第159話 僕は、ついに魔王エレシュキガルと対峙する


5月28日 木曜日3

第4日目――2



エルフの戦士達が見守る中、僕は魔王宮の四方に配置された“灯篭”の一つの前に立っていた。

“灯篭”の上部には、丁度魔石を置くことが出来そうな受け皿のような部分がある。

僕は魔導電磁投射銃から取り出した4体のモンスター達が落とした魔石の内、『竜王の瞳』をその部分にそっと乗せてみた。


―――ボッ!


まるで何かが発火するような音を立てて、“灯篭”全体が輝き出した。

そして、“灯篭”から魔王宮に向けて、一条の光が放たれた。


「やはり……」


その様子を眺めていたノルン様が呟いた。


「ノルン様、これは?」

「勇者様、魔王エレシュキガルは、神樹創造にまつわる聖なる伝承をなぞろうとしていると思われます」

「聖なる伝承、ですか?」

「創世神イシュタル様は、四界を鎮めた守護神獣達の心をもって神樹を創造し、その最上層に自らの御座所を定められた、と伝わっております。魔王エレシュキガルは、光を憎み、闇を統べる者。聖なる伝承を悪意をもってなぞる事で、創世神様の御業みわざに挑戦しようと試みているに違いありません」

「それならば、このまま4体のモンスター達の魔石全てを捧げれば、“闇の神樹”みたいなのが誕生してしまうのでは……」

「魔王エレシュキガル如きの力と、ただのモンスターの魔石だけで、創世神様の奇跡を完全再現する事は不可能なはずです。恐らく、全ての魔石を捧げさせる事で、自らの居場所に勇者様を招くつもりかと」


僕を?

魔王宮の中、魔王エレシュキガルの拠る場所に招き入れる?

自分魔王を倒す可能性のある異世界の勇者を?


「ノルン様は、どうしてそのように思われるのですか?」

「それは……」


言いかけてノルン様は口ごもった。


「とにかく、全ての魔石を捧げてみましょう。私の推測が正しいかどうか、それで確認できるはずです」


僕は、残り3ヵ所の“灯篭”にも魔石――不死鳥の核、獣王の胆、海王の牙――を捧げて回った。

魔石を捧げるたびに、“灯篭”からは、一条の光が魔王宮に向けて放たれて行く。

そして、最後の魔石を“灯篭”に捧げ、そこから伸びる一条の光が魔王宮に到達した瞬間、少し離れた場所でどよめきが起こった。


「聖下様! 勇者様!」


そのどよめきの中心に駆け寄った僕とノルン様は、そこに直径5m程の丸い幾何学的な文様が出現している事に気が付いた。

それは、神樹第1層や富士第一ダンジョン1層目で見た転移の魔法陣そっくりに見えた。

その魔法陣を調べていた魔導士達が、僕等の方を振り返った。


「これは転移の魔法陣です。ただどこに繋がっているかは……」

「この先で魔王エレシュキガルが、私達を待ち受けているはずです」


自信無さげな魔導士の言葉にかぶせるように、ノルン様は力強く断言した。


「私と勇者様とで向かいます。皆さんは、この地で引き続き警戒に当たって下さい」

「聖下様! 危険でございます。まずはどこに繋がっているのか、転移先からこの場所に再び戻って来れるのか確認しましょう」

「危険は元より承知の上。それに、私の予想では、勇者様で無ければこの魔法陣は作動しないはずです」

「聖下様、それでは私も同行させて頂きます」


ノルン様と魔導士との会話に加わってきたのは、銀色に輝く鎧を身にまとい、長大な槍を手にしたエルフの男性。

光樹守護騎士団団長ベルグサイムさんだった。


「我等は元々魔王エレシュキガルと戦うためにここに参りました。勇者様と聖下様が魔王の元に向かわんとする時、騎士団最強を自負するこの私が同行しない選択肢は有りますまい」

「聖下様、もちろん私もお連れ頂けますよね?」


空色のローブを羽織り、青い宝玉がめ込まれた杖を手にするエルフの女性も進み出て来た。

彼女は確か、宮廷魔導士長のリーハスさんだ。

二人の言葉を聞いたノルン様が、僕の方を見た。

ベルグサイムさんとリーハスさんの実力は分からないけれど、騎士団団長、魔導士長をそれぞれ務める二人だ。

そんな彼等が同行を申し出てくれているのに、それを断る理由は見つからない。


「僕としてはありがたい話ですが……」


僕の言葉を聞いたノルン様が二人に言葉を返した。


「分かりました。それでは4人で参りましょう」


ベルグサイムさんとリーハスさんが同行を申し出た事で、他にも同行を希望する人々が続出した。

しかしノルン様は、他の皆にはこの地に留まるよう告げた。


「相手は卑劣な魔王エレシュキガル。転移先に罠を仕掛けていないとも限りません。私達だけならば、その罠を切り抜けられても、皆さんでは力不足を否めないでしょう。ですから、皆さんにはここに留まり、不測の事態に備えて頂きたいのです」


