第166話 F級の僕は、ティーナさんの推論に身を強張らせる


5月28日 木曜日4



僕等が“転移”した先は、富士第一ダンジョン1層の転移ゲート、通称エレベーターの真上であった。

『転移石』は、本来、神樹内部の各階層に設置されている転移ゲートを作動させ、使用者を神樹第1層の転移ゲートに送還してくれるアイテムのはず。

その『転移石』が、あの正体不明の大広間にあった転移ゲートらしき魔法陣を作動させ、僕等はこうしてここ、富士第一ダンジョン1層まで戻って来る事に成功した。

僕はその事実に密かに驚いた。

同時に、エレンに富士第一ダンジョン90層の情景を“見せた”時のやりとりを思い出した。



―――あなたが私に見せた風景とモンスターは、間違いなく神樹第90層のもの



やはりここ富士第一ダンジョンは、異世界イスディフイの神樹内部の巨大ダンジョンと何らかの関係がある?


僕が首を傾げていると、駆け寄ってきた均衡調整課の職員達が不思議そうに問いかけて来た。


「Ms. Sanders, you come back ahead of schedule. What's the matter?」

「君は確か……嘱託の中村君だよね? 四方木さんや他の方々は?」


僕が答えるより早く、ティーナさんが言葉を返した。


「少しtroubleが発生しました。今は何時ですか?」

「何時……」


職員の一人が、自分の腕に巻いたアナログの腕時計に目をやった。

昔ながらのねじ巻き式。

特殊な加工を施されていない精密な電子機器が使用不能なダンジョン内部では、こうした旧式の時計が活躍している。


「午後2時過ぎですね。確か予定では、午後5時前にお戻りになるとお聞きしていたのですが」

「今日は5月28日、でしたよね?」

「ええ、そうですよ」


職員の答えを聞いたティーナさんは、何かに一人で納得したような顔になった。

職員は、ティーナさんに問いかけた。


「それで、どのようなトラブルが発生したのでしょうか? 応援、呼ばれますか?」


ティーナさんが微笑んだ。


「大丈夫です。本当に些細なtroubleでしたので、既に解決しています。ただ、私達以外の調査隊はまだ91層に残っているはずです。私達を急いで91層に転移させてもらっても良いでしょうか?」



