第154話 僕は、アンデッドモンスターの群れに突撃する


5月28日 木曜日3

第3日目――3



「皆さんを助けに来ました」


僕のその言葉を聞いた【黄金の牙アウルム・コルヌ】の族長ボレ・ナークさんが、少し怪訝そうな顔になった。


「助けに……だが見た所、君は一人のようだが……?」


ボレ・ナークさんは、怪訝そうな顔のまま、僕と一緒に転移して戻って来たラーク・イハさんの方を見た。


「アールヴは、我々の家族を庇護してくれるのか?」


ラーク・イハさんが、僕の顔をちらっと見た後、うつむいた。


「それが……」

「なるほど。やはり高貴な光のエルフ様は、卑しき獣人には手を差し伸べない、という事か」


ラーク・イハの様子に全てを察したらしいボレ・ナークさんが、吐き捨てるようにそう口にした。

僕は、ボレ・ナークさんに声を掛けた。


「ボレ・ナークさん、今の状況、教えて頂けないでしょうか?」

「状況は……最悪だ。敵は、死霊術師の魔族が率いる3,000を超えるアンデッドモンスターの軍団。こちらは、戦士が98名。避難を予定している者が、275名だ」


3,000を超えるアンデッドモンスターの群れ。

確かに由々しき事態だ。

だけど……


「敵の状況から推測すると、まだここに到達するまで1時間以上はかかりそうです。皆さん全員で後方に避難されてはいかがでしょうか? 僕は{転移}も出来ますし、皆さんを安全にお送りできると思いますよ」

「全員で避難はダメだ」

「なぜでしょうか?」

「我等は誇り高き【黄金の牙アウルム・コルヌ】。敵に背を向ける選択肢は無い。それに……」


ボレ・ナークさんが苦渋の表情になった。


「我等がここで一戦も交えずに引けば、それだけ我等の後方の村や街の滅びの時が早まってしまう」

「後方にも獣人族の村や街があるという事ですか?」


同族を守るため、ここで踏みとどまって戦って、少しでもモンスターの数を減らそうというのだろうか?


「獣人族は、村や街を作らない。村や街にいるのは、ヒューマンやドワーフ、それにエルフ達だ」

「敵の数が多いのなら、寧ろ彼等と力を合わせて……」


言葉の途中で、ボレ・ナークさんがギロリと僕を睨みつけて来た。


「君はヒューマンであろう。ヒューマンやドワーフ、エルフ達が、我等獣人と協力すると、本気で思っているのか?」

状況が状況魔王軍の侵攻ですし、話せば……」

「話さなくとも分かる! 現にアールヴは、我等の家族の庇護すら拒否したでは無いか!」


どうやら、僕が知らないだけで、この世界、獣人族は、差別の対象となっているらしい。

しかし、その獣人達が、自分達を差別しているヒューマンやドワーフ、エルフの為に捨て石になろうとしている?


僕の心の中に複雑な感情が込み上げて来た。

と、ボレ・ナークさんがやや不思議そうな顔になった。


「そう言えば君はなぜ我等に助力を申し出ている? アールヴが勇者と呼ぶからには、アールヴとゆかりのあるヒューマンの英雄であろう。ならば、アールヴのために働くのが道理に思えるのだが」

「……僕は別にアールヴの勇者でも、ヒューマンの英雄でもありません」

「? どういう意味だ?」

「実は僕はこの世界の人間ではありません」

「この世界の人間では無い?」

「はい。僕にもよく飲み込めない状況下で、気付いたらこの世界に呼ばれていました」

「なんと……」


その場に居る獣人達が絶句した。


「ですから、僕は僕の意思でここにいます。どうかあなた達のお手伝いをさせて下さい」



数分後、【隠密】状態の僕は、上空100m程の位置で{浮遊}しながら、眼下のアンデッドモンスターの軍団を見下ろしていた。

ヒト型、ケモノ型等様々なタイプのアンデッドモンスターの群れが、整然と行軍している。

その中心付近に、一際巨大なドラゴンゾンビに乗る一人の人物の姿があった。

白髪、頭部に一対の角。

黒いマントを羽織った魔族らしき人物。

あれが、この軍団の指揮官であろうか?


指揮官を倒せば、何とかなったりしないかな?


僕は、魔導電磁投射銃を構えると、ドラゴンゾンビに乗る魔族に照準を合わせた。

そして、MP1,000,000百万を充填して、引き金を引いた。


―――ドシュ!


