第172話 F級の僕は、アリアの誤解を解く


5月29日 金曜日4



クリスさんの推測によれば、僕が生死の境を彷徨さまよったのは、エレンが手料理を作るのに使ったリーサルラットの脳漿が原因だったらしい。

ヒューマンなら皮膚に付着すれば焼けただれ、1滴口にするだけで即死するその猛毒は、もちろんエレンが隠し味に使ったという脳漿にも含まれている。


「君が即死しなかったのは、使用されていた量が少なかったためか、調理過程で毒性が減少したためかわからない。とにかく運が良かっただけだったんだと思う」


あとは、もしかしたら、“エレンの祝福”の効果の一つ、“即死無効”が仕事してくれたのかもだけど。


クリスさんの言葉に、エレンが真っ青な顔になった。


「タカシ、ごめんなさい……」


ちなみに、魔族にとってはリーサルラットの体液は、皮膚に付いても少し荒れる程度、そのまま大量に生で飲み込んでも、少しお腹を壊す程度らしい。


「私、やっぱりあなたの傍にいてはいけない存在なのかも……」

「そんな事無いよ! 別にエレンに悪気があったわけじゃ無いんだし、僕もこうして無事だったし」


すっかり思いつめた顔をしているエレンを一生懸命なだめていると、クリスさんが声を掛けて来た。


「それはともかく、アリアの誤解、早く解いておいた方が良いんじゃないかな?」


そうだ、アリア!

しかし、彼女はなんであんなに怒っていたのだろうか?

まさか嫉妬? なわけないか……


「アリアは……」


クリスさんが、目を細めて何かを探るような表情になった。


「自分の部屋にいる。大泣きの真っ最中だね」


スキルか何かで様子を探ったのだろうか?

しかしなんにせよ、アリアが泣いているのは、僕に責任があるに違いない。


「ちょっとアリアの所に行ってきます」

「ちょっと待った」


部屋を出て行こうとした僕は、クリスさんに呼び止められた。


「君が直接出向いても、意固地いこじになってるアリアは誤解だって認めてくれないかもしれない。仕方ないから、僕が話してきてあげるよ」


言われてみればそうかもしれない。

僕はクリスさんに頭を下げた。


「ありがとうございます。お願いします」


クリスさんが出て行った後、僕はしょんぼりした様子のエレンに声を掛けた。


「料理作ってくれたのは嬉しかったよ。ありがとう」

「だけど、もう少しであなたを殺してしまう所だった」

「これからはさ、アリアか誰かに、僕等が食べて大丈夫な食材かどうか聞いてからにした方が良いかもね」


僕の言葉に、なぜかエレンはますます落ち込んだ雰囲気になってしまった。


「やっぱり……私は他の種族と違う……他の種族からしたら、私は異質な存在……」

「そ、そんな事無いって!」


う~ん、こういうシチュエーションに慣れてないから、エレンにどんな言葉を掛けてあげたら良いのか正直よく分らない。

ここは、一つ話題を変えてみよう。


「それにしても、モンスターを食材にしちゃうなんてさすが……」


言いかけて僕は違和感を抱いた。

モンスターって、死ねば光の粒子になって消滅するんじゃ無かったっけ?

死んだモンスター、どうやって食材にしたんだろう?


僕の心の声が伝わったらしいエレンが答えた。


「魔族は、自分よりレベルの低いモンスターを従える事が出来る。その状態でモンスターを殺せば、経験値とアイテムは入手出来ないけれど、死体は消滅しない」

「モンスターを従える? つまり手懐けるテイムするって事?」

「テイム……他の種族がモンスターを“手懐てなずける”のと、私達の“従える”とは、多分、だいぶ意味合いが違う。だけど具体的な説明は難しい。ごめんなさい」


そう言えば、エレンは以前、自分はモンスターに襲われないと語っていた。

さらにエレンは、自由自在に神樹内部のモンスター達を呼び寄せたり遠ざけたりしていた。

あれが、“従える”って意味だろうか?


