第174話 F級の僕は、神樹第85層も解放する


5月29日 金曜日6



エレンが、魔王エレシュキガルによって創り出された人格?


ノエミちゃんが、自身の“推測”を述べた。


「魔王エレシュキガルは、かねてより自身が封印された場合に備え、“エレン”を用意していた可能性がございます。封印後、予定通り“エレン”が魔王エレシュキガルの肉体に宿り、その身体を動かす。そうする事で、完全に行動を封じられるのを阻止した可能性がございます」

「でも、エレンは魔王エレシュキガルを憎んでいる。彼女が神樹第110層を目指すのは、魔王エレシュキガルの完全消滅を願っているからだ」

「偽りの記憶と人格を与えられ、魔王エレシュキガルを誰よりも憎むように仕向けられた“エレン”が宿る肉体を、魔王エレシュキガル本体である、とは誰も思わないでしょう。それどころか、彼女を擁護し、協力しようとする者さえ現れるでしょう」


エレンを擁護し、協力しようとする者。

ノエミちゃんは明言を避けたけれど、それは僕の事を言ってるのだろう。



―――闇に魅入られてしまったあなたでは、世界を救えない。



ノルン様の最期の言葉が脳裏に蘇ってきた。

ノエミちゃんも、最後には僕に同じ言葉を投げかけて来るのだろうか?


「もしかすると、神樹第110層を目指すという“エレン”の行動そのものが、魔王エレシュキガル本体が封印を打ち破るのに必要な行動なのかもしれません」

「でもそれって……」


僕は口がカラカラに乾いて行くのを感じた。


「ノエミちゃんの推測に過ぎないんだよね?」

「はい。ですが、私は相当な確度をもってこの推測が正しいと感じております」

「……それでも僕は、エレンを信じるよ」


ノエミちゃんがふっと頬を緩めた。


「それでこそタカシ様です」

「えっ?」


ノエミちゃんの意外な言葉に、僕は少し拍子抜けしてしまった。


「私の推測が正しければ、“エレン”が宿る肉体を殺せば、魔王エレシュキガルは消滅するはずです。もしこの事を今の“エレン”に告げれば、間違いなく彼女は自死を選ぶでしょう」


その意見には僕も激しく同意する。

今のノエミちゃんの話、事実かどうかを抜きにして、エレンには絶対に聞かせる事は出来ない。


「ですが私の推測が正しいとしても、“エレン”が、魔王エレシュキガルの犠牲者の一人である事に変わりはありません。タカシ様、可能であれば、“エレン”をお救い下さる方法、是非探し出してあげて下さい」


僕は思わずノエミちゃんの顔を見た。

彼女の顔には、優しい表情が浮かんでいる。

ふいに、500年前の世界に飛ばされる直前に訪れた空中庭園で、双翼の女性が発した言葉が思い出された。



―――彼女を救ってあげて下さい。



ノエミちゃんはノルン様とは違う。

僕の心の中を暖かいものが満たしていく中、僕等はグラシャが拠る第85層ゲートキーパーの間に続く巨大な扉の前に辿り着いた。



扉の前で、僕等は最後の打ち合わせを行った。

まずノエミちゃんの精霊魔法で、あらかじめアリアのステータスを底上げしておく。

戦いが始まれば、ノエミちゃんとクリスさんが支援を行い、僕とアリアがひたすら攻撃を行う。

エレンはいつも通り参戦しない。


「モンスター相手に戦った事が無いから、加減が難しい。多分私が攻撃したら、一撃で消滅させてしまう。アリア達に経験値を稼がせてあげる事も出来ない。アイテムもドロップするかどうか分からない」


