第157話 僕は、秘めたる力を持つはずの宝刀を手に入れる



5月28日 木曜日3

第3日目――6



ボレ・ナークさんは、衛兵達の案内でノーマ様の居室にやって来た。

居室に招き入れられた彼は、やや戸惑った表情を浮かべていた。

しかし、微笑みながら佇むノーマ様の姿に気が付くと、すぐに片膝をつき、臣礼を取った。


「私は、【黄金の牙アウルム・コルヌ】の族長ボレ・ナークにございます。この度は、謁見の機会を設けて頂きまして、感謝の念に堪えません」

「ボレ・ナーク殿。聞けば寡兵をもって魔王の大軍に立ち向かおうとされたとか。さすがは獣人族最強と謳われる【黄金の牙アウルム・コルヌ】、といったところでしょうか」

「勿体無きお言葉にございます」


二人の会話は、和やかに進んで行くが、それを見守る女官達は、おしなべて苦虫を噛み潰したような表情になっている。

ボレ・ナークさんは、そんな周囲の女官達にちらっと視線を向けた後、話を切り出した。


「女王陛下にお願いの儀がございます」

「なんでしょう?」

「偉大なるアールヴ神樹王国と我等【黄金の牙アウルム・コルヌ】との間で、盟約を結ばせて頂きたい」


女官長のメリアさんが顔を引きつらせながら口を開こうとするのを制するように、ノーマ様が言葉を返した。


「分かりました。アールヴ神樹王国は、【黄金の牙アウルム・コルヌ】と盟約を結びましょう」

「女王陛下!?」

「メリア、創世神イシュタル様は、エルフと獣人とが盟約を結ぶのを禁じられてはおりません」

「しかし、今までこのような前例はございません!」

「無ければ、今から始めれば良いではありませんか」


ノーマ様がにっこり微笑んだ。


「ボレ・ナーク殿、盟約の細かい部分に関しては、後日協議致しましょう。まずは盟約の証として、本日中に光樹騎士団の中から選抜した者達100名を、ケレス平原に向かわせます。いざと言う時はもちろん、あなた方を全力で庇護すると誓いましょう」


ボレ・ナークさんは、余程ノーマ様の言葉が意外だったのか、その場で固まっているようであった。


「ボレ・ナーク殿?」


ノーマ様に呼びかけられたボレ・ナークさんが、慌てたように口を開いた。


「ま、まことに、盟約を結んで頂けるのでしょうか?」

「アールヴ神樹王国女王たるこの私が、どうして偽りを申しましょうか? 盟約の儀、創世神イシュタル様に誓ってまことにございます」

「感謝いたします。我等【黄金の牙アウルム・コルヌ】、盟約に従い、いついかなる時にも、アールヴ神樹王国の剣となり、盾となる事、御誓い申し上げる」


僕にとっても実に意外な成り行きであった。

エルフの高官やノルン様の様子から、アールヴと獣人族に盟約を結ばせるのは、一筋縄ではいかなさそうだ、と思っていたからだ。

話がこじれるなら、僕の功績を盾に無理矢理盟約に持ち込もうかとも考えていたけれど。

少なくともノーマ様は、僕が思っていた以上に立派な女王陛下だったようだ。

獣人族は、【黄金の牙アウルム・コルヌ】だけでは無いだろう。

これを機会に、アールヴが他の獣人族にも目を向けてくれれば……と考えるのは、やはり僕の考え方が甘い証拠だろうか?


そんな事を考えていると、ノーマ様に声を掛けられた。


「勇者様、お願いがございます」

「何でしょうか?」

「ご覧になられましたように、私達は盟約を結ぶ事となりました。後日、この盟約を正式に締結する場に、立会人として、勇者様に御臨席頂けないでしょうか?」


創世神イシュタルに誓い、“勇者”の僕の臨席を求める。

ノーマ様のこの盟約にかける本気度が、嫌が応にも伝わってきた。


「ありがとうございます。是非、立ち会わせて下さい」


アールヴ神樹王国と【黄金の牙アウルム・コルヌ】の約定が正式に成る日。

その時、この世界イスディフイはどうなっているのだろうか?

魔王エレシュキガルは打倒されているのだろうか?

僕はその時、どうしているのだろうか?



