第152話 僕は、光の兜を手に入れる


5月28日 木曜日3

第2日目――5



ノルン様が部屋を出て行った後、僕はその場に呆然と立ち尽くしてしまった。


僕の中の“エレン”が封印された。

ノルン様は、“エレン”こそが魔王エレシュキガル本人だという。

僕の中に潜み、あわよくば僕の身体を乗っ取ろうとしていた、と。

しかしもしそれが本当なら、“エレン”はなぜ魔王エレシュキガルを殺して欲しいと願ったのか?

そもそも、魔王エレシュキガルは、暗黒大陸魔王宮にいるのではなかったのか?


“エレン”がノルン様の言う通り、本当に魔王エレシュキガル、或いはその分身みたいな存在なら、昨日、今日と見せてくれていた協力的姿勢も言動も、僕を偽るための見せかけの物だったという事になる。

ならば、僕は一体、何を信じれば良いというのだろうか?


“エレン”を勝手に封印された事に関しては、不思議と怒りの感情は湧いてこなかった。

ノルン様はもちろん、僕のため、或いはこの世界のため、正しいと信じる事を実行しただけなのだろう。

だけど僕自身、それに納得できるかどうかは別問題だ。

考えてみれば、ノルン様が正しいとも限らない。

実はノルン様こそ、魔王エレシュキガルと繋がっていて、邪魔な“エレン”と僕とを分断しようと……

いやいや、それはあり得ないだろう。

でも、あり得ないと本当に言い切れるのか?


疑い出すと、キリが無くなってきた。

頭の中をまとまらない考えが駆け巡り、僕はその日の午後、部屋に閉じこもって過ごす事になってしまった。

僕の様子を心配してくれたのであろう。

ノーマ様やノルン様が何度か部屋を訪れてくれたけれど、うまく応対出来ない。

部屋で悶々と過ごすうちに、結局深夜になってしまった。


暗く静かな部屋の中で、一人ベッドに横たわった僕は、ふと昼間見た幻影の事を思い出した。

“エレン”の過去の記憶と関連がありそうな情景を見せられた後、誰かが話した言葉……


―――彼女を救ってあげて下さい。


以前、誰かが同じ声で、同じ言葉をはっしていなかったか?

あれは確か、この世界に呼ばれる直前、空中庭園で創世神イシュタルらしき双翼の女性が語った言葉。

状況から考えれば、双翼の女性が願った救うべき相手は、やはりあの“エレン”なのではないだろうか?