エレンのステータス分からないけれど、多分、色々とんでもない事になってそうだ。


「よし、行こう!」


僕等は目の前の巨大な扉を押し開けた。

扉の向こうは、今までのゲートキーパーの間と大差ない感じの、高い天井が複数の柱で支えられた大広間になっていた。

暗がりの奥から、鷲の羽根を広げた巨大な黒い魔犬が、滑空しながら出現した。


…………

……


開始直後、僕は【隠密】状態になり、【影】を50体呼び出し、広間全体に散らばるように指示を出した。

クリスさんは詠唱を開始し、設置型の魔法の罠を広間のあちこちに仕掛けていく。

そして、ノエミちゃんが精霊魔法で僕とアリアを支援する。

グラシャは1分透明化すれば、必ず1度は透明化を解除しなければならない様子であった。

再度の透明化まで数秒のインターバルが必要らしいグラシャに、一定の間隔をあけて広間に散らばる僕の【影】の内、最も近くにいる者達が飛び掛かりダメージを与えた。

アリアもそのタイミングで矢を次々とグラシャに打ち込んでいく。

透明化してその攻撃をかわそうとするグラシャは、動き回る事で、かえってクリスさんの設置した魔法の罠に引っ掛かり、さらにダメージを蓄積させていく。


そして約10分後……



―――ピロン♪



グラシャを倒しました。

経験値82,528,603,687,600,600を獲得しました。

Aランクの魔石が1個ドロップしました。

グラシャの羽根が1個ドロップしました。



僕は拾い上げたグラシャの羽根をエレンに差し出した。


「これで全部揃ったかな?」


ロノウェのリング、ブネの王冠、グラシャの羽根。

これら三つの素材で、エレンは全ての攻撃を防御出来る腕輪を作れるという。


「揃った。後は任せて。明日の夜には腕輪を渡せるはず」

「ありがとう」


時刻はまだ10時前。

このまま第86層を目指すか、それとも……


少し考えた僕は、皆に提案した。


「第80層、行ってみない?」


アリアが不思議そうな顔をした。


「第80層に何かあるの?」

「第80層のレイス、MP全快効果のある女神の雫落とすでしょ? あれ、残り少ないから集めておきたいな、と」


今の戦いで、女神の雫は残り2本になってしまった。

女神の雫が大量にあれば、【影分身】で【影】を大量に召喚して維持し続ける事が可能になる。


「1時間僕にくれれば、あと1時間はアリアのレベル上げ、手伝ってあげるよ」

「私は問題無いよ」


他の皆にも特に異論は無いようだった。

僕等は第85層のゲートキーパーの間から第80層へと転移した。



かつては苦戦した記憶のあるレイスも、レベル105になった今は、そう大して苦労する事無く倒す事が出来た。

結局、最初の1時間で僕がレイスを20体、次の1時間で僕達のアシストでアリアがレイスを10体倒すのに成功した。

これで手持ちの女神の雫は22本になった。

今度、丸一日使ってレイス狩りして、女神の雫をさらに大量に確保しておくのも良いかもしれない。


「そろそろ帰ろう」

「うん。それじゃあね」

「それじゃあ、おやすみ」


アリアとクリスさんは、先に直接『暴れる巨人亭』へと転移して行った。


「アールヴ西の塔に転移する」


エレンが僕の手を取ろうとしてきた時、僕は二人に聞いてみたい事があったのを思い出した。


「そうそう、ノエミちゃんとエレンは、僕の能力、ステータス見なくてもある程度推察できたりする?」

「すみません、私はイシリオンのように、他者のオーラを感じ取る事は不可能です」

「私は分かる。タカシからは強力なオーラが感じられる」


やっぱり、オーラなるものである程度相手の能力を推察する事は可能なようだ。


「これって、どうにかできたりしないかな?」

「どうにか?」


エレンが小首を傾げた。


「うん。僕から出てるオーラみたいなの止めたり、僕の能力を簡単には推察されないようにする方法って無いかな?」


ノエミちゃんが口を開いた。


「イシリオンが申しておりましたが、精神鍛錬を極めれば、自身の発するオーラをコントロールできるようになるとか」


それって、なんだか凄まじい修行の果てに、達人が辿たどり着く境地っぽいにおいが……


エレンも口を開いた。


「呪力を込めた首輪を付ければ、弱者に見せかける事は可能」


ノエミちゃんが少し嫌そうな顔になった。


「それは、封印の首輪の事では無いですか?」


封印の首輪?

僕は、ノエミちゃんの力を封じるためにアク・イールが使用していた首輪を思い出した。


「封印の首輪をめれば、本当の弱者になってしまう。私が言ったのは、欺瞞の首輪。この首輪を身に付ければ、強者程、弱者に見せかける事が可能になる。レベル105のタカシが使用すれば、多分、レベル10程度にしか見えなくなる。首輪を装着しても能力自体は制限を受けない」


うん。

ノエミちゃんの言う修行よりも、エレンの言う首輪の方が僕には合っている。


「その首輪、どうすれば手に入る?」

「欲しいの? その首輪」

「うん。出来れば早めに手に入ると、とても嬉しいんだけど」

「タカシが嬉しいなら私も嬉しい。分かった。明日までになんとかしてあげる」

「本当に? ありがとう」


エレンが嬉しそうな表情のまま頬を染めてうつむいた。

その様子を目にしたノエミちゃんが、怪訝そうな顔をした。


よく分らないけれど、藪蛇になる前に移動した方が良さそうだ。


「それじゃあ、帰ろうか」


僕の言葉に頷いたエレンが改めて僕の手を取った。

その僕の手をノエミちゃんが握り、僕等はその場から転移した。


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