第149話 僕は、今更ながら“エレン”が何者か考察する


5月28日 木曜日3

第2日目――2



朝食後、部屋に戻って準備を整えた僕の元を、ノルン様がたずねてきた。


「勇者様、今日のご予定をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?」

「今日は残りの3体のモンスター達を倒しに行こうと思います」


僕は{俯瞰}のスキルを発動した。

起床時に確認した通りの位置に、残りの3体のモンスターが存在するのが“視えた”。


「ところで、3体のモンスター達のそれぞれの特徴、教えて貰っても良いですか?」


昨日は、勢いに任せて事前情報無しに、竜王バハムートと戦ってしまった。

勝てたから良かったものの、一歩間違えれば、取り返しのつかない事になっていたかもしれない。


「昨日、勇者様が竜王バハムートを倒されましたから、残るは、空王フェニックス、獣王ベヒモス、海王レヴィアタンの3体にございます……」


空王フェニックスは、アールヴの遥か北東、霧の山脈周辺に拠る、炎を纏った猛禽類を思わせるモンスターだ。

火属性の強力なスキルを使用し、自身も魔法攻撃全般に対して高い耐性を誇る。

常に飛行しており、基本、地上に降りてくることは無い。


獣王ベヒモスは、アールヴの遥か南西に広がる不毛の地、嘆きの砂漠に拠る、ゾウとカバを掛け合わせたような見た目のモンスターだ。

地属性の強力なスキルを使用し、その表皮は岩のように硬く、物理・魔法問わず、受けた攻撃を9割以上無効化してしまう。


海王レヴィアタンは、アールヴの遥か北方、氷に閉ざされた最果ての海に拠る、ワニを思わせる見た目のモンスターだ。

水属性の強力なスキルを使用し、表面を覆う鱗は、いかなる物理攻撃によっても傷付ける事は出来ない。


「……以上が、現時点で判明している彼等の特徴です。ただこれらの情報は、彼等と遭遇し、奇跡的に逃げ延びる事が出来た者達からの聞き取りにより得られたものにすぎません。恐らく、彼等については、まだまだスキル、能力等、未知の部分が多々残されているかと……」

「そうなんですね……」


今聞いた内容を自分なりに吟味していると、少し疑問が湧いてきた。


「ノルン様、魔王宮を護る4体……竜王は倒したので、後3体ですが、彼等は“本拠地”を離れて他の場所を攻撃してきたりしないのですか?」


いずれもレベル110を超え、数多あまたの冒険者や騎士団、各国の軍隊すら退けて来たというモンスター達。

それほどまでに強力な彼等なら、もっと魔王に積極的に“活用”されても良さそうなものだけど。


「彼等は、魔王エレシュキガルが魔王宮に居を定めて以来、本拠地を出て行動した事はございません」

「何か理由があるのでしょうか?」

「これは推測ですが……。彼等が本拠地に留まり続ける事が、魔王宮を護る事に繋がっているかと」

「彼等自身がその場にとどまり続ける事が、魔王宮を護る結界か何かの役割を果たしているという事でしょうか?」

「恐らく」


なるほど……

もしかすると昨日、{俯瞰}で魔王宮が“視えなかった”のは、その辺に理由があるのかもしれない。


「ところで、魔王エレシュキガル自身が前線に姿を現した事は無いのですか?」

「彼女自身が魔王宮を出て、直接戦場に姿を現した、という記録はございません」


その答えに、僕は少し違和感を抱いた。


「魔王エレシュキガルは、黒い髪に左右の色が違う瞳を持つ魔族の女性だ、と昨日お聞きしましたが……」


直接姿を現さない相手の容姿がなぜ分かるのだろうか?


「十数年前、彼女は自身の幻影を使って世界に滅びの宣告を行いました」

「幻影……では、可能性としてですが、実際の魔王の容姿が違う可能性もある?」


ノルン様が首を振った。


「それはございません。幻影で見せた姿こそが、正しく魔王エレシュキガルの姿でございました。それが分かるのは、光の巫女としての私の能力によるもの、としかご説明できないのですが」


エレンは、魔王エレシュキガルに記憶と名前を奪われた、と話していた。

その際、姿も模倣された、という事なのかもしれない。


そこまで考えた所で、僕は大きな矛盾点に気が付いた。


魔王エレシュキガルは、この世界から見て十数年前、“エレンの姿”で世界に滅びの宣告を行った。

ならば、僕の中の“エレン”が記憶と名前を奪われたのも、同じくこの世界から見て十数年前という事だろうか?

しかし、僕はこの世界から見て、恐らく500年後のイスディフイで、実体を持ち、僕にレベルを上げて神樹を登るよう要求してきたエレンと出会った……

これは一体、どう解釈すべきだろうか?