均衡調整課の職員達に91層に送ってもらった僕等は、調査隊が留まっているであろう、92層に続く転移ゲートのある白いドームを目指す事にした。

僕等がまたがった箒は、ティーナさんの力で、91層の空を滑るように飛び始めた。

この世界で“今日”の午前中――僕的には、もう4日も前の話だけど――下から見上げた大森林を、今は上から見下ろしている。

階層を埋め尽くすように広がる緑はなかなかの圧巻だ。

ティーナさんが話しかけて来た。


「Takashiさん、あの大広間の転移ゲート、二度目に私達が乗った時には作動しましたが、何かスキルか魔法、使用したのですか?」


『転移石』については説明しにくい。

なにせ、あれ転移石は、本来この世界に存在しない、異世界イスディフイのアイテムだ。


「違いますよ。ただ心の中で念じてみたんです。ここから脱出したいって。ダメ元だったのですが、上手く作動してくれてよかったです」


嘘は言っていない。

スキルも魔法も使用していないし、脱出したいと念じたのは本当だ。

但し、『転移石』握って、だけど。


「そうですか……」


ティーナさんは少し考える素振りを見せた後、再び口を開いた。


「Takashiさん、一つ提案があります」

「何でしょう?」

「あの大広間……Monsterの中に謎の人物が閉じ込められていたあの場所の事、私たち二人だけの秘密にしておきませんか?」


それは……

僕にとっては好都合だ。

あの大広間での話を秘密に出来るなら、僕があの化け物の中から救い出した“エレン”に親し気に接していた話なんかを広く知られずに済む。


「僕は構いませんが、他の皆さんには何と説明するつもりですか?」

「あの人工的に生成されたGateを潜った瞬間、気が付いたら富士第一の1層目に転移していた……って感じでどうでしょう?」

「タイムラグについてはどう説明しますか?」


僕等がDID次元干渉装置で生成された人工ゲートを潜ったのは、午後1時半過ぎ。

対して、富士第一の1層に僕等が戻って来たのは午後2時前。

約30分のタイムラグがある計算になる。


「irregularに生成させたGateを潜ったのですから、irregularな出来事が起こってもおかしくないかと」


まあその辺は、僕とティーナさんが口裏を合わせるなら、誰も真相に辿たどり着けないだろうけれど。


「分かりました。その方向で僕も話を合わせますよ」

「良かったです。ところで……」


僕の前で箒に跨るティーナさんが振り返った。


「あの白い閃光が走って謎の女性が消滅した時、あなたには何が起こっていましたか?」


僕の心に緊張が走った。


「何がって……気付いたら倒れてました」

「それだけ?」

「それだけです」


ティーナさんが、試すような視線を向けて来た。


「Rip Van Winkleの話、御存知ですか?」

「リップヴァンウインクル? ですか? すみません。分からないです」

私の国アメリカの短編小説です。主人公のRipが山の中で陽気な一団と出会って、楽しく飲み食いして、一晩寝て街に戻るって話です」


なんでいきなりリップさんの話なんか持ち出してきたんだろう?


少し戸惑う僕に構わず、ティーナさんが話を続けた。


「山の中で一夜を明かしたRipが街に戻ると、なんと、20年が過ぎてたってオチなんですけどね」


僕の鼓動が一気に早くなった。


あなたの国日本にも、浦島太郎の話がありましたね?」

「どうして今、そんな話を?」

「なんとなく……です。一般相対性理論でも述べられていますが、速度や重力が異なる場所では、時間の進み方が変わります。私達はそれをRip Van Winkle Effectと呼んでいます」


ティーナさんが口にしたのは、俗にいうウラシマ効果の事であろう。

この場合、浦島太郎やリップさんなのは、ティーナさんとこの世界地球って事になるけれど。

それはともかく、ティーナさん、この世界の一瞬のうちに、僕が500年前の異世界で4日間を過ごしてきた事を見抜いている?

いや、さすがにそれは有り得ないはず……


「なかなか面白そうな話ですね。ですが、僕には少し難しいかもです」

「難しいですか? でも、瞬間的にあなたの能力がA級からS級に跳ね上がったのを説明するには、なかなか良いideaだと思ったのですが」


A級からS級?

そう言えば、あの500年前のイスディフイに飛ばされる直前、僕のレベルは84だった。

それが今は、105まで上昇している。

ティーナさんは、僕がモンスターを倒した時、何らかのエネルギーを吸収しているのが“視えた”と話していた。

つまり彼女は、僕がモンスターを倒す事で経験値を獲得し、それをかてにステータス値を向上させる事が出来る存在だ、と疑っている可能性がある。

だからこそ、この世界から見て、瞬間的に僕のステータス値が上昇したのは、僕が時間の流れが異なる別の世界でモンスターを倒し、成長してきたためだ、と考えたのかもしれない。


と、ここで一つの疑問が湧いてきた。


「どうして僕がS級クラスになっている、と思ったのですか?」

「ふふふ、見れば分かります。それに白状しますが、私の能力の一部が、今のあなたには通じなくなっています」


能力の一部?

何の話だろう?

それはともかく、見れば分かるっていうのは、やはりオーラなるものと関係しているのだろうか?

斎原さんや四方木さん、それに異世界イスディフイのイシリオンも、僕を見るだけで、ある程度僕の実力を推し量る事が出来るようだった。

彼等はオーラ云々って話をしていたけれど、それをティーナさんも感じ取れるって事だろうか?

だとすれば、かなりまずい。

自分のステータス値をある程度推測されてしまうとすれば、それは相手にアドバンテージを与える事になるだろう。


今度、イスディフイに【異世界転移】した時にでも、ノエミちゃんかエレンに、僕の能力を推測されずに済む方法、何か知らないか聞いてみようかな……


と、ここで僕は重大な事を思い出した。


『エレン!』


彼女はあれからどうなったのだろうか?

実体を無事取り戻せたのだろうか?

僕のステータスウインドウに、“エレンの祝福”が表示されている事から、消滅したりはしてないと思うけれど……


『エレン……』


僕の再度の呼びかけにも反応が無い。

この世界での“昨日”は、くぐもりながらもエレンと念話で会話を行う事が出来ていた。

もっとも、エレンも、通常は世界の壁を越えて念話は届かないと話していたので、“昨日”がイレギュラーなだけだったのかもしれないけれど。


何とも言えない不安感が心の中で急速に大きくなる中、白く輝くドーム状の構造物とその周りで作業に当たっている調査隊の人々の姿が見えて来た。

僕等の姿に気が付いたらしい四方木さん達が慌てた様子で駆け寄ってくる中、僕とティーナさんを乗せた箒は調査隊の駐屯地にフワリと舞い降りた。


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