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第167話 F級の僕は、S級二人から支援要請を受ける
第167話 F級の僕は、S級二人から支援要請を受ける
5月28日 木曜日5
箒に跨って舞い降りた僕等は、すぐに四方木さん達に囲まれた。
「サンダース女史、それに中村さん、何がありました?」
四方木さん達の話によると、僕とティーナさんが、生成されたゲートの向こう側に消えて10分程で、ゲートそのものが消滅してしまったのだという。
慌てて
「すみません。あのゲートを潜った瞬間、富士第一の1層目に飛ばされてしまいまして……」
僕は、事前にティーナさんと相談した話に沿って説明を試みた。
四方木さんが、ティーナさんの方に顔を向けた。
「そうなんですか?」
「はい。二人でGateを潜ったと思ったら、富士第一の1層目の転移Gateの上でした。不思議ですね」
四方木さんは、にこにこしているティーナさんの顔をしばらくじっと見つめた後、口を開いた。
「とにかく、勝手に正体不明のゲートの向こう側の探査を試みられては困りますよ。なぜ我々に一言、相談して頂けなかったのですか?」
「Ms. Saibaraとは相談しました。
「中村さんは、
「そうでした! すっかり忘れてました」
なぜかわざとらしくそう話したティーナさんがすっと四方木さんに近付いた。
そして、何事かを四方木さんの耳元で囁いた。
途端に、四方木さんの顔色が変わった。
「……なぜそれを……?」
「ご心配なく。私は口が堅い事で有名なんですよ」
相変わらずにこにこしているティーナさんに、少し忌々しそうな表情を向けた後、四方木さんが大きく息をついた。
「とにかく、お二人とも無事で良かった。中村さん、そろそろ帰還の予定時刻です。撤収の手伝い、お願いできますか?」
「はい」
四方木さんに連れられてその場を離れようとした僕は、斎原さんが駆け寄って来るのに気が付いた。
「中村君! 無事だったのね?」
「斎原さん、おかげさまで“何事も無く”、戻ってこれました」
「ごめんなさい。あの女狐の口車に乗せられた私の失敗だわ」
斎原さんは、立ち去って行くティーナさんに厳しい視線を向けながらそう口にした。
「それで……あのゲートの向こうでは何があったの?」
「あのゲートを潜った瞬間に、富士第一1層目に転移してました」
「転移?」
「はい」
「……ならば、女狐の実験は半分成功したって事かしら?」
ティーナさん達EREN(国家緊急事態調整委員会)は、確か
「すみません。その辺の事情は、僕にはよく分らないと言いますか……」
僕の言葉を引き継ぐ形で四方木さんが口を開いた。
「とにかく、今回のERENの実験に関しては、帰還後、詳細の説明を求めるつもりです」
「何か分かったら、私にも知らせて頂戴。あとは約束通り、あの女狐本人からも直接……」
何かを呟きながら、斎原さんも自分のクランの仲間達の方へと戻って行った。
帰路は、往路とは異なる道筋で1層目に接続されている転移ゲートを目指す事になっていた。
穏やかな木漏れ日の差し込む森の小道を更科さんや真田さんと話しながら歩いていると、今更ながら、元の世界に戻って来る事が出来たのだ、という実感が湧いてきた。
途中、何度か出現するモンスター達は、同行するS級やA級達が危なげなく倒していく。
そして研究者達は所々で立ち止まり機器で測定を行ったり、何かを採集したりしていく。
特にトラブルも無くそろそろ1層目に接続されている転移ゲートが見えて来る辺りで、誰かがいきなり僕の肩に寄りかかってきた。
「よお、お前が噂の中村クンか?」
見ると、僕より少し年上の茶髪の男性がニヤニヤしながら立っていた。
「君は相変わらず失礼な男だな。それが初対面の人物に対する挨拶かい?」
そう口にしたのは、少し離れた所に立つ、僕と同世代と思われる真面目そうな雰囲気で銀縁眼鏡をかけた男性。
彼等は確か……
「田中様、それに伝田様、ウチの職員に何か御用でしょうか? もし御用でしたら、四方木を通して頂けますとありがたいのですが」
更科さんが、さりげなく僕の手を引いて、田中と呼ばれた茶髪の男性から僕を引き離した。
「美香ちゃん、つれない事言うなよ。ちょっとおたくの新人君に挨拶をって思っただけじゃねえか」
ニヤニヤ笑ってるこの茶髪の男性は、確か、クラン『
そして、少し離れた所に立つ眼鏡の男性は、クラン『
今まで特に僕に絡んでこなかったS級二人が、急に何の用だろうか?