そんな事を考えていると、段々と気持ちが落ち着いて来るのが感じられた。


ノルン様は、彼女の言葉を信じるならば、“エレン”を封印しただけだ。

自身の誤りがはっきりすれば、その封印を解くと話していた。

ここは当初の予定通り、まずは海王レヴィアタンを倒し、魔王宮への道を切り開こう。

魔王宮で魔王エレシュキガルと対峙すれば、全ての謎が解けるに違いない。

…………

……



5月28日 木曜日3

第3日目――1



翌朝、僕は起床するとすぐにノーマ様とノルン様に、昨日部屋に引き籠っていた件について謝罪しに行った。

二人とも、僕にただ、気遣いの言葉のみを掛けてくれた。

朝食後、僕とノルン様は、海王レヴィアタン打倒のため、最果ての海に向かう事にした。

{俯瞰}で場所を確認した僕は、ノルン様の手を取り、スキルを発動した。


「{転移}……」


アールヴを去る事数千km。

イシュタル大陸の北、大小の氷塊が海上を漂う極北の地に、海王レヴィアタンの拠る最果ての海が広がっていた。

僕とノルン様が転移したのは、海上に浮かぶやや小型のテーブル型氷山の上であった。

空は暗雲が立ち込め、辺り一帯、ブリザードが吹き荒れているが、ノルン様の精霊魔法により、僕等の周囲は平穏な暖かい空気に包まれている。

ちなみに、肝心の海王レヴィアタンは、事前に{俯瞰}で確認したところ、僕等の今いる場所から約1km程離れた海中に潜んでいるはず。


僕は、ノルン様に聞いてみた。


「海中のモンスターに、魔法攻撃って有効なんでしょうか?」

「魔法の属性によるかと。風属性は殆ど効果が無く、土属性はほぼ通常通り攻撃が通ると思います」


という事は、やる事は、一つだけ。

魔導電磁投射銃で撃ち出す攻撃を土属性に変更して、それをレヴィアタンに命中させるのみ。

ただし、魔導電磁投射銃の有効射程距離は1,000mなので、その距離以下までレヴィアタンに接近しなければならない。

僕は思わず呟いていた。


「海中を移動出来れば……」

「出来ますよ」

「えっ!?」


隣に立つノルン様が笑顔で僕の顔を見上げてきた。


「風の精霊と水の精霊の力を借りれば、海中を泡に包まれた状態で移動できます」


ノルン様が歌うように何かの詠唱を開始した。

僕等の周りを取り囲んでいた暖かい空気の密度が濃くなったかと思うと、僕等の身体が浮き上がった。

そのまま、氷山の上を滑るように移動した後、僕等は海中へと転落した。

一瞬、冷たい水温を肌に感じる覚悟をして目を閉じてしまったけれど、いつまで経っても僕を包むのは暖かい空気のまま。

そっと目を開けると、ノルン様の言葉通り、暗い海中で泡に包まれた状態になっている事に気が付いた。


海王レヴィアタンはどこだろう?


僕は{察知}を試みた。

少なくとも、僕を中心とした半径100m以内に、海王レヴィアタンの気配は無い。


どうしよう?

精度は落ちるけれど、{俯瞰}で探してみようかな?


と、ノルン様が囁いた。


「海王レヴィアタンは、1,500m程先の海中で休んでいるようです」

「もしかして詳しい位置、分かりますか?」

「はい。もう少し近付いてみますね」


ノルン様が、再び歌うような詠唱を開始すると、僕等を内包した泡が水中をゆっくりと移動し始めた。


「800m程まで近付きました」


ノルン様の指さす方向に目を凝らしてみたけれど、視界に広がるのは、ただ海の暗さのみ。


「海王レヴィアタンの状態、分かりますか?」

「私達に気付いてはおりません。どうやら眠っているようです」


ならば、今のうちに攻撃したい。


「ノルン様、僕が射撃する時、魔法属性の変更と一緒に、照準もお手伝いして貰ったりって可能でしょうか?」

「もちろんでございます」


僕は背中に背負っていたケースから魔導電磁投射銃を取り出した。

そして、ノルン様の指さす方向に銃口を向けて、MPの充填を試みた。

100……1,000……10,000……100,000……1,000,000……

内部に収められている魔石が、全てSランク相当以上だからだろうか?

MP2,000,000二百万充填しても、魔導電磁投射銃は、わずかにぼぅっと輝いているのみ。


どこまで充填できるのだろうか?


一瞬、誘惑に負けそうになったけれど、Sランクの魔石10億円以上が砕け散れば、一生後悔しそうだ。

この辺でめておこう。


武器を支える僕の手に、ノルン様がそっと手を重ねてきた。

彼女の口から、美しい調しらべに乗せられた詠唱がつむぎ出されていく……

ノルン様は、銃口の向きを修正しながら囁いた。


「勇者様、今!」


―――ドシュ!


2億を超える土属性の魔法攻撃力が、泡の壁を貫き、不可視の力の奔流となって射出された。

次の瞬間、暗い海中で何かが閃光を発した。

少し遅れて、凄まじい衝撃波が、僕等を内包した泡を激しく揺さぶった。



―――ピロン♪



レヴィアタンを倒しました。

経験値1,041,971,830,393,960,000,000を獲得しました。

海王の牙が1個ドロップしました。

光の兜が1個ドロップしました。

レベルが上がりました。

ステータスが上昇しました。



倒した……?

とうとう、その姿を直接見る事無かったけれど。


「勇者様、おめでとうございます!」


ノルン様の顔がやや上気していた。


「ついに……魔王宮への道が開かれます!」

「ノルン様がお手伝いして下さったからこそですよ」


そこで僕は、重大な事実に気が付いた。

さっきのポップアップで海王レヴィアタンが落としたアイテム、もしかして、海底に沈んじゃってるんじゃ……


と、ノルン様がにっこり微笑んだ。


「勇者様、海王レヴィアタンの落としたアイテム、回収しますね」


ノルン様が歌うように詠唱を開始した。

十数秒後、泡を透過するようにして、魔石と兜が僕等の前に出現した。


「精霊にお願いして拾ってきてもらいました」


僕は魔導電磁投射銃の持ち手を外して内部を確認してみた。

全ての魔石は無事なようであった。

僕は、ノルン様に手伝ってもらいながら、内部のSランクの魔石と『海王の牙』を交換した。


「一度、アールヴに戻りましょう」


僕は{転移}のスキルを発動した。


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