第168話 F級の僕は、世界が書き換わっていないか確認しに行く


5月28日 木曜日6



富士第一ダンジョンでの大冒険が終了し、無事アパートに帰り着いたのは、夜10時過ぎであった。

魔導電磁投射銃は、こっそりトイレで手持ちのAランクの魔石を4個嵌め込んでから、四方木さんに返却した。

僕個人では方法が分からないので、魔石の“調整”は当然行っていない。

もしかしたら後で魔石がすり替わっているのに気付かれるかもだけど、その時は、ティーナさんとゲートを潜ったのが影響してるかも、とシラを切る予定だ。

ちなみに、あの伝田さん達から申し入れのあった“支援要請”については、四方木さんに一任してある。

四方木さんの推測では、僕がS級の斎原さんやティーナさんと関わっているのを見た伝田さんが、僕に関心を持って、こうした前例の無い支援要請を出してきたのだろう、という事であった。


「田中様はともかく、伝田様にはお気をつけ下さい。彼はなかなかしたたかな人物ですから。とにかく、支援要請の件、ちょっと調整してみます。もし先方から中村さんの方に接触があっても、四方木に任せているの一点張りで宜しくお願いしますよ」


四方木さんの言葉が脳裏によみがえってきた


なにはともあれ、僕的には5日ぶりの我が家ボロアパートだ。

お風呂に入って一息ついた僕は、スマホを手に万年床に寝転がった。


チャットアプリの方に、何件か未読のメッセージが届いている……

関谷さんと井上さんと、数件のつまらない荷物持ちしろメッセージ。


つまらない荷物持ちしろメッセージには定型文を返信した。



―――『均衡調整課の仕事を手伝う事になったので、今後一緒にダンジョンに潜る事が出来なくなりました』



そして関谷さんと井上さんには、無事戻って来た旨を返信した。


そろそろ今のイスディフイ、特にエレンがちゃんと無事なのか、確認してこよう。


僕はエレンの衣を身にまとい、腰にヴェノムの小剣 (風)を差すとスキルを発動した。


「【異世界転移】……」


視界が瞬時に切り替わった。

ルーメルの『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋。

僕の体感的には数日ぶりの定宿じょうしゅくは、いつもと変わらない風景……


―――ポフッ!


いきなり誰かに抱き付かれた?


「タカシ!」

「エレン?」


いつも通り、先回りして転移してきていたのであろうか?

僕の胸の中に飛び込んできたエレンは、そっと僕を見上げて来た。

心なしか、瞳が潤んでいる。


「良かった……もう会えないかと心配した」

「えっと……?」

「あなたは、あの世界で{封神の雷}を使用した後のタカシでしょ?」

「あの世界……?」


今日のエレンは、黒地に赤の刺繍が入った素材不明の衣装を身に纏っている。

容姿や髪型に違和感はない。

しかしどうも、僕の知るエレンと雰囲気が違う。

向こうの世界の“エレン”はともかく、こっちの世界のエレンはもっとこう、感情表現に乏しかったはず。

それにいきなり{封神の雷}の話が出て来る辺り、もしかしてこのエレンは……?


僕が若干戸惑っていると、エレンが僕からそっと身を離した。


「ごめんなさい。つい、嬉しくて」

「謝らなくて良いよ。ちょっとびっくりしただけだから」

「昨日の午後……」


エレンが囁くように語り出した。


「500年前のあの時の事を急に鮮明に思い出したの。あなたが{封神の雷}で魔王エレシュキガルを封印して、私が実体を取り戻す事が出来た時の事を」


間違いない。

今目の前にいるエレンは、500年前のあの世界で、僕の中にいた“エレン”と連続性を持っている存在だ。

と言う事は、“エレン”は消滅せず、世界は書き換わらなかった、と言う事だろう。


「なぜこんな大事な事を忘れていたのか分からない。そして、なぜ突然思い出したのかも」


もしかして……


僕は“昨日”の出来事をエレンに語って聞かせた。

富士第一ダンジョンでの実験で生成されたゲートの向こう側で、“エレン”を化け物の中から救い出した事、

500年前のイスディフイに召喚された事、

そこで4日間を“エレン”と共に過ごした事、

そして、{封神の雷}を使用した事……


僕の話を聞き終えたエレンが何かに納得したような顔になった。


「私が昨日、突然全てを思い出したのは、あなたがあの世界で正しい選択をして、この世界に戻って来てくれたからに違いない」

「それで、エレンは記憶と名前も取り戻す事が出来たの?」


エレンの表情が一気に強張った。


「私があいつに押し付けていた全てが私に戻って来た。あいつが魔王エレシュキガルとして、世界を滅ぼそうとしていた時の記憶すら私に流れ込んできた」


エレンの表情は苦渋に満ちたものへと変って行く。


「昨日全てを思い出した時、自分の犯した罪の重さに気が狂いそうになった。だけど同時に、あなたが私に生きる道を示してくれた事も思い出した」


エレンが再び僕に寄り添い、僕の胸に両手を添えて来た。


「昨日までの私は、自我や記憶になぜかかすみがかかったような状態だった。それはきっと、私自身が過去と向き合う覚悟が持てず、あなたがあの時消えてしまってからずっと……500年間ずっと、目をそむけ続けて来たからだと思う。だけど昨日私は、全てを思い出した。自分の罪も、あなたが示してくれた生きる道も」


