第148話 僕は、ノルン様から意外な質問を受ける


5月28日 木曜日3

第1日目――5



持ち手が外れると、内部に魔石が4個、乾電池のように並んで収められているのに気が付いた。

ただし、全てヒビが入ったり砕けたりしている。


これってやっぱり、MP100万とか充填したからだろうな……


僕はそれら全てを取り出した。

そして、インベントリからAランクの魔石4個を取り出した。

すると、エレンが再び声を掛けてきた。


『多分、Sランクの魔石やさっきの竜王の瞳でも代用出来るはず』

『そうなの?』


僕は、インベントリからあのブラックセンチピードの戦利品のSランクの魔石を取り出した。

Aランクの魔石2個と『竜王の瞳』、それにSランクの魔石を1個、持ち手の内部に並べて入れてみた。


乾電池みたいに+-プラスマイナスとかあったらどうしよう?


『カンデンチって何?』


どうやら心の中で考える事は、全てエレンに伝わるらしい。


僕の世界地球の便利道具なんだけど……それより、魔石の並べ方って、これで良いのかな?』

『大丈夫。あとは調整すれば良い』

『調整?』

『そう』


そう言えば、エレンは、以前にも魔導電磁投射銃の魔石を“調整”してくれた事が有ったっけ?


『調整ってどうやるの?』


エレンが何かを考えているのが伝わってきた。


『その魔石に手を触れてみて』


僕は言われた通り、右手で持ち手の内部に収めた魔石に触れてみた。


『そのまま、ちょっと待って……』


唐突に、僕の手の平から魔石に向かって光が照射された。


「えっ?」


慌てて反射的に手を引っ込めようとしたが、なぜか自由が利かない。


『エレン?』


エレンも僕の呼びかけに反応しない。

仕方なく、そのまま待つ事十数秒で、手の平の光は消え、再び手を自由に動かせるようになった。


何だったんだろう?


『ごめんなさい』


エレンが謝ってきた。


『調整できるか試してみたら出来てしまった。ただ、その間、多分、私があなたの手の自由を奪ってしまっていた』


すると、先程のはエレンの“仕業”だったらしい。


『能動的には動けないって言ってなかったっけ?』

『多分、だんだんあなたの身体に“馴染なじんで”きてる? 短い間なら、ある程度あなたの身体を動かす事が可能かも』


それって、少し危ない匂いがしないでもない。

まあエレンに限って、僕に不利な事をわざわざしないとは思うけれど……


『だからごめんなさい』


エレンが再び謝ってきた。


『これからは、あなたの身体を“借りる”時、事前に必ず許可をもらうようにする』


ともかく、これで魔導電磁投射銃は再び使用可能になったのだろうか?

僕は{察知}を試みた。

僕を中心として半径100m以内の状況に、大した変化は感じられなかった。

扉の外に立つ女官、建物内部を巡回する輝く精霊、立ち働く衛兵達。

まだ晩餐会までは時間がある。

少し“外出”しても、迷惑はかけないだろう。


僕は{俯瞰}で適当な荒野を探してから{転移}した。


{転移}した場所の周囲の状況を{察知}で確認した僕は、少し離れた場所に転がる大きな岩に、魔導電磁投射銃の照準を合わせてみた。

MP10を充填して引き金を引いた瞬間、その大きな岩は、不可視の魔法力により破壊された。


『エレンのお陰で直ったみたいだ』

『タカシに喜んでもらえて私も嬉しい』


僕は部屋に戻る前に、インベントリを呼び出し、魔導電磁投射銃を収めたケースを収納する事にした。

ところが……



《!》この世界で獲得したアイテムは、インベントリに収納できません。



もしかして、組み込んだ『竜王の瞳』のせいだろうか?

