第131話 F級の僕は、富士第一ダンジョンの調査について説明を受ける


5月26日 火曜日4



関谷さんお勧めのレストラン『Sel D’orセル・ドール』は、周囲を林や田畑に囲まれた静かな環境にたたずむお洒落な雰囲気のお店であった。

店内は広く、アクセサリーショップも併設されている。

元々人気店であるらしく、僕等が訪れた時間帯――午後2時過ぎ――でも、まだ店内は食事を楽しむ人々で賑わっていた。

三人で食事を楽しんだ後、関谷さんと井上さんが、併設されているアクセサリーショップを見たいという事で、僕もついて行く事にした。

二人は、ヘアアクセサリーのコーナーで、商品を手に取ったりしながら楽しそうに話している。


そういや、アリアも長髪、上手に編んでまとめたりしてたけど……


アリアの綺麗な銀髪を思い浮かべながら、僕は目の前に陳列されていたヘアアクセサリーバレッタを手に取ってみた。

ヘアピンみたいな本体の上に、細かな装飾が施された部品が乗っかっている。

全体が薄い紫色でまとめられたそのバレッタは、アリアに似合いそうに思えた。

値段は……6,000円。

この手の買い物をした事の無い僕にとっては、高いのか安いのか、さっぱり分からない。

ふいに、誰かが肩越しに僕の手元を覗き込んできた。


「どうしたの? もしかして、プレゼント?」

「! なんだ、井上さんか。急に話しかけてくるから、びっくりしたよ」


周囲を見回すと、関谷さんの姿が見当たらない。


「関谷さんは?」

「あ、そこ減点だよ? 女の子が席外してる理由をいちいち詮索してたら嫌われるぞ?」


……何の話だろ?


僕が首を傾げていると、井上さんが重ねてたずねてきた。


「まあまあ、それで? プレゼントなの?」

「いや、プレゼントと言うか……」


単に似合うかな~なんて思っただけなんだけど。


話しながら、僕は井上さんの意見も聞いてみる事にした。


「実は髪の長い知り合いの女の子がいるんだけど、こういうの似合いそうかな?」


井上さんが、なぜかにやにやし始めた。


「へ~、まあ、そういう事なら協力してあげよう」


井上さんのにやにや顔の理由がよく分らないけれど、詳しい人物のアドバイスは、大いに参考にしたいところだ。

彼女は、陳列棚に並ぶ商品の中から、ピンク系統のパステル調の色合いのリボンがついたバレッタを選んで僕に手渡してきた。


「これなんか、似合うかも」


値札には、税込み5,300円と書いてある。


「じゃあ、買ってみようかな?」


アリアには、随分お世話になっている。

地球産のアクセサリーだし、喜んでもらえるかも?


と、何かに気が付いた雰囲気の井上さんが、ふいにささやいてきた。


「しおりんが戻って来たみたい。私があの子の気を引いとくから、バレない内に会計済ませて来ちゃって」

「えっ?」


井上さんの視線の方向に目を向けると、こちらに笑顔を向けてる関谷さんの姿があった。

井上さんは、僕から離れると、関谷さんに近付き、僕に背を向ける位置のアクセサリーコーナーへと一緒に歩いて行った。

その際、なぜかそっと僕の方を振り返り、右手でサムズアップのようなサインを送ってきた。


……なんなんだろ?


