第145話 僕は、女王陛下から直々に説明を受ける


5月28日 木曜日3

第1日目――2



エレンと念話で会話をしていると、ノックの音と共に、扉の向こうから声が届いた。


「勇者様、女王陛下がご面会をお求めになっておられます」

「はい」


扉を開くと、先程のノルン様とともに、薄紅色の清楚なドレスを身に纏ったエルフの女性が立っていた。

ノルン様を少し大人にしたようなその女性のエメラルドグリーンの髪には、宝石があしらわれたティアラが輝いていた。

ノルン様とその女性、そしてその後ろに付き従う女官達が膝をつき、一斉に臣礼を取った。

僕が戸惑っていると、その女性が口を開いた。


「勇者様、初めてお目にかかります。私はこの国の女王ノーマ=アールヴにございます。お部屋に入らせて頂いても宜しいでしょうか?」

「……どうぞ」


彼女達を部屋に招き入れ、お互いソファに腰を下ろした所で、ノーマ様が口を開いた。


「この度は突然この地に降臨され、戸惑いもおありかと思いますので、私の口からこの世界についてご説明させて下さい」


彼女の説明によれば、ここは創世神イシュタルが統べる世界イスディフイ。

創世神イシュタルは、ここアールヴの中央にそびえ立つ巨木、神樹最上層、第110層の空中庭園に御座所を構え、この世界全てに恵みをもたらしている……


話を聞く限りは、ここは僕の知る異世界イスディフイで間違いなさそうだ。

しかし、それを説明してくれているのは、当代の女王ノーマ様とその娘の光の巫女ノルン様。


ノーマ様が、この世界の細々こまごまとした事について話を始めようとしたタイミングで、僕は言葉を挟んだ。


「すみません、少し確認させて頂きたい事があるのですが」

「何でしょうか?」

「僕がここへ呼ばれた理由は、魔王エレシュキガルの打倒、という理解で宜しいでしょうか?」


ノーマ様が驚いたような顔になった。


「どこでその名をお知りになられましたか?」

「この世界に呼ばれる直前、空中庭園のような場所で、翼を持つ女性から……」


僕はノーマ様に、その女性の特徴を伝えた。

ノーマ様とノルン様の顔がみるみる明るくなった。


「勇者様、不躾ぶしつけなお願いではございますが、ステータスをお見せ頂けないでしょうか?」


ステータス?

恐らく、{異世界の勇者}の称号やら、【異世界転移】のスキルやらを確認したいって事だろう。


「ステータス……」



僕が呼び出したステータスウインドウを並んで確認したノーマ様とノルン様が、満足そうにうなずき合った。


「さすがは勇者様でございます。既に創世神イシュタル様と会われ、祝福称号まで授けられていらっしゃるとは」

「それに、弱冠20歳にして既にレベル84。勇者様なれば、必ずや闇を払い、この世界をお救い下さることでしょう」


二人の言葉に、僕は微かな違和感を抱いた。


「ノルン様が受けられた神託の内容、お聞かせ頂く事は可能ですか?」

「もちろんでございます。数日前、私が神樹の間で祈りを捧げていた時、創世神イシュタル様が神託を下されました。異世界の勇者が間も無くこの地に降臨する、彼の者は必ずや世界を救うであろう、と。具体的な日時もお知らせ下さったので、本日、神樹の間にお迎えに上がった次第でございます」


神託と言うからには、イシュタルらしきあの双翼の女性が下したと考えるのが妥当だろう。

しかし彼女は、僕にはこう話していなかったか?


あなたは、エレシュキガルによりイスディフイへ召喚されようとしています、と。


あの言葉が真実であれば、そして、ノルン様の受け取った神託も真実であれば、エレシュキガルは、自らを倒す存在であるはずの僕をこの世界に召喚した、という事になる。

これは一体、どういう事だろうか?


僕は、ノルン様にたずねてみた。


「すみません、最初に断っておきますが、気を悪くされたらごめんなさい。ノルン様の受け取った神託はその……確実に、創世神イシュタル様が下されたものだったのでしょうか?」