仕方ない。


僕は魔導電磁投射銃を収めたケースを背負うと、部屋に{転移}した。



夕方の晩餐会は、女王陛下のノーマ様や光の巫女ノルン様の他は、数人の高官達のみが参加するささやかなものであった。

当然と言うべきか、彼等の中に、僕が見知っている人物はいない。

エルフは長命と聞くし、現に500年後に女王陛下としてこの国に君臨する事になるはずのノルン様もここにはいる。

もしかすると、あの光樹騎士団長のイシリオンやガラクって大臣も、既にこの世界のどこかで生きているのかもしれないけれど。


楽しいひと時を過ごさせて貰い、そろそろお開きという段階で、ノルン様から声を掛けられた。


「勇者様、今宵は月が綺麗ですよ」


彼女に誘われるがままバルコニーに出ると、夜空にはイスディフイの二つの月が輝いていた。

その美しさに思わず見惚れていると、ノルン様が口を開いた。


「勇者様は、以前もこの世界を訪れた事がございますか?」


500年後のこの世界イスディフイなら知ってるけれど……


「どうしてそう思われました? もしかして、以前にも異世界の勇者がこの地を訪れた事あったとか?」

「私の知る限り、異世界の勇者様がこの地に降臨したのは、あなた様が初めてのはずでございます。ですが……」


ノルン様が、少し探るような視線を向けて来た。


「勇者様は、私が最初に想像していた以上にこの世界にお詳しいので、少々驚いております」


確かにこの世界に呼ばれたのが初めてなら、もっと当惑したり、あれこれ質問攻めにしたりするのが自然だったのかもしれない。

でもそういうのは、“初めて”この世界イスディフイを訪れて、アリアと出会った時に済ませてしまっている。


「ある程度は、創世神イシュタル様からお聞きしてましたから」


僕は無難に思える答えを返してみた。


「創世神イシュタル様……」


ノルン様は少し言い淀んでから、言葉を続けた。


「勇者様は、創世神イシュタル様がこの世界に召喚なさった方、ですよね?」


―――ドクン


僕の心臓が撥ねた。

イシュタルらしき双翼の女性は、僕を“召喚”したのはエレシュキガルだと話していた。


「それはどういう意味でしょうか?」

「それは……すみません、失礼な事を申しました」


ノルン様が頭を下げてきた。


「勇者様に一つお願いがございます」

「何でしょうか?」

「今後勇者様が魔王エレシュキガルとその眷属達と戦う時、共に同行し、お手伝いさせて頂けないでしょうか?」


ノルン様は光の巫女だ。

僕の知る光の巫女、ノエミちゃんは精霊魔法による戦闘支援を得意としていた。


「ノルン様は、どのような能力をお持ちでしょうか?」

「私は精霊と交信し、その手助けを得る事が出来ます。なんとなれば、勇者様のステータスを一時的にではありますが、倍加する事すら可能でございます」


やはり彼女もノエミちゃんと同等の能力を持っているようだ。


「ありがとうございます。ノルン様ご自身に危険が及ばない範囲でお手伝い頂けるのでしたら、是非宜しくお願いします」



夜、寝巻きに着替えてベッドに寝転がった僕は、今日一日の出来事を振り返っていた。

朝は地球の富士第一ダンジョンにいたはずが、夜は500年前のイスディフイにいる。

そしてなぜか実体を失ったエレンが僕の中にいる。

変化したステータス、いつの間にか付加されたスキル、そして僕を召喚したらしい魔王エレシュキガル……。

ともかく、出来るだけ急いでエレシュキガルを倒して、元の世界に帰る方法を探さないといけない。

竜王バハムートは倒したから、明日は朝から残りの3体のモンスター達を倒しに行こう。

…………

……




第2日目――1



翌朝、僕は比較的早い時間帯に目が覚めた。

窓からは朝の光が射し込んできている。

顔を洗い、着替えを済ませた僕は、早速{俯瞰}のスキルを使用して、残りの3体のモンスター、霧の山脈を飛ぶ空王フェニックス、嘆きの砂漠に棲む獣王ベヒモス、そして最果ての海に潜む海王レヴィアタンの位置を確認してみた。

いずれの地にも、問題なく{転移}出来そうだ。

運が良ければ、3体とも今日中には倒せるのでは無いだろうか?


そんな事を考えていると扉がノックされた。


―――コンコン


扉を開けると、メイド姿の女官が立っていた。

彼女は僕の姿を見ると一礼した。


「おはようございます。女王陛下が朝食をご一緒したいとおおせにございます」

「分かりました」


彼女に連れられて向かった先は、ノーマ様の居室であった。

部屋では、ノーマ様とノルン様が僕を待っていた。

上品な装飾を施されたテーブルの上には、既にこの世界の果物やジュース類が並べられていた。


「勇者様、ようこそお越し下さいました」

「こちらこそ、お招き頂きましてありがとうございます」

「さあ、堅苦しい挨拶は抜きにして、朝食を頂きましょう」


僕等が席に着いたタイミングで、朝食が次々とテーブルに並べられていく。

食事をしながら、ノーマ様が僕に話しかけて来た。


「ところで勇者様、あなた様がこの地に降臨された、と広く発表させて貰っても宜しいでしょうか?」


この世界は、魔王エレシュキガルに蹂躙されつつある。

それに抗う人々にとって、“創世神イシュタルの祝福を受けた勇者の降臨”は希望の光となるのだろう。

僕が本当にその“勇者”としての役割をになえるかどうかはともかく、反対する理由は見つからない。


「女王陛下にお任せします」



その日の午前中、アールヴ神樹王国は全世界に向けて、創世神イシュタルの祝福を受けし勇者が降臨した、と発表した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る