第158話 僕は、魔王宮へと転移する


5月28日 木曜日3

第3日目――7



神樹の間を取り囲むように広がる吹き抜けの中庭には、エルフの戦士達が大勢整列していた。

戦士と言っても、その装備は様々だった。

剣や槍を手にしている者、弓を背負う者、ローブを身に纏い、杖を手にする者……

彼等は、僕等の姿に気付くと、一斉に臣礼を取った。

ノーマ様が、僕にささやいた。


「この者達は、光樹守護騎士団と宮廷魔導士達から、私自らが選抜した精鋭達にございます。いずれもレベルは80を超え、勇者様を助け、魔王を滅ぼさんとする気概にあふれる者達です。彼等なれば、必ずや勇者様の助けとなれましょう」


レベル80。

地球風に言えば、A級以上の戦士達だ。

彼等が、魔族としての容姿以外、その能力に不明な部分の多い魔王エレシュキガルとの戦いに同行してくれるなら、これ以上心強い事は無いだろう。

しかし……


「魔王宮は南の暗黒大陸に位置してますよね? つまり、彼等と共に、その地まで行軍する、という事でしょうか?」


僕の言葉にノーマ様がにっこり微笑んだ。


「ご安心下さい。暗黒大陸へは【転移】で向かって頂く予定にございます」

「もしかして、僕が何人かずつ複数回に分けて、一緒に【転移】するという理解で宜しいでしょうか?」

「その手法ですと、中途で魔王エレシュキガルに気付かれた場合、全員が【転移】し終わる前に、攻撃を受ける可能性がございます。ですから暗黒大陸までは、我等の大魔法にて、神樹の間より一度に全員、【転移】でお送りいたします」


