第155話 僕は、【影分身】のスキルの性能を確認してみる


5月28日 木曜日3

第3日目――4



砦を襲撃していた最後のアンデッドモンスターが光の粒子となって消え去った。

しかし、モンスター打倒を知らせるポップアップは立ち上がらない。


やはり、ここを襲っていたのは全て何者かが召喚したアンデッドモンスター達であり、その召喚者は、まだ倒せていない?


僕は、{察知}のスキルを使用した。

砦内部をくまなく探ってみたけれど、妖しそうな気配は{察知}出来ない。

ヴェノムの小剣 (風)を構えたまま考えていると、誰かが声をかけてきた。


「助かったよ。それにしても凄まじい強さだ。さすがアールヴから勇者と呼ばれるだけはある」


振り返ると、族長のボレ・ナークさんが立っていた。

僕は武器を収めながら、彼にたずねてみた。


「何がありました?」


ボレ・ナークさんが説明してくれたところによると、僕がアンデッドモンスターの軍団の所に{転移}してしばらくすると、僕とモンスター達とが戦い始めたのが“視えた”という。


「ここから戦場までは、10km以上離れていたと思うのですが……」

「私は【望見】のスキルを持っている。それ故、君が戦っているのが“視えた”のだ」


【望見】のスキルを使用すると、条件が合えば何十キロも先の状況を見通すことが出来るのだという。

僕が指揮官と思われる魔族を倒したのを【望見】のスキルで確認した直後、突然、砦内部にその倒されたはずの魔族が出現した。

そしてアンデッドモンスターを次々と召喚して襲い掛かって来たのだという。


「その魔族は、どうなりました?」


少なくとも僕は倒していない。

呼び出した【影】か、獣人達が倒したのだろうか?


「君が戻って来た直後に、忽然と消え去ったよ。今思えば、【転移】のスキルを使用したのかもしれない」


という事は、僕が首を撥ねたと思ったのは、やはりあの魔族の分身体か何かで、本体はそのままここに【転移】してきていた、という事だろうか?

そして僕の帰還と共に、再び【転移】して逃げ去った……

そこまで考えた時、僕は不思議な事に気が付いた。


「アンデッドモンスターの軍団は、3日前にケレス平原に出現した、とお聞きしましたが?」

「より正確に言うと、3日前、野の獣、鳥、吹き渡る風が急におかしくなった。そこで【望見】のスキルで確認した所、アンデッドモンスターの軍団がケレス平原に出現している事に気が付いたのだ」

「もし、その指揮官の魔族が【転移】を使用出来て、【黄金の牙アウルム・コルヌ】を標的にしていたのなら、なぜ最初からここに【転移】してこなかったのでしょうか?」


最初から彼等がここを直接襲撃していれば、【黄金の牙アウルム・コルヌ】は、アールヴに使者を立てる事も出来ずに壊滅していたかもしれない。


「それは分からぬ。たまたまどこか遠方でアンデッドモンスターを大量に召喚して、そのまま引き連れて移動していただけなのかもしれん」

「それにしても、僕がここに戻って来るのと入れ違いに逃れ去ったのは……」

「3,000のアンデッドモンスターを君に屠られたのだ。敵わぬと見て逃走……待て、おかしいな」


そう。

おかしい。

砦を襲撃すれば、僕が戻って来る可能性は十分考慮できるはず。

ならば、なぜ砦を襲撃した?

最初から、僕をここに呼び戻すのが目的だった?

あの戦場から、僕を引き離したい理由があった?


「【影分身】……」


僕は、10体の【影】を呼び出した。

そして、もし敵が出現した場合、砦内の獣人達を守るように指示を出した。


「すみません。ちょっとさっきの戦場、確認してきます。魔族あいつが戻って来ないとも限らないので、この【影】達、一応護衛代わりに置いておきますね」


丁度良い機会だ。

【影】と僕との距離が開いた時、【影】を維持し続けられるのか、【影】の状態を知る事が出来るのかも確かめてみよう。


僕は、{転移}のスキルを発動した。

次の瞬間、周囲の情景は、アンデッドモンスター3,000体と戦った草原地帯へと切り替わった。

周囲には、僕が砦に{転移}する直前まで戦っていたアンデッドモンスターの生き残り達がうごめいていた。

僕は腰のヴェノムの小剣 (風)を抜くと、スキルを使用した。


「{察知}……」


周囲には30体程のアンデッドモンスター達の存在が{察知}出来たけれど、召喚者らしき魔族の姿は見当たらない。

僕はそのまま彼等に襲い掛かった。

首を撥ねると光の粒子となって消滅していくが、やはりポップアップは立ち上がらない。

そのまま土の中から増援が出現する事も無く、その場に残存していたアンデッドモンスター達は全て光の粒子となって消え去っていった。

僕は周囲を可能な限りくまなく調べてみたけれど、特に異常は感じ取れなかった。


そう言えば、砦は大丈夫だろうか?