その場の皆にとって、厳しい言葉ではあるものの、正論だったのだろう。

それ以上の同行を申し出る者はいなくなった。


「では参りましょう」


ノルン様の言葉をきっかけに、僕等は魔法陣の中心に立った。

次の瞬間……


僕等の視界が切り替わった。

先程までの明るい野外では無く、うす暗いどこか。

幸いな事に、ノルン様、ベルグサイムさん、リーハスさん含めて4人全員で、ここへの【転移】には成功しているようであった。

段々目が慣れてくると、頭上に二つの月が輝いている事に気が付いた。

足元には、月光に照らし出された色とりどりの花々が咲き乱れている。

さらに周囲に目をやると、床は途中で途切れ、その向こうには星々が輝く夜空が広がっていた。

そして、半径50m程の円盤状に広がるこの場所の中心には、高さ10mはありそうな巨大な黒い結晶体が浮遊しているのが見えた。

結晶体の有無を除けば、この場所は、あの双翼の女性と出会った空中庭園そのものだ。

ここは一体……?


少し混乱する中、ふいに声が響いた。


「ようこそ、異世界の勇者と簒奪者の子等よ。あなた達を歓迎します」


いつの間に現れたのであろうか?

巨大な結晶体の脇に、素材不明の黒っぽいローブをまとった一人の人物が立っていた。

肩より少し長い位の闇色の髪。

頭部には一対の角。

その右の瞳は紅のように燃え、左の瞳は若草のように澄んでいる。

その顔は、間違いなく僕の良く知る人物のもの。

そしてその声も……


「エレン……?」


僕の心の中の一番奥深い所で、僕では無い誰かが息を飲むのが感じられた。

隣に立つノルン様が、うめくように呟いた。


「魔王エレシュキガル!」


ノルン様が何かを歌うように詠唱を開始した。

僕等を優しく力強い精霊の光が包み込んでいく。

リーハスさんもまた、何かの詠唱を開始した。

彼女の眼前に巨大で複雑な魔法陣が凄まじい速度で描き出されて行く。

ベルグサイムさんが槍を構え直し、突撃の姿勢を取った。

槍が凄まじい閃光を発し始める。

それを“魔王エレシュキガル”は、ただ微笑を浮かべたまま眺めている。


そして……


リーハスさんの描き出した魔法陣から放たれた強力な禁呪の力が、“魔王エレシュキガル”に襲い掛かった。

同時に、ベルグサイムさんもまた、閃光を放つ槍を手に“魔王エレシュキガル”に突撃した。

しかしその凄まじい攻撃全てを“魔王エレシュキガル”は、右の手の平だけで受け止めた。


「簒奪者の子等よ、あなた達では私に触れる事すらかなわない」


“魔王エレシュキガル”は微笑を浮かべたまま、羽虫を払うかの如く、右手を振った。

その瞬間、僕を除く周囲の全てが不可視の力によりなぎ倒された。

そしてノルン様、ベルグサイムさん、リーハスさんは、地面に縫い付けられたかの如く動けなくなってしまった。


「ノルン様!」


慌てて駆け寄ろうとする僕をノルン様が右手で制した。


「勇者様……どうか、魔王を……」


僕は腰に差していた光の剣を抜き放ち、“魔王エレシュキガル”を睨みつけた。

彼女の姿は僕の知るエレンそのもの。

しかし、その中に宿るのは、間違いなく僕の知らない禍々しい何か。


「お前が魔王エレシュキガルなのか? その姿は、エレンの記憶と名前を奪って得たのか?」


“魔王エレシュキガル”は微笑みを浮かべたまま、僕の方に近付いて来た。


「そんなに怖い顔をしないで。異世界の勇者よ、あなたの問いに答える前に少し話をしましょう」

「お前と話す事等無い。記憶と名前をエレンに返せ!」


“魔王エレシュキガル”が、少し嘆息するような表情を見せた。


「中村隆君。F級だったあなたにチャンスを上げた私の事、忘れてしまったの?」


―――ドクン!


僕の心臓が跳ね上がった。

F級?

チャンス?

何の話をしている?


「私があなたをこの世界に呼んだ。呼ばれた理由も忘れてしまったの?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る