僕と同行して魔王エレシュキガル討滅に向かうのは、光樹守護騎士団長ベルグサイムさん率いる騎士64名と宮廷魔導士長リーハスさん率いる魔術師34名の合わせて98名。

彼等と挨拶を交わした後、僕等は明日朝、魔王宮のある暗黒大陸へと向かう事になった。



5月28日 木曜日3

第4日目――1



朝食後、出発の準備を整え光の武具に身を固めた僕は、ノルン様の案内で神樹の間に向かった。

神樹の間を取り囲むようにして広がる中庭には、昨日顔合わせをした騎士や魔導士達98名が既に集まっていた。

彼等と挨拶を交わしていると、僕等に少し遅れて、ノーマ様も姿を現した。

アールヴ神樹王国女王としての正装なのであろう。

薄紅色を基調とした壮麗なドレスを身に纏ったノーマ様が、集まった戦士達を前に話し始めた。


「皆さん、魔王エレシュキガルが闇より這い出し、私達の世界に滅びを告げてより十有余年……」


ノーマ様の言葉が熱を帯びていき、それに耳を傾けるエルフの戦士達の目にも闘志が宿っていく。


「……今こそ魔王エレシュキガルを打倒し、この世界に光を取り戻す時です!」

「万歳! アールヴ万歳!」


ノーマ様の演説は、戦士達の歓呼の声で締めくくられた。


いよいよ暗黒大陸、魔王宮に向かう時が来た。


僕等はノルン様に先導される形で、神樹の間に足を踏み入れた。

僕とノルン様が神樹の間中央に立ち、その周りにエルフの戦士達が身を寄せ合うように集まってきた。

さらにその外側を、魔導士達が一定の間隔に立ち、何かの詠唱を開始した。

僕等の周囲に折り重なるようにして、次々と魔法陣の花が開いていく。

辺りを濃密な魔力が満たしていき、それが奔流のように僕等の周囲で渦を巻き始めると同時に、周囲の風景が切り替わった。


ドーム状の天井は消え去り、代わりに生い茂る木々の切れ目から木漏れ日が降り注いでいるのに気が付いた。

静かな、しかし幾分ひんやりとした森の中の大きく開けた空き地。

空き地の中央には、巨大な黒く輝くドーム状の構造物が存在している。

僕の記憶が正しければ、あれは、事前に{俯瞰}で確認した魔王宮のはずだ。

僕等はそのすぐ傍らに【転移】する事に成功したようであった。


「総員、戦闘配置につけ!」


光樹守護騎士団団長ベルグサイムさんの号令一下、一緒に【転移】してきた騎士や魔導士達が一斉に身構えた。

隣に立つノルン様も、何かを歌うように詠唱を開始した。

僕もスキルを発動した。


「{察知}……」


周囲半径100m以内に、怪しい気配は感じられない。

そのまま数分が経過したけれど、特に何も起こらない。

僕は隣に立つノルン様に声を掛けた。


「ちょっとこの魔王宮、一周してきますね」

「勇者様、私も一緒に参ります」


騎士や魔導士達が周囲を警戒する中、僕とノルン様は魔王宮を左手に見ながら、反時計回りに一周しよう歩き出した。

と、魔王宮から10m程離れた場所に、柱のような何かがひっそりとたたずんでいるのが見えて来た。

近付くと、それは高さ2m位ある素材不明、形だけなら灯篭にも見える黒光りする構造物であった。


「何でしょうか?」


僕の問い掛けに、ノルン様が首を傾げた。


「結界を作動させる装置のようにも見えますが……」


さらに魔王宮の外周を周っていくと、同じような構造物が、合計4つ見つかった。

それらはいずれも魔王宮の四方を囲むように配置されていた。

ちなみに、魔王宮を一周してみても、内部への進入路に当たりそうな個所は一切見当たらない。

魔王宮そのものが、光を完全に拒絶するかの如く漆黒に輝く正体不明の素材で構成され、継ぎ目のような個所すら見当たらなかった。


どうやれば内部に入れる?

いざとなったら、魔導電磁投射銃で壁の破壊を試みてみようかな……


最後の“灯篭”の前に立つ僕の発想が、若干物騒な方向に振れ始めた時、ノルン様が、口を開いた。


「やはりこの構造物が、魔王宮内部への道を開くカギなのかもしれませんね」


ノルン様は、目の前の黒い“灯篭”に手をかざした。

彼女の口から美しい調べに乗せた何かの詠唱の言葉が紡ぎ出され、次第に“灯篭”がぼんやり輝き始めた。

が、次の瞬間……


―――バチン!


何かを弾くような鋭い音と共に、ノルン様がよろめいた。


「ノルン様!」


あわてて受け止めた僕の手の中で、ノルン様が顔を歪ませた。


「……これを配置したのは、間違いなく魔王エレシュキガルです。ですが、その果たす役割を“視る”のを阻害されてしまいました」


魔王エレシュキガルが配置した……

僕は、そっとその“灯篭”に手を触れてみた。

ふいに、頭の中に“声”が響いた。


―――祠に守護神獣の心を捧げなさい……


「!?」


僕は慌てて“灯篭祠?”から手を離した。


今のは?


戸惑う僕に、ノルン様が声を掛けて来た。


「どうされました?」

「今、声が……」

「声?」

「これに手を触れると、祠に守護神獣の心を捧げよ、と知らない誰かの声が頭の中に響きました」


僕の言葉を聞いたノルン様が、当惑したような顔になった。


「守護神獣……まさか……」

「守護神獣とは何でしょうか?」

「守護神獣は、この世界イスディフイが創世された時、四界を鎮めたと伝わる創世神の御使い達です」


僕は、今までに倒した4体の強力なモンスター達――竜王バハムート、空王フェニックス、獣王ベヒモス、海王レヴィアタン――の事を思い出した。


「もしかして、今まで僕が倒した4体のモンスター達が……」


ノルン様は、僕の言葉を即座に否定した。


「それは有り得ません。四界を鎮めた守護神獣は、モンスターとは異なる高次の存在ですから。ですが……」


ノルン様が、少し言いにくそうに言葉を続けた。


「勇者様に語り掛けて来た“声”が、魔王エレシュキガルであれば……」


あの“声”、エレンとは明らかに違うし、あの空中庭園にいた双翼の女性の声とも違う。

僕の知らない“声”。

知らないはずの“声”。


ノルン様が言葉を続けた。


「守護神獣になぞらえて、悪意を持ってあの4体のモンスター達を配していたのかもしれません」


つまり、創世神イシュタルへの意趣返し?

ならば、魔王エレシュキガルから見た“守護神獣”は、やはりあの4体のモンスター達だ、という事になる。

その心を捧げよとは、もしかして、彼等の残した“魔石”を捧げよって事だろうか?

彼等の残した“魔石”――竜王の瞳、不死鳥の核、獣王の胆、海王の牙――は、今、背中に背負う魔導電磁投射銃の中だ。


ここまで考えた僕は、奇妙な事に気が付いた。


「ノルン様、“守護神獣の心”を捧げた場合、何が起こるのでしょうか? まさか、魔王宮に入れてしまう?」


あの“声”が魔王エレシュキガルのものだった場合、入れてしまうとしたら、ヘンだ。

魔王エレシュキガルは、僕等を魔王宮に入れたくないからこそ、4体の強力なモンスター達を配して結界の要としてきたはず。

やはり、彼等の魔石?を捧げても、魔王宮には入れず、もっと酷い事が起こると考えた方が、合理的か?


そんな事を考えていると、ノルン様が意外な言葉を口にした。


「勇者様……4体のモンスター達の魔石を捧げてみましょう」


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