なんにせよ、トラブルの臭いしかしないけれど。
「中村、お前、F級のくせに、何か特殊なスキル持ってるんだってな?」
「大したスキルは持ってないですよ」
「なあ、チャットアプリのID教えろよ? 後で連絡するからよ」
そう言えば、関谷さんの友達のA級、井上さんが、田中さんから『毎日チャットアプリにメッセージ届く』って話してたな……
なんとか
「中村さん、S級の方々との私的な交流は、均衡調整課の規則で禁じられていますよ。それに、スマホなくしたって言ってましたよね?」
「そ、そうなんですよ。だから今、チャットアプリでどうこうって無理なんです」
因みに僕のスマホは、アパートの部屋で留守番中だ。
僕の言葉を聞いた田中さんは、チッと舌打ちした。
「なんだよ、使えねえな。しょうがねえ。俺のID教えてやるから急いでスマホ買い替えて、連絡して来い」
「そんな、S級様のIDなんかもらえないですよ」
「なんだと? 俺が良いって言ってんだ。黙って受け取れ」
そう口にすると、田中さんが強引に自分のIDが記された紙切れを僕に押し付けてこようとした。
それを僕の代わりに真田さんがひょいと受け取った。
「申し訳ございません。規則でこうした事は禁じられておりますので」
「なんだよ、均衡調整課職員としての中村じゃなくて、ダチとしての中村と親交深めようってだけじゃねえかよ」
「規則でございます」
「てめえ、B級のくせに……」
「
激昂する田中さんに、僕等の様子を見ていたらしい伝田さんが声をかけた。
「君はやっぱり頭悪いね。そんなやりかたしたって、ちっとも上手くいかないって、どうして学習しないんだい?」
「てめえ、やんのか?」
「狂犬の相手は疲れるけれど、やるなら相手するよ?」
伝田さんの目が、眼鏡の奥で冷たく光った。
それを目にした田中さんが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「てめえとやりあったって、何の得にもならねえよ!」
田中さんが引き下がった所で、今度は伝田さんが僕に話しかけて来た。
「不快な思いをさせて申し訳ない。もう知っているかもだけど、僕の名前は伝田圭太。それであの頭悪そうなのは田中彰浩。僕達二人ともS級で、クランの総裁やってたりするんだ。実は僕達、君に、お願いがあってね」
「何でしょうか?」
「今度、僕達、『
協定?
支援要請?
僕は真田さんの方を見た。
「伝田様、支援要請でしたら、中央審議会の方に……」
「真田さん、その辺はもう手続き済ませてあるよ。後は中村君個人の承諾待ちさ」
二人の会話に戸惑う僕に、更科さんがそっと囁いた。
「均衡調整課は、各クランと協定を結んでまして。支援要請受けた側は、格別な理由が無い限り、それを拒否できない事になっています。とは言え、クラン側からの支援要請は前代未聞です」
伝田さんが、苦笑いになった。
「更科さん、聞こえてるよ? 別にこそこそ話す内容でも無いと思うんだけどね」
「失礼しました」
更科さんは、素直に頭を下げた。
伝田さんはにこやかな表情のまま、再び僕に問いかけてきた。
「それで、どうかな?」
僕は真田さんと更科さんの様子をそっと窺ってみたけれど、二人が何か発言しそうな素振りは感じられない。
仕方ない。
無難そうな返事をしておこう。
「すみません、何分、最近嘱託職員に採用されたばかりでして。四方木と相談しますので、お返事はお待ち頂けますか?」
「分かった。良い返事、期待してるよ」
そう話すと、伝田さんは、なおも何か騒いでいる田中さんを引き摺るようにして去って行った。
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