第173話 F級の僕は、ノエミちゃんから衝撃的な推測を聞く


5月29日 金曜日5



久し振りにいつもの手順美少女エルフ袋詰めでノエミちゃんと合流できた僕等は、クリスさんとアリアの待つ神樹第84層の元ゲートキーパーの間へと転移した。

そこから僕等――僕、エレン、アリア、ノエミちゃん、そしてクリスさん――5人は、第85層、グラシャの拠るゲートキーパーの間を目指して移動を開始した。


第84層からゲートを潜り抜けた先の第85層は、黒光りする御影石のような素材で構成されていた。

まるで区画整理されたかの如く、見事に碁盤目に配置された通路上の罠や通り抜けるためのトリックは、エレンとノエミちゃんがことごとく解除していく。

モンスターもエレンが同行しているためか、姿を現さない。

そのまま遠足気分で歩いていると、ノエミちゃんがそっと僕に囁いて来た。


「タカシ様、エレンに何かあったのでしょうか?」

「どうしたの、急に?」


まあノエミちゃんは、以前からエレンの事を、復活を画策中の魔王エレシュキガルだと“勘違い”している。

それ関係の話を蒸し返してきているのかもしれない。


「理由は不明ですが、かの者の雰囲気に変化が起こっています」


変化……?

今夜、エレンはノエミちゃんと合流してからは、黙々と案内役に徹してくれている。

その姿は、僕が500年前のあの世界に呼ばれる前と、何ら変わりは無い。


「どんな変化?」

「その……」


ノエミちゃんは、アリアとクリスさんを挟んで、先頭を歩くエレンの様子を窺いながら、意を決した雰囲気で囁きかけて来た。


「かの者から、よりはっきりと魔王エレシュキガルの気配が漏れ出してきております」

「魔王エレシュキガルの? 気配?」


エレンが魔王エレシュキガルとは別の存在である、という事は、少なくとも僕の中では明白な事実と認識されている。

エレンは心の隙をつかれ、エレシュキガルなる高次元の存在自称創世神に記憶と名前、恐らく実体そのものも奪われた被害者。

そして500年前のあの世界で、僕はエレンと共に、エレシュキガルを封印した。


「もしかしてノエミちゃん、エレンの事、まだ魔王エレシュキガルだって思ってる?」

「もちろんです」

「魔王エレシュキガルは封印されてるんでしょ?」

「はい」

「封印されてるって事は、自由に動き回れないんじゃないかな?」

「普通に考えれば、自由には動き回れないはずです」

「じゃあ、自由に動き回っているエレンが魔王エレシュキガルだったらおかしくない?」

「タカシ様。魔王エレシュキガルは封印されていますが、いずこに、どのような状態で封印されたかは伝わっておりません」


封印……

{封神の雷}を使用した直後、あの闇の空中庭園で、黒い結晶体を白い光の柱が包み込んだ。

そして僕はこの世界に戻って来た。

てっきり、500年前に存在した、そして今もこの世界のどこかに存在している魔王宮の闇の空中庭園に、魔王エレシュキガルは封印されているのかと思っていたけれど。


「エレシュキガルは、魔王宮のどこかに封印されている訳では無いの?」

「魔王宮?」

「暗黒大陸の……」


言いかけて、ノエミちゃんが怪訝そうな表情をしている事に気が付いた。

そう言えば、魔王宮の話、この世界で聞いた事あったっけ?