エレンが僕の目をじっと見つめて来た。


「あなたはあの時、こんな私と共に歩いてくれると言ってくれた。あの言葉、信じても良い?」

「もちろんだよ。一緒にエレシュキガルを完全消滅させよう。一緒にこの世界と人々を救い続けよう」

「ありがとう、タカシ……」


エレンの顔から憂いの色は消えていた。

彼女はそっと目を閉じた。

そしてそのまま、僕の顔に自分の顔を近付けて来た。


えっ?


僕等の唇が重なる寸前、扉がノックされた。


―――コンコン


「は、はひ!?」


なぜか必要以上に動揺してしまった僕は、エレンから離れると、戸口に返事した。


「タカシ、来てる?」


アリアだ!


慌てて扉を開けると、廊下にはアリアとクリスさんが立っていた。


「タカシ! 二日ぶりだねって、どうしたの? 顔、赤いよ?」

「な、何でも無いよ。そうだ、ちょうど今、エレンも来ていてね」


僕は心の動揺を悟られまいと、部屋の中にいるエレンの方に視線を向けた。

エレンの方は、何事も無かったかのように、涼やかな顔をしている。


「知ってるよ。だってクリスさんが、タカシとエレンが部屋にいるよって教えてくれたから」


どうやらアリアの部屋に遊びに来ていたクリスさんが、スキルか何かで、僕とエレンがここにいるのを察知したらしい。


僕はチラッとクリスさんの様子を窺ってみた。

彼女はなぜかにやにやしている。


僕とエレンの様子を詳細に“視て”、あのタイミングで僕の部屋を訪れたわけではありませんように。


「そうなんだ、まあとにかく入って」


部屋に招き入れたアリアさんとクリスさんに椅子を勧めて、僕自身はベッドに腰かけた。

クリスさんが、僕に話しかけて来た。


「なんか……雰囲気変ったね?」

「そうですか?」


クリスさんとは二日ぶりだ。

しかし、もしかしてクリスさんもまた、僕の能力を正確に推し量る事が可能であれば、僕の急激なレベルの上昇に違和感を抱いたのかもしれない。


「それはそうと、君はもしかして転移が使えるのかい?」

「いえ、使えないですよ」


500年前のあの世界で使用出来た{転移}のスキル、この世界に戻って来た直後に他の{ }波カッコ付きのスキルと一緒に消失している。


「君とそこの魔族さん、突然君の部屋に出現したように感じられたんだけど、時間差あったんだよね。だから、別々に転移してきたのかと思ったんだけど」


どうしよう?

今後も神樹攻略、クリスさんに手伝って貰うなら、【異世界転移】の話、伝えといた方が良いだろう。


「クリスさん、今からお話しする事は、ここだけに留めて頂いても良いですか?」

「何の話だい? 何か悪事を働こうって話じゃ無ければ、言いふらしたりしないけれど」

「悪事とは無関係ですよ。実は……」


僕はクリスさんに、僕がこの世界イスディフイの住人では無い事、こことは別の世界地球から時々この世界イスディフイを訪れている事を説明した。

僕の話を聞いたクリスさんは、驚いたような顔になった。


「すると君は、あの伝説の勇者と同じく、異世界からやってきた存在なんだ」


伝説の勇者。

異世界から召喚され、500年前に、魔王エレシュキガルを封印した存在。

図らずも今回僕は、その“伝説の勇者”の役割を演じさせられたわけだけど。

そう言えば、あの世界で竜王バハムートを倒した時、クリスさんによく似た人物を助けたっけ?


「僕自身は、勇者とかそんな大層な存在じゃないですよ」

「でも君、神樹を昇ろうとしてるよね?」

「ちょっと事情があって、創世神イシュタル様に会いたいと言いますか……」


会って、エレシュキガルの事を聞かないと。


クリスさんがくすりと笑った。


「異世界の住人でありながら創世神イシュタル様に会おうとしてる時点で、僕には君が勇者と無関係とは思えないけれど」

「僕が勇者かどうかはともかく、今の話は内密でお願いします」

「分かった。君の許可無くこの話は誰にも漏らさないと約束するよ」


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