ノルン様が、当惑したような表情になった。


「それはどういう意味でございますか?」

「例えば、エレシュキガルが、偽りの神託をノルン様に伝えたり……」

「有り得ません!」


ノルン様が、やや強い口調で僕の言葉を遮った。

しかしすぐにハッとしたような表情になり、頭を下げて来た。


「申し訳ございません。ですが、私は創世神イシュタル様により選ばれた光の巫女。その私に対し、魔王エレシュキガルが偽りの神託を下す事は不可能なのです」

「僕の方こそ変な事を聞いてすみませんでした」


僕は頭を下げた。

神託の意味するところはともかく、今の僕にはもっと情報が必要だ。


「ところで、魔王エレシュキガルについて、詳しく教えて頂けないでしょうか?」


ノーマ様が逆に問いかけて来た。


「その前に、勇者様は魔族についてご存知ですか?」


魔族。

エレンが属する種族。

そして魔王エレシュキガルが属する種族。

しかしよく考えてみると、僕は魔族については殆ど何も知らない。


「すみません。教えて頂けると助かります」

「魔族の外見上の特徴は、白い髪とその頭部に有する一対の角です。彼等は我等エルフに匹敵する程の長寿と、我等をも上回る魔力を持ちながら、創世神イシュタル様の恩愛の外に身を置き続けてきました」


……つまり、創世神イシュタルを信仰していないという事だろうか?


「創世神イシュタル様の光を拒む彼等は、深山幽谷に潜み、他種族とも殆ど交流を持つ事の無い生活を送ってきました。ところが十数年前、彼等を束ねる存在が出現しました」


エレシュキガルと名乗るその少女は、魔族にはまず見られない闇を象徴するかの如く黒い髪に、左右の瞳の色が違うという特徴を持っていた。


「全ての魔族を束ねた彼女は魔王を名乗り、モンスターを操って全世界に侵攻を開始しました」


世界中の多くの種族、国々が次々と魔王とその軍勢に蹂躙、侵略、征服された。


「この十数年間、私達も必死にあらがって参りました。しかし今や世界の半分は魔王エレシュキガルとその軍勢により焼き払われてしまいました。このままでは、残りの世界全てが闇に閉ざされるのはもはや時間の問題と言えましょう」


……間違いない。

この世界は僕の知るイスディフイから見て500年前、魔王エレシュキガルが世界を闇に閉ざそうとしていた時代。

そして、異世界の勇者が、その身を賭して魔王を封印した時代だ。

もしかして、僕がその異世界の勇者の役割をになわされようとしている?

そもそも、なぜ僕は【異世界転移】抜きで、地球の富士第一ダンジョンから500年前のイスディフイに“召喚”されてしまったのだろうか?

様々な疑問が頭の中を駆け巡った。

それはともかく……


「魔王エレシュキガルを倒すには、具体的にはどうすれば良いのですか?」


何よりもエレンがそれを望んでいる。

それに、魔王エレシュキガルを倒し、神樹第110層の空中庭園にいるはずの創世神イシュタルに会いに行けば、元の世界、元の時代に戻れるのでは無いだろうか?


ノーマ様が答えてくれた。


「魔王エレシュキガルは、南方の暗黒大陸のいずこかに存在する魔王宮に居を構えていると言われています。彼の地に至るには、魔王を護る4体のモンスターを倒す必要があります」


臥竜山に拠る竜王バハムート

霧の山脈を飛ぶ空王フェニックス

嘆きの砂漠に棲む獣王ベヒモス

最果ての海に潜む海王レヴィアタン


いずれもレベルは110を超え、数多あまたの冒険者、各国の精鋭騎士団をほふってきた、まさに最強のモンスター達だという。

彼等を倒すのなら、今のレベルレベル84では、心許こころもとないだろう。

手っ取り早くレベルを上げるならやっぱり……


僕はノーマ様にたずねてみた。


「神樹は今、第何層まで攻略されていますか?」


僕の言葉に、ノーマ様が少し不思議そうな顔になった。


「神樹を攻略? ですか?」

「はい。ここはアールヴですし、レベルを上げるのなら、神樹を登るのが一番早いかな、と」

「申し訳ございません。神樹を昇るのとレベルをお上げになられる事の関係がよく分らないのですが……」


僕は違和感を抱いた。


「神樹内部って、モンスター徘徊してますよね?」

「モンスター!? 勇者様は何か勘違いをされてらっしゃるかと。神樹は、創世神イシュタル様の御座所で御座います。そのような不浄な闇の眷属は、元より存在しておりません。それに……」


ノーマ様が言いにくそうに言葉を続けた。


「現在、神樹を昇る事は出来なくなっております」

「神樹を登れない?」

「はい。半年ほど前に、魔王エレシュキガルが、この地に何かを仕掛けて参りました。それは撃退できたのですが、その際、神樹内部への出入り口が消滅してしまいました。以来、何者も内部に立ち入る事が出来なくなっております」

「えっ?」


僕は絶句してしまった。


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