第146話 僕は、新しいスキルを使ってみる


5月28日 木曜日3

第1日目――3



種々の説明を終えたノーマ様達が去って、僕は再び部屋で一人になった。

あとは、今夜開かれるという僕を歓迎する晩餐会まで、特にやる事は無くなってしまった。

僕は改めてステータスを呼び出してみた。



―――ピロン♪



Lv.84

名前 中村なかむらたかし

称号 {異世界の勇者}

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+83)

知恵 1 (+83)

耐久 1 (+83)

魔防 0 (+83)

会心 0 (+83)

回避 0 (+83)

HP 10 (+830)

MP 0 (+83、+8){+∞}

使用可能な魔法 {蟆∫・槭?髮キ}

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】{転移} {俯瞰} {察知} {浮遊}

装備 ヴェノムの小剣 (風) (攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   MP10%上昇 (月の指輪)



まずはやっぱりこれ、試してみないとね……


「【異世界転移】……」


いつもの聞き慣れたポップアップ音とは異なる不快な効果音と共に、赤枠に赤字のポップアップが立ち上がった。



《!》この世界ではこのスキルは使用不能です。



……予想は出来た事だけど、やはり使えなくなっている。

という事は、神樹に登れなくなっているらしい現状、僕の取るべき選択肢は、僕をここに召喚した可能性のある魔王エレシュキガルに“会いに行く”一択と言う事だ。

魔王エレシュキガル本人から、僕を元の世界に戻す方法を聞き出せずとも、倒せば神樹にまた登れるようになるかもしれないし、そうすれば、創世神イシュタルに会って、元の世界に戻る方法を教えて貰えるかもしれない。


後は他のスキルや魔法だけど。

まずは、文字化けしている魔法……



{蟆∫・槭?髮キ}:閾ェ霄ォ縺ョHP蜈ィ謳阪→蠑輔″謠帙∴縺ォ縲√>縺九↑繧狗嶌謇九r繧ょー∝魂縺励※縺励∪縺?コ九′蜃コ譚・繧九?



……

うん、分からないからとりあえず無視の方向で。



次は、{ }波カッコ付きのスキルの数々……



{転移}:惑星イスディフイ上の任意の場所に転移できる。1回に付き、MPが1,000必要になる。



{俯瞰}:念ずるだけで、惑星イスディフイ全域を上空から詳しく観察出来る。このスキルを使用中は、1秒ごとにMP100消費する。



{察知}:自分を中心に半径100m以内の隠された罠、モンスター、他の冒険者、精霊等を物理的・魔法的障害物を無視して視る事が出来る。このスキルを使用中は、1秒ごとにMP10消費する。



{浮遊}:惑星イスディフイの大気圏内であれば、空中を移動すること事が出来る。このスキルを使用中は、1秒ごとにMP10消費する。



……

どれも凄いスキルだけど、今の僕ではMP不足で使用不能だったり、すぐにMP切れ起こしてしまいそうだ。

それはともかく、なんでこんなスキルが突然付加されたのだろうか?

記憶を辿たどっても、これら{ }波カッコ付きのスキルが獲得されたきっかけに、思い当たる節は無い。

創世神イシュタルがいつの間にか付加してくれたのであろうか?

とりあえず、試しに使ってみよう。

{転移}やら{俯瞰}やらはMP不足で使用出来なさそうだし、まずは……


「{察知}……」


途端に自身の感覚が極限まで研ぎ澄まされるのが感じられた。

扉の外には、メイド姿のエルフの女性が一人、直立不動で立っているのが“視えた”。

そして廊下を、輝く精霊が巡回しているのが“視えた”。

同じ建物の中の上の階、下の階、各所で立ち働く大勢の衛兵や女官、精霊達の姿、さらにはノルン様やノーマ様の姿まで“視えた”。

普通なら見えないはずの背後を含めて、360度、半径100m以内の範囲に渡って、そこに存在する全てのエルフや精霊達が“視えた”。


しばらく彼等の姿を“視て”いる内に、僕は不思議な事に気が付いた。


いつまでたっても効果が切れない?


スキルの説明の項目には、1秒ごとにMP10消費する、とあった。

僕の今のMP90なら、10秒もたずに使用不能に陥るはず。

ところが、10秒経っても20秒経っても、全くMP切れを起こす感じがしない。


僕は{察知}のスキルを継続したまま、ステータスを呼び出した。

MPの欄を確認するも、数値は全く変動していない。

と、僕はMPの欄に妙な記号が追加されている事に、今更ながら気が付いた。


「{+∞}? まさか、僕のMP、むげんだいになっている?」


戸惑いながらも僕は試しに{俯瞰}のスキル使用を試みてみた。

{俯瞰}は、1秒でMP100消費する。

僕のMPが90のままなら、使用不能なはずだ。


スキルを使用した瞬間、僕はこの世界を文字通り{俯瞰}していた。

僕の今いる場所は、惑星イスディフイの北半球最大の大陸イシュタルの一角、アールブ神樹王国。

その周辺に街や村が“視える”。

さらに南に目を移すと、大森林に覆われた暗黒大陸も“視える”。

しかし、そこに存在するはずの魔王宮は、“視えない”。


“視える”場所と“視えない”場所、何か条件に違いでもあるのだろうか?