「そう、そんな感じ」


僕の心の中の言葉を読み取ったらしいエレンが返事した。


それにしても、なんだかさっきから心の中を読まれてばかりだ。

僕とエレンの間にはパスが繋がっており、それによってお互い念話で通じ合うことが出来る。

とは言え、僕の方は、エレンの思念が能動的には読めないのに、エレンは僕の思念を容易に読み取ることが出来るようだ。

ちょっと不公平な気も……


「ごめんなさい」


エレンがいきなり謝ってきた。


「別に読もうとしてるわけじゃ無いけれど、勝手にあなたの考えている事が分かってしまう。これからは気を付ける」

「そ、そうなの?」


勝手にって、もしかしてエレンが魔族だからだろうか?


「ううん。魔族だからってわけじゃ無くて、多分……その……」


エレンが真っ赤になってうつむいた。


「いつもその……あなたの事を……」


エレンの様子に僕の方までドキドキしてきたところで、扉がノックされた。


―――コンコン


「はい」


扉を開けると、クリスさんとその後ろに隠れるようにアリアが立っていた。

アリアは、バツの悪そうな顔で上目遣いに僕の様子を窺っている。

僕は努めて明るい雰囲気で声を掛けた。


「アリア、おかえり。さっきは誤解させてごめんね」

「う、うん……」


アリアがおずおずと僕の方に歩み寄ってきた。


「私の方こそごめんね。確認もせずに引っぱたいて。お詫びに、その……なんでも一つ、言う事聞くから」

「そんな、気にしなくて良いよ」

「それで……身体はもう大丈夫なの?」


僕が答えるより先に、エレンが口を開いた。


「タカシはもう大丈夫。私が責任をもって生命力を吹き込んだから」

「生命力を? 吹き込んだ?」


首を傾げるアリアに、エレンがさらに“詳しく”解説を試みた。


「そう、生命力をくち……」

「とにかく! エレンが介抱してくれたから! もう僕は大丈夫!」


理由不明に本能的な危険を察知した僕は、咄嗟に、エレンの言葉に自分の言葉を被せてしまった。


「とりあえず、夕ご飯食べようよ」



夕食を終えた僕は、今夜の神樹攻略について、皆と相談した。


「エレン、前に話していた全ての攻撃を防ぐ事の出来る腕輪、あと“グラシャの羽根”があれば作れるんだよね?」

「そう。グラシャの羽根は第85層のゲートキーパー、グラシャを倒せば手に入る」

「グラシャってどんなモンスター?」

「背に鷲の羽根を背負う黒い巨大な魔犬の姿をしている。姿を消す事が出来て、不可視の力を振るう」

「姿を消すって、もしかして【隠密】状態になれるって事?」

「違う。完全に透明になれる。【看破】で位置を見破る事も不可能」


完全に透明になれるって、そんな敵、どうやって倒せば良いのだろうか?


クリスさんが口を開いた。


「透明になれるモンスターは、概して透明化している時は、スキルや魔法使用できないけれど、グラシャはどうなんだろう?」

「グラシャも透明化している時は物理攻撃しか出来ない。だけど、透明化していない時の不可視の力による攻撃の方が厄介」

「それって、魔法? スキル?」

「不可視の力による攻撃はスキルによるもので、無属性。一回当たりの攻撃力は高くは無いけれど、連続して繰り出してくるので、注意が必要」


僕は気になる事をたずねてみた。


「グラシャ、物理攻撃効かないとかそういうのは?」


今の僕は、魔法に関連する攻撃力が乏しい。

以前対戦した第84層のゲートキーパー、ブネのように、物理攻撃に高い耐性を持っている敵は面倒だ。


「HPは高いけれど、物理攻撃に対する耐性は40%以下。そこまで高くない」


という事は、タイミングさえ合わせれば、いつもの【影】大量召喚でなんとかなるかも。


「ちなみに、エレンはグラシャを“従え”たりできないの?」

「ゲートキーパーは従える事が出来ない。だけど安心して。タカシが危なくなったら、私が助けるから」


まあ、相手のレベルは85。

レベル105の僕なら、余程気を抜かなければ、そう苦労しないで勝てるんじゃないかな。

いや、勝てると良いな。


僕はアリアとクリスさんに、先に第84層の元ゲートキーパーの間、第85層に続くゲートのある広間に転移して待っていてくれるように告げた。

二人が転移して去って行った後、僕はエレンに声を掛けた。


「それじゃあ、ノエミちゃんを迎えに行こう」


僕の手を取ったエレンが何事かを呟いた。

次の瞬間、僕等はいつものアールヴ王宮西の塔の物陰に転移していた。


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