僕は“エレン”にたずねてみた。


『エレン、君は、エレシュキガルにいつ記憶と名前を奪われたのかって覚えてる?』

『……ごめんなさい。いつ奪われたのか覚えていない。ただ、奪われたという記憶のみ魂に刻み込まれている』

『じゃあ、僕の中に入る前の事、覚えてる?』

『……暗いどこかに幽閉されていた。それを……あなたともう一人……理解不能な言葉を話す女性が助け出してくれた……』


理解不能な言葉を話す女性……

僕は、ティーナさんの顔を心の中に思い浮かべた。


『それってこの人?』

『そう。その女性』


ならば、この“エレン”は、富士第一ダンジョン91層、DID次元干渉装置で生成されたゲートの向こう側で、触手の化け物の中に閉じ込められていた“エレン”だ、と考えて間違いなさそうだ。

では、この“エレン”と僕の知るエレンとの関係は?

この“エレン”が500年後、僕の知るエレンへと繋がっていく?

それとも、僕の知るエレンが、僕と同様、時を超えて飛ばされて、エレシュキガルに記憶と名前を奪われて今に至る?

或いは、この“エレン”と僕の知るエレンは、他人の空似?


そんな事を考えていると、ノルン様が僕を凝視しているのに気が付いた。

心なしか、険しい表情をしている。

“エレン”と念話を交わしている間、放置する形になったので、気分を害しているのだろうか?


「すみません、ちょっとぼーっとしてました」


僕は苦笑しながらノルン様に頭を下げた。


「いえ、それは構わないのですが……」


ノルン様は何かを言いたそうな感じではあったが、すぐに話題を切り替えて来た。


「それで、今からどうされますか?」


そう言えば、残りの3体のモンスター達を倒しに行こうという話の途中だった。

と、エレンが再び念話で語り掛けてきた。


『魔導電磁投射銃を使う?』

『うん。そのつもりだけど』

『それなら、フェニックスから倒しに行くと良い』

『それはまたどうして?』

『フェニックスは火属性だと聞いた。魔導電磁投射銃の中にある竜王の瞳は、風属性の魔法攻撃が可能』


僕は以前、アリアに連れていってもらった魔法屋で聞いた話を思い出した。


属性には、互いにじゃんけんのような優劣がある。

風は、火に勝り、火は、土に勝り、土は、水に勝り、水は、風に勝る。


ただ、魔導電磁投射銃は、無属性の魔法攻撃を行う武器だったはず。


『それって、今の魔導電磁投射銃、自動的に風属性の魔法攻撃が出来るって事?』

『自動では無理。切り替えないと』

『切り替える? どうやって?』

『属性を……もし難しいなら、攻撃する時手助けする』


昨日、エレンは僕の右手を操って、魔石の調整をしてくれた。

恐らく、似たような感じで、攻撃する魔法力の属性を切り替えてくれるって事だろう。


『ありがとう。その時は宜しく』



10分後、僕とノルン様は、霧の山脈の稜線近くの岩陰に身を潜めていた。

動物はおろか、植物の姿さえまばらな荒涼とした光景の中、寒風が吹き抜けていく。

この世界の季節は初夏という事であったが、アールヴから北東、標高も高いこの地の体感温度は、本来なら0度近い。

しかし、ノルン様の精霊魔法により、僕等の周囲を暖かい空気が包み込んでくれている。

僕は、稜線の方にそっと目をやった。

僕等の潜む岩陰から数百m位の場所を悠々と旋回する空王フェニックスの姿が見える。

翼を広げた大きさは、20mを超える巨大な炎の鳥。

僕は魔導電磁投射銃を構えると、空王フェニックスに照準を合わせた。

引き金に指をかけ、MPを充填していく。

100……1,000……10.000……100,000……

1,000,000百万まで充填したところで、魔導電磁投射銃が、竜王バハムート戦の時同様、凄まじい振動と閃光を発し始めた。


『頼むよ、エレン』


と、僕の口から僕の意思とは無関係に、僕の声で何かの詠唱の言葉が漏れた。

次の瞬間……


―――ドシュ!


不可視の力の奔流が、瞬時に数百m先の空王フェニックスを粉砕した。

しかし、いつもの効果音もポップアップも立ち上がらない。


あれ?

エレンに手伝ってもらったから、経験値とか獲得出来なかった?


一瞬首を傾げた僕は、しかし、そのまま固まってしまった。

空王フェニックスが消滅したまさにその場所に、何かが凝集していくのが見えた。

そしてそれはやがて……


―――キェェェェ!


“復活”した空王フェニックスの怒りの咆哮が、辺りの空気を震わせた。


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