その後もこの世界の至る所を{俯瞰}してみた。

慣れてくると、地図アプリのごとく、ズームイン/アウトも調整が利くようになってきた。


そして僕は“視た”。


多くの街や村が焼き払われているのを

現在進行形で、魔族やモンスター達が人々を殺戮しているのを

人々が絶望的な運命にあらがおうとしているのを

世界は文字通り、紅蓮の炎に包まれようとしている……


僕は{俯瞰}のスキルを中止した。


早鐘のように激しい動悸が胸を打っていた。

こんな世界に放り込まれて、こんな世界を救えと言われて、こんな僕がそんな事絶対に……


『タカシ……』


ふいに心の中に声が聞こえた。


『……エレン?』

『大丈夫。あなたは一人じゃない』


そうだ。

状況は不明だけど、僕の中には、“エレン”がいる。

そう考えると、なぜか少し気持ちが落ち着いてきた。


『私も“視た”。だから早くあいつを殺して終わらせないといけない』

『エレンも“視た”の? 今の』

『今の私は能動的には動けない。あなたの中から、あなたの目を通して光を見て、あなたの耳を通して音を聞いて、あなたの肌を通して、風を感じている。だからあなたが“視る”ものは私も“視る”事になる』


あれ?

それって、僕のプライバシー、無いのと同じでは?

四六時中、“エレン”と身体を共有している形になっている事を今更ながら思い出した僕は、少し赤くなった。


『え~と、エレンは実体を取り戻したりは出来ないの?』

『……分からない。だけど多分……』

『多分?』

『多分、あいつを殺せば名前と記憶を取り戻せる……と思う』

『そっか……』


相槌を打ちながら、僕は重要な事を思い出した。

確か、ここに呼ばれる直前、空中庭園でイシュタルらしき双翼の女性が“エレン”の背中に触れ、その途端に“エレン”が光の粒子となって消えて行った……


まさか、創世神イシュタルが“エレン”の実体を奪った?

だとしたら、何のため?


『エレン、創世神イシュタルって名前は覚えてる?』

『……分からない。さっき女王と光の巫女がイシュタルに関して語っていた内容を、あなたと一緒に聞いていたから、そういう存在がいるのだ、と認識は出来た』


とりあえずは魔王エレシュキガルを倒し、それから創世神イシュタルにもう一度会う方法を探すしかなさそうだ。


僕はもう一度{俯瞰}のスキルを発動した。

再び僕はこの世界を{俯瞰}していた。


まずは、魔王エレシュキガルを護る4体のモンスターの位置を探ってみよう。

竜王バハムートの拠る臥竜山は……

途端に、この大陸イシュタルの南方の一角が輝いた。

ズームしていくと、峻険な山岳地帯の頂上付近で何者かと戦う巨大なドラゴン竜王バハムートの姿が“視えた”。

背に巨大な翼を背負い、鱗に覆われたその身体は黒く輝いている。

その巨体は優に20mを超えそうだ。

ズームすると、その竜王に対し、大剣を振りかざした冒険者風の男性が一人で立ち向かうのが“視えた”。

そしてその男性が文字通り、虫けらのように踏み殺されるのも“視えた”。


僕はインベントリを呼び出した。

中から魔導電磁投射銃が収められたケースを引っ張り出した。

ケースを開け、魔導電磁投射銃を手にした僕は、{転移}のスキルを発動した。



{転移}した瞬間、僕は足場が無い事に気が付いた。

どうやら、竜王を{俯瞰}していたまさにその位置に{転移}してしまったようだ。

慌てて僕は、{浮遊}のスキルを発動した。

なんとか墜落を免れた僕は、空中に制止する事に成功した。

竜王までの距離は約200m。

幸い、眼下の竜王は突然{転移}してきた僕にまだ気付いていないようであった。

僕に背を向け、近くに転がる結晶体のような何かに、ゆっくりと近付いていくのが見えた。

その時になって僕は、竜王の周囲に冒険者だったと思われる者達のまだ新しいむくろが転がっている事に気が付いた。


たった今、竜王バハムート打倒を目指したパーティーが全滅した。


僕は魔導電磁投射銃を構え、竜王に照準を合わせた。

引き金に指をかけ、MPを徐々に充填していく。

100……1,000……10,000……100,000……

1,000,000百万を超えるMPを充填した時点で、銃身が凄まじい光と振動を発し始めた。


この辺りが限界かもしれない。


その輝きのせいであろう、竜王が振り返り、僕の存在に気が付いた。


―――オオオオオン!


竜王の激しい咆哮が響き渡る中、僕は引き金を引いた。


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