか、確認してからの方が良かった?」


あれ?

なんか、エレンが“まともな事”言ってる?


「急にどうしたの?」

「どうもしない。あなたに嫌われるような行動を取りたくないから、聞いてみた」


なんだか、エレンらしくない気の使い方だ。

昨日、結果的に僕が生死の境を彷徨さまよう事になった手料理の件と言い、こっちに戻って来てからのエレンは、以前の彼女と何か雰囲気が違う。

500年前の記憶が完全に戻ったのが関係しているのかもしれないけれど。


「そうだね。出来れば、確認取ってもらえるとありがたいかな」

「分かった」


エレンは素直に頷いた。

少し落ち着きを取り戻した僕は、アリア達を待たせている事を思い出した。


「そうそう、エレンを呼んだのは、アリア達と一緒に夕ご飯食べないかな、と」


エレンが、少し困ったような顔になった。


「私は数日に一度の食事で事足りる。だから今、空腹感は無い」

「そっか……」


魔族って、燃費良いんだ……


少し場違いな事を考えながら、僕は言葉を続けた。


「まあ、食事って食欲満たすだけじゃ無くて、皆でおしゃべり楽しむ場でもあるしさ。ちょっと顔だけでも見せて行かない?」

「おしゃべり……なるほど」


エレンが何かを納得したような顔になった。


「おしゃべりして情報交換しようという事ね」

「情報交換?」

「タカシとアリア達も、昨夜、食事をしながらおしゃべりして、お互いの情報を交換していた」

「? まあ、そういう風に言えなくも無いかな?」

「確かに、アリア達とのおしゃべりを通して、ヒューマンの情報提供を受ける事は、私にとってとても意味のある事。ヒューマンについて知る事は、あなたについてもっと知る事に繋がる」

「えっ?」


食事をしながらおしゃべりを楽しもうという提案が、えらく大層な話になっている。


「まあ、そんな堅苦しく考えなくても良いと思うよ。エレンはあんまりおしゃべりとか好きじゃない?」

「私は……」


エレンがなぜか頬を染めながらうつむいた。


「あなたとのおしゃべりは……好き」

「そ、そうなんだ……」


僕の方まで釣られて顔が赤くなるのを感じた。


「とにかく、下、行こうか?」

「待って」


エレンが僕を呼び止めた。


「これ……」


エレンが虚空インベントリに右手を突っ込み、腕輪とネックレスを取り出した。


「もしかしてこれ、昨日言ってたやつ?」

「そう」


僕は、エレンが差し出してきた腕輪とネックレスを手に取った。

黒地に赤い何かの文様が刻み込まれた腕輪と白銀色の細い鎖のようなネックレス。

昨日話していた、完全防御効果のある腕輪と、自身を弱く見せかける事の出来る“首輪”だろうか?


「これ、どうやって使うの?」

「付けてみて」


僕はエレンに手伝って貰いながら、自分の右腕に腕輪を、首にネックレスを掛けてみた。


「腕輪は、あなたが攻撃を受ければ、自動的に障壁シールドを展開してくれる。能動的に展開する事も可能。ネックレスは、あなたのオーラを抑え込んでくれる」

「MP消費したりするのかな?」

「腕輪の方は、基本的に1秒間にMP1消費する。但し、強力な攻撃を完全防御し続けるには、1秒間に消費するMPが増大する。ネックレスは、MP消費含めて一切コストはかからない」


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