不可視の魔法力が射出され、魔族は騎乗するドラゴンゾンビ諸共吹き飛んだ。

が……

何のポップアップも立ち上がらない。

そしてアンデッドモンスター達の軍団は、何事も無かったかのように行軍し続けている。

一瞬、空王フェニックス同様、コアを破壊しないと倒せないのかと思ったけれど、あの魔族とドラゴンゾンビが復活する気配は無い。


仕方ない。


僕は、アンデッド軍団の進行方向、1km程のところに着地した。

そして、魔導電磁投射銃を背中に背負うと、腰のヴェノムの小剣 (風)を抜き、スキルを発動した。


「【影分身】……」


たちまち僕の影の中から、【影】が50体出現した。

今の僕のMPは、謎の補正が掛かって∞《無限大》だ。

その気になれば、この数の【影】なら、半永久的に維持し続ける事が出来るはず。


僕は、【影】達と共に、アンデッドモンスターの群れの中に突入した。

アンデッドモンスター達は、1体1体はそこまでレベルが高くない――あくまでも、レベル105の僕から見て、だけど――らしく、ほぼ一撃で光の粒子となって消滅していく。

しかし、この戦いでもポップアップは立ち上がらない。

経験上、何者かによって召喚されたモンスターは、倒しても経験値やアイテムが得られない事を僕は知っていた。

このアンデッドモンスター達も、何者かによって“召喚された”という扱いなのかもしれない。


30分程で、アンデッドモンスターの軍団は、全て光の粒子となって消滅していった。


勝った……?


釈然としないものが残るものの、僕は【影】達を自分の影の中に戻した。

そして、【黄金の牙アウルム・コルヌ】の籠る砦に帰還しようとした矢先、ふいに背後から声を掛けられた。


「なるほど。大したものだな」


振り返ると、そこには魔族が一人立っていた。

白髪、頭部に一対の角、黒いマント……

右頬に独特の形をした青黒いあざを持つその男の燃えるように赤い双眸に、残忍な光がともっているのが見えた。


さっき倒したはずの魔族?

それとも新手の魔族?


少し混乱する僕の目の前で、その魔族が右手を高々と掲げた。


すると……


―――ボコ……

―――ボコボコボコ……


周囲の土の中から、次々と何かが這い出してきた。

ヒト型の何か、ケモノ型の何か、異形の何か……


アンデッドモンスターの群れ!?


僕は、再び【影】50体を呼び出した。


「お前が、あのアンデッドモンスター達を召喚したのか?」

「まあ、そういう事だ」


僕は【影】達に周囲のアンデッドモンスター達の排除を命じると、目の前に立つ魔族に斬りかかった。


―――シュバ!


魔族の首が宙を舞いながら、光の粒子となって消滅していく。

そして、残された胴体もゆっくり倒れながら、光の粒子となって消滅していった。

僕は素早く周囲の状況を確認してみた。

【影】達は、相対するアンデッドモンスターをほぼ一撃で倒している。

しかし、倒される端から、次々と土の中からアンデッドモンスターが這い出して来る。


召喚者はまだ倒されていない?

さっき首を撥ねたと思ったのは、単なる魔族のダミー?

それとも……


「【看破】……」


しかし、周囲の情景に変化は現れない。

つまり、これはまぎれもない現実だ。

だとすれば、召喚者は、僕がまだ気付いていない場所に潜んで、この状況を作り出しているという事になる。


「{察知}……」


……僕を中心とした周囲100m以内には、それらしい存在を感知できない。

このまま戦っていてもらちが明かなさそうだ。

どうしよう?


その時、遠くから大きな爆発音が聞こえて来た。

音の方向に顔を向けると煙が上がっているのが見えた。


あれは確か、【黄金の牙アウルム・コルヌ】が籠っている砦の方向!


「{転移}……」



僕が戻って来た時、砦は、複数のアンデッドモンスター達の襲撃を受けていた。

アンデッドモンスター達は既に砦内部に侵入していた。

女性や子供達が悲鳴を上げる中、獣人の戦士達が懸命に戦っている。


「【影分身】……」


スキル発動と共に呼び戻された50体の【影】達が、僕の周囲に出現した。

数分後、砦内部に侵入していたアンデッドモンスター達は、全て光の粒子となって消えて行った。


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