僕は、砦に残してきた【影】達に意識を向けてみた。

すると、彼等が待機状態で砦に存在するのが伝わってきた。

試しに、彼等に待機場所を移動するよう指示すると、その通り行動するのが伝わってきた。

どうやら、呼び出した【影】達は、少なくとも10km程度の距離なら、僕の指示に従ってくれるらしい。


もっと離れたらどうなるのだろう?


僕は{俯瞰}で惑星イスディフイ上、今いる地点の裏側に当たる地域を確認してみた。

そこには、広い海洋が広がっていた。

僕は{浮遊}のスキルを発動しながら、その地域へと{転移}した。


星明かりに照らし出された{転移}先の海洋の上空に{浮遊}しながら、改めて残してきた【影】達の状況を確認してみた。

彼等が変わらず【黄金の牙アウルム・コルヌ】の砦で待機を続けているのが感じ取れた。

待機場所を移動するように指示すると、やはりその通り行動するのも感じ取れた。

距離とは関係なく、一度呼び出した【影】達は、倒されるまで、或いはMP切れで維持不能になるまで存在し、指示に従い続けてくれるらしい。


これ上手く使えば、結構戦略の幅が広がりそうだ。


僕は【黄金の牙アウルム・コルヌ】の砦に{転移}した。



帰還した僕から戦いの詳細を聞いた砦の獣人達に、安堵の雰囲気が広がった。

ボレ・ナークさんが、僕に頭を下げて来た。


「改めて礼を言わせて貰おう。我等がひとまず危機を脱する事が出来たのは、全て君のお陰だ」

「ですが、まだ終わっていません」

「分かっている。あの魔族がいつ舞い戻ってくるかは予断を許さない」

「【影】10体には、このままあなた達を護衛するよう指示しておきます」


レベル105の僕と同等の戦闘力を持つ【影】10体。

あの魔族が同程度の戦力で攻撃して来るなら、少なくとも僕がここに駆け付けるまで持ちこたえる事は、十分可能なはずだ。

しかし、【影】10体を半永久的にここに張り付けておくのは非現実的。

ここはやはり……


「君の気遣い、重ね重ね感謝する。だが……」


ボレ・ナークさんが少し不思議そうな表情になった。


「異世界から来たという君は、なぜ我等にそこまで肩入れしてくれるのだ?」

「それは……」


ここにいる獣人達は、僕にとって今日初めて会った、いわば殆ど赤の他人。

なぜそんな彼等に肩入れしているのか……


多分、僕が小さい人間だからですよ

器が……


言いかけて苦笑した。

助けを必要としている人がいて、自分なら助けられそうで、だから後先考えずにここに来た。

そうしなかったら、あとで後悔して嫌な想いするかもという、極めて利己的な感情だ。


「あなた達も、協力してくれないヒューマンやドワーフやエルフ達のために、ここに籠って抗戦しようとしてたじゃ無いですか」


分かってる。

彼等は、自身の信念に基づいて砦に籠っていた。

僕とは“気持ちの座り方”がきっと違う。


僕がとっさに口にした言葉を聞いたボレ・ナークさんが、ニヤリと笑った。


「なるほど、それが君の“義”というわけだな」

「そんな大層な物では無いですよ」



話が一段落ついたところで、僕はボレ・ナークさんに話しかけた。


「一つ提案があるのですが」

「なんだね?」

「一緒にアールヴに来ていただけないですか?」

「アールヴに? わしが?」

「はい」

「何のためだ?」

「今のままだと、再度襲撃を受けた場合、同じ事の繰り返しになります。共通の敵がいるなら、団結すべきだと思うのですが」


ボレ・ナークさんの表情が歪んだ。


「つまり、盟約を結べと?」

「はい」

「アールヴは、今回の危機に際して、我等の妻子の庇護すら拒否してきた。異世界から来た君は知らないのだろうが、高貴なエルフ様が、卑しい獣人如きと盟約を成す事等有り得ない」


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