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第153話 僕は、獣人達を蔑むエルフに戸惑いを感じる
第153話 僕は、獣人達を蔑むエルフに戸惑いを感じる
5月28日 木曜日3
第3日目――2
アールヴに戻った僕は、海王レヴィアタン討滅の報告の為、ノルン様と共に直ちにノーマ様の元に向かう事になった。
メイド姿の女官に先導され、ノーマ様の居室に向かう途中で、僕は誰かが
何だろう?
「{察知}……」
途端に鋭敏になった僕の感覚が、この館の内部に広がっていく。
館の入り口に、数人のエルフ達と、その一人に
ボロボロの毛皮を身に
僕の“視界”の中で、自分に縋り付いていた獣人の青年を、エルフの高官らしき立派な衣装を身に纏った男性が、邪険に振り払った。
獣人の青年は、なおも膝をつきながら何かを懇願している……
僕の足が止まった。
「どうされました?」
すぐ前を歩いていた案内役の女官が不思議そうな顔で振り返った。
「どなたか、この館を訪れてらっしゃる方がいるようですが……」
僕の言葉に、ノルン様が言葉を返してきた。
「さすがは勇者様。もしや{察知}で視られましたか?」
「はい。館の入り口に……」
僕が最後まで言い終わる前に、ノルン様が頭を下げて来た。
「お見苦しい所をお見せしてしまいました。ですが、どうかお気にされませんように」
という事は、ノルン様もまた、あの獣人の青年が邪険にあしらわれているのを“視た”のだろう。
ノルン様が、僕の手を取った。
「陛下がお待ちでございます。さ、参りましょう」
「お待ち下さい」
僕の“視界”の中では、なおも獣人の青年が必死に何かを訴えていた。
その胸を衛兵らしきエルフが槍の
僕は、ノルン様に握られていた手をそっと外した。
「{転移}……」
館の入り口に転移してきた僕の耳に、獣人の青年の言葉が飛び込んできた。
「……援軍を求めているわけではございません。どうか……え?」
ボロボロの毛皮を
その場にいたエルフ達は、僕の姿に気付くと、慌てたように臣礼をとった。
彼等の一人、晩餐会にも出席していた高官が口を開いた。
「これは勇者様、お見苦しい所をお見せしました」
彼は、忌々しそうに獣人の青年を睨みながら、後ろで臣礼を取っている衛兵に指示を出した。
「勇者様の
「お待ち下さい!」
僕は、立ち上がった衛兵と獣人の青年との間に割って入った。
「お話、お聞かせ頂けないですか?」
「勇者様! あなた様程のお方が、そのような卑しき獣人如きに言葉をお掛けになってはなりません」
卑しき獣人……
しかし、この獣人の青年は、女王陛下の居室のある館の入り口で、エルフ達と“押し問答”していた。
という事は、彼は、王宮の大門を抜け、少なくともここまでは合法的に入ってきたはずだ。
恐らく陳情か何かのためにやってきて、その内容が気にくわない衛兵達に排除されようとしているのではないだろうか?
脳裏に、かつて僕を見下し、荷物持ちという名の奴隷としていたぶってくれた“知り合い達”の顔が浮かんだ。
僕は地面に這いつくばる姿勢になっている獣人の青年の傍に身を
「どうされたのですか?」
状況の変化に、少し置いてけぼりを食らっていた感じだった獣人の青年は、しかしすぐに関を切ったように話し始めた。
「ケレス平原に魔族が率いるモンスターの大軍が現れたのです。我等【
エルフの高官が声を荒げた。
「だから、援軍は出せぬと申したであろうが! 皆、魔王軍と必死に戦っておるのじゃ。降りかかる火の粉を自ら払えぬ者は、そのまま滅びるが良い!」
「援軍の要請ではございません!」
ボロボロの毛皮を纏った青年の栗色の瞳には、強い意志の色が浮かんでいた。
「我等は誇りある【
「くどい! なぜ、我等輝けるエルフの王国が、汝ら卑しき獣人共に手を差し伸べねばならぬのだ?」
と、ノルン様達が、この場に姿を現した。
獣人の青年がこの場にいる為であろう。
ノルン様は、いつぞやのノエミちゃん同様、ベールで顔を隠している。
「勇者様、ここは彼等に任せて参りましょう」
「しかし……」
ノルン様が、そっと僕の耳元に顔を寄せて来た。
「このような者全てに手を差し伸べられていては、勇者様のお身体がいくつあっても足りませんよ」
確かにその通りだろう。
僕一人で救える数には限りがある。
だけど、だからこそ、今目の前で助けを求めている相手を無視する事は出来ない。
僕は、{俯瞰}のスキルを展開しながら、獣人の青年に話しかけた。
「ケレス平原に魔王軍が出現したのはいつですか?」
「3日前です。出現を確認してすぐに族長に命じられ、ここまで駆けて参りました」
僕は、{俯瞰}で素早くケレス平原の様子を確認してみた。
モンスターの大軍が、ケレス平原を埋め尽くすように進軍しているのが“視えた”。
そのほぼ全てが、ドロドロに崩れ落ちた肉や骨だけになっている所を見ると、アンデッドモンスター達かもしれない。
そして草原の一角に、粗末な木柵で囲まれた急ごしらえの砦のような建造物が築かれているのも“視えた”。
その砦の中で粗末な武器を手に防戦の準備を進める獣人の戦士達の姿が“視えた”。
避難の準備をしているのであろう、老人や女子供達が、砦の裏口に集まっているのも“視えた”。
魔王軍と砦の距離は、十数km。
魔王軍の進軍速度から見て、午後には戦いが始まってしまうだろう。
ノルン様が再び僕に囁いてきた。
「大局に目を向けて下さいますように。勇者様が魔王エレシュキガルを倒して下されば、
「ですが、その間に獣人族は壊滅するのでは?」
「ケレス平原にいるのは、たかだか獣人数百人でございます。彼等の運命には同情致しますが、彼等が壊滅してもしなくても、大局には何ら影響はございません。ですが、この者を救えば、次は別の者が現れましょう。その者を救えば次は別の者が。際限なく枝葉を刈り続けるよりは、本幹を切り倒した方が、世界は早く救われます」
僕は思わずノルン様の顔をまじまじと見つめてしまった。
ベールの奥に隠されているはずの彼女の顔には、いかなる感情も浮かんでいないかの如く感じられた。
「……もし、ケレス平原で魔王軍を迎え撃とうとしているのがエルフであっても、同じようにお答えになりますか?」
「はい」
ノルン様は強い。
だけど、僕はそんなには強くない。
僕は、ノルン様に頭を下げた。
「すみません。女王陛下には、海王レヴィアタン討滅のご報告、少々遅くなるとお伝えください」
「勇者様!」
ノルン様が少し狼狽したような声を上げる中、僕は、獣人の青年の手を取った。
「{転移}……」
いきなり【
「何者だ!?」
「ラーク・イハ!? お前達、まさか転移してきたのか?」
僕と一緒に{転移}で戻って来た形になった青年――ラーク・イハ――は、予期せぬ帰還方法に、少し混乱した様子を見せた後、口を開いた。
「みんな、こちらにいらっしゃるのは、アールヴの勇者様だ……」
ラーク・イハさんが、アールヴ王宮での出来事を語り出すのと同時に、周囲の人垣の中から、頭一つ大きい獣人の男性が、僕等の方に進み出て来た。
「わしは【
筋骨隆々、堂々たる体躯のその獣人の金色に輝く
「僕はタカシと言います。皆さんを助けに来ました」
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