500年前の世界とこの世界。

余りに似通ったこの二つの世界で過ごした記憶がごちゃ混ぜになりそうな不思議な感覚。


「タカシ様、なぜ魔王宮の事を御存知ですか?」

「以前どこかで小耳に挟んだ、と言うか……」


僕は、咄嗟に取りつくろってしまった。

だけど500年前の世界で僕が体験してきた出来事、ノエミちゃんには、いずれちゃんと説明するべきだろう。


「魔王エレシュキガルが封印されたのは500年前。年月をる内に、もしかすると私が知らないだけで、世間では不確かな噂話だけが独り歩きしてしまってるのかもですね」


ノエミちゃんは、アールヴ王宮内で、光の巫女として秘匿されて成長した。

アールヴ外の状況にうとい彼女は、どうやら勝手に納得してくれたようだ。


前方からエレンが声を掛けて来た。

進行方向の通路が虚空へと消えている。

通過するのに特定の行動を取る必要のあるエリアに差し掛かったらしい。

ノエミちゃんとエレンがパズルのようなナゾ解きをいとも簡単にクリアした後、僕等は再び歩き始めた。


先頭はエレン、続いてクリスさんとアリア、最後尾は僕とノエミちゃん。

エレンは無言で僕等を先導している。

アリアは、クリスさんと軽口を叩きあって談笑している。

そして相変わらずモンスターは姿を見せない。

神樹最前線とはとても思えないのんびりとした雰囲気。


僕はノエミちゃんと並んで歩きながら、気になる事を聞いてみた。


「結局500年前、何があったの?」

「伝説の勇者様が、お命と引き換えに魔王エレシュキガルを封印した、とのみ伝わっております」


それは以前第46話、ノエミちゃん自身が口にしていた。



―――魔王の闇の力が余りに強大で、伝説の勇者様ですら、そのお命を燃やし尽くして封印なさるのが精一杯であった、と伝えられております。



僕はノエミちゃんの言い方に、以前には感じなかった違和感を抱いた。


伝わっております?


ノエミちゃんの母、ノルン様と僕は、少なくとも魔王エレシュキガルを封印する直前まで、一緒に行動してきた。

ならば、ノルン様の娘であるノエミちゃんは、ノルン様からもっと詳細を聞いていてしかるべきでは無いだろうか?


「ノエミちゃんのお母さんは、ノルン=アールヴ女王陛下なんだよね?」

「はい」

「ノルン様は、先代の光の巫女だったんでしょ? 伝説の勇者と行動を共にしたりはしなかったのかな?」

「共に行動しておられたはずです。ですが……」


ノエミちゃんは少し言い淀んだ。


「ですが、母はなぜか、伝説の勇者様の事をほとんど語って下さらないのです」


僕は、あの世界で最後に聞いたノルン様の言葉を思い出した。



―――闇に魅入られてしまったあなたでは、世界を救えない。



ノルン様は、やはり僕の行動に納得していなかったのだろう。

それは500年経った今もきっと……


「ノルン様が多くを語って下さらないのに、どうして魔王エレシュキガルが封印された事は分かったの?」

「勇者様が最後の戦いに向かわれた直後、魔王宮そのものが消滅しました。同時に、突如全世界の魔王軍が力を失いました。理由不明に彼等は自壊したそうです。そして神託が下りました。“魔王エレシュキガルは異世界の勇者により封印された。しかし、勇者はその代償にこの世界を去る事になった”と」


どうやら、世界を去るという表現が、勇者の死を意味するもの、と解釈されたようだ。

実際、{封神の雷}の代償は、HP全損。

エレンの祝福の特殊効果即死無効無しだと、本当に僕は“命を燃やし尽くし”ていたはずだ。


「タカシ様」


ノエミちゃんが、真剣そのものな眼差しで囁いて来た。


「先程、魔王エレシュキガルがいずこに封印されているかは不明と伝えられている、と申しましたが、私の考えは少し違います」

「と言うと、心当たりがある?」


もしそうなら朗報だ。

魔王エレシュキガルを今度こそ完全消滅させる大きな手掛かりになるはず。


僕の言葉に、ノエミちゃんはうなずきながら、僕等を先導しているエレンに視線を向けた。


「魔王エレシュキガルは、やはりかの者の中に……」

「まさか、エレンの中に魔王エレシュキガルが封印されてるって事?」

「少し違います」


ノエミちゃんは、一旦言葉を区切った。

そしてしばらく逡巡した後、言葉を続けた。


「最初かの者を目にした時、私の中の光の巫女としての力が、かの者こそ魔王エレシュキガルである、と警告を発しました。しかし、かの者と接触を繰り返すうちに、奇妙な事に気が付きました」

「奇妙な事って?」

「かの者、今は“エレン”と名乗る魔族は、魔王エレシュキガルを憎んでおります。もっと強い言い方をすれば、魔王エレシュキガルの消滅を願ってさえいるように感じられます」


それはそうだろう。

僕自身、エレンが何度も“あいつエレシュキガルを殺して”と囁くのを聞いた。


「だからこそ、エレンは魔王エレシュキガルじゃ無いって言えるんじゃないかな?」

「残念ながら、彼女こそ闇を統べる者、魔王エレシュキガルです」

「だからそれは……」

「タカシ様、ここから先は、私の推測になります」


ノエミちゃんは、僕の言葉をやんわり押し留めながら、言葉を続けた。


「“エレン”なる存在は、魔王エレシュキガルがこの世界をあざむくために用意したいつわりの人格の可能性がございます」


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