こうしてノーマ様とボレ・ナークさんの会見は終了した。


「ボレ・ナークさん、これで少しは安心して戦えますね」

「勇者殿のお陰だ。それにしても、アールヴの現女王陛下が、あれ程出来たお方だとは思ってもみなかった。交渉する前から諦めていた己の不明を恥じるばかりだ」

「早速砦に戻りましょう。皆さん、心配なさってるかもですし」


ちなみに、【黄金の牙アウルム・コルヌ】の砦に残してきた【影】10体からは、取り立てて砦に異変は生じていない様子が伝わって来ていた。

あの右頬にあざのある魔族、油断は出来ないけれど、今の所、どこか遠隔の地に逃れ去ったって事なのかもしれない。


「{転移}……」


僕と一緒に戻って来たボレ・ナークさんが、皆に盟約について説明すると、その場がどよめきに包まれた。


「まさか、エルフが我等との盟約に応じた!?」

「勇者殿のお力添えのお陰だ!」

「族長、万歳!」

「勇者殿万歳!」


ともかくこれで、僕に何かあっても、アールヴがこの人達獣人族を守ってくれるだろう。

帰還の為{転移}しようとした僕は、ボレ・ナークさんに呼び止められた。


「待ってくれ、勇者殿」


振り返ると、ボレ・ナークさんが、紫色の布に包まれた長い棒状の物を僕に差し出してきた。


「これを受け取って欲しい」

「これは?」


ボレ・ナークさんから受け取った袋を開いてみると、中から一振りの刀が出て来た。

鞘に納められ、装飾を施されたその刀は、僕等の世界地球の日本刀によく似ていた。


「それは、我等獣人族の始祖英雄カルク・モレが使用した刀だ」


鞘から抜いてみると、その片刃刀は、日光を反射して美しくも妖しく煌いて見えた。

その刀を鞘に納めた僕は、袋に包みなおすと、ボレ・ナークさんに差し出した。


「そんな貴重な物、受け取れないです」

「いや、勇者殿にこそ是非受け取って欲しい。その刀は、資格ある者が手にすれば、真の力を発揮すると伝承されておる」

「資格ある者……」

「残念ながら俺達子孫の中からは、ついにその刀の真の力を引き出せる者は現れなかった。だが、勇者殿ならば或いは……と思ってな」


僕は、その刀を装備したまま、ステータスを呼び出してみた。



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

称号 {異世界の勇者}

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104)

知恵 1 (+104)

耐久 1 (+104)

魔防 0 (+104)

会心 0 (+104)

回避 0 (+104)

HP 10 (+1040)

MP 0 (+104、+10){+∞}

使用可能な魔法 {蟆∫・槭?髮キ}

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】{転移} {俯瞰} {察知} {浮遊}

装備 無銘刀 (攻撃+1)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   MP10%上昇 (月の指輪)



僕は、無銘刀と表示された部分に指を触れた。

武器の説明がポップアップする。



【無銘刀】

獣人族の始祖英雄カルク・モレが使用した刀。

神をも斬ったと伝承されるその真の力を引き出してくれる新しいあるじを待ち続けている。



神をも斬ったとは、また凄い伝承だ。

だけど、僕が装備しても攻撃力+1……

間違いなく、その真の力とやらを引き出せてはいないようであった。



「どうやら、僕にはこの刀の主になる資格は無さそうです」


僕の言葉を聞いたボレ・ナークさんが、豪快に笑った。


「ハッハッハ! 刀に主と認めてもらうには、何か条件があるかもしれんしな。とにかく、今回我等を救ってくれた事へのお礼だと思って受け取ってくれ。そして出来る事なら、魔王エレシュキガルとの戦いの場にも……我等の心だと思って帯同して貰えれば、それ以上の栄誉は無い」



日が西に傾く頃、僕は再び{転移}でアールヴに戻ってきていた。


「お帰りなさいませ。勇者様にお見せしたいものがございます。今から神樹の間にご案内させて頂いても宜しいでしょうか?」


見せたいものって何だろう?

とにかく僕は、ノーマ様とノルン様の案内で、神樹の間に向かう事になった。


「勇者様、魔王宮へ向かわれる日取りが決まりましたら、事前に私どもにお知らせ頂けないでしょうか?」

「それはもちろん」


この世界に呼ばれて3日。

形的にはいつでも魔王宮に向かえる状態だ。

ただ、魔王宮に拠る魔王エレシュキガルの力が分からない。

レベル110を超える神話クラスのモンスター達を従え、世界の半分を焼き払った存在。

いくらレベル105、地球で言う所のS級に匹敵するステータスまで成長したとはいえ、多分、恐らく、いや、絶対に僕一人で倒せるような存在では無いような気がしてならない。


こんな時、“エレン”がいてくれれば……

しかし、彼女はノルン様が封印してしまったわけで……


ノルン様が、僕の心を見透かしたかのように口を開いた。


「勇者様、魔王エレシュキガルの打倒、私達も全力でお手伝いさせて頂きます。勇者様お一人で魔王エレシュキガルと対峙するような事態にはなりませんので、どうかご安心下さい」


話している内に僕等は神樹の間に到着した。

神樹の間を取り囲む中庭には大勢のエルフの戦士達が、僕等を待っていた。


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