それはともかく、早く会計を済ませて、均衡調整課に顔を出さないと。


会計を済ませた僕は、袋を手にしてお手洗いへと向かった。

そして誰もいないのを見計らって、インベントリを呼び出し、その袋を収納した。

再び売り場の方に戻って来ると、関谷さんと井上さんは、まだ陳列されているアクセサリーを眺めながら話しているところだった。

僕は二人に声を掛けた。


「そろそろ帰ろうか?」



一旦関谷さんに押熊第八の駐車場まで送って貰った僕は、直接均衡調整課に向かう事にした。


「二人とも、今日はありがとう」

「中村君、またチャットアプリの方にメッセージ入れとくね」

「中村クン、チャットアプリのID、しおりんに聞いとくね」

「それじゃあ、お疲れ様」


二人に別れを告げ、スクーターを走らせた僕は、夕方4時半前にはN市均衡調整課に到着した。

そのまま受付カウンターに近付くと、窓口に座っている更科さんが、僕に気が付いた。


「中村さん!」

「更科さん、こんにちは。もしかして、まだ早かったですか?」

「大丈夫ですよ。さ、こちらへ」


窓口業務を他の職員に交代して貰ったらしい更科さんが、カウンターのこちら側に出て来て微笑んだ。

僕は、彼女に案内されながら、今日押熊第八で入手したBランクの魔石をポケットから取り出した。


「ここに来たついでに、ノルマの魔石も提出したいんですが」

「あら? 中村さん、均衡調整課の職員は、ノルマ免除ですよ」

「いえ、まだ僕、均衡調整課の職員じゃ無いですし」

「分かりました。とりあえず、お預かりしておきますね」


更科さんは階段を上り、僕を3階の一角に連れて行った。

部屋の扉には、第一会議室と書かれたプレートが貼り付けられていた。

扉を開けると、そこは長机とパイプ椅子がいくつか並べられた教室のような部屋になっていた。


「適当に掛けて待っていて下さい」


更科さんが出て行って一人になった僕は、部屋の真ん中あたりのパイプ椅子に腰を下ろした。

待つ事数分、やがて廊下の方から、ガラガラ何かを押してくる音と、複数の人々の話し声が聞こえて来た。

そして……


「中村さん、お待たせ」


四方木さん、真田さん、そして更科さんが、プロジェクター等の機器類が乗ったワゴンを押しながら、部屋の中に入ってきた。


「早速始めましょうか」



まず、明日からの調査の概要に関して記された紙資料を手渡された。

前方のスクリーンには、紙資料の内容を補足するような映像が映し出され、『説明会』が始まった。



□ 第23回富士第一ダンジョン調査


日程

05月27日 (水)

07:00 N市均衡調整課1階小会議室集合

07:10 N市均衡調整課出発 ヘリコプター (UH-60JK)にて、均衡調整課富士山頂特別拠点へ移動

09:00 結団式と合同ミーティング

10:00 富士第一90層探索開始

17:00 合同ミーティング

富士第一ダンジョン90層内にて野営


05月28日 (木)

09:00 合同ミーティング

10:00 富士第一91層探索開始

17:00 解団式

19:00 均衡調整課富士山頂特別拠点出発 ヘリコプター (UH-60JK)にて、N市均衡調整課へ帰還

21:00 N市均衡調整課にて解散



目的

富士第一ダンジョン90層及び91層における植生、モンスター、その他階層内を構成する物質についての調査を行う。



参加者

〇A級 四方木英雄 N県均衡調整課支部長

 S級 斎原涼子 クラン蜃気楼ミラージュ総裁

 S級 田中彰浩 クラン百人隊ケントゥリア総裁

 S級 伝田圭太 クラン白き邦アルビオン総裁

 S級 Tina Sanders 米国EREN東アジア部調査官

 …………

 …………

 B級 真田信二 N市均衡調整課職員

 B級 更科美香 N市均衡調整課職員

 …………

 …………

 F級 中村隆 N市均衡調整課嘱託職員



最初に説明して貰った概要によれば、今回の調査団の団長は、四方木さんが務めるらしい。

参加する団員は、S級4人、四方木さんを除いたA級8人、B級15人そしてF級の僕。

S級の1人とB級の2人は、アメリカの国家緊急事態調整委員会、通称ERENの調査官。

A級の内、四方木さんを除く8人は、全員いずれかのクランに所属。

B級は、基本的に各地から集められた均衡調整課職員で構成されており、主に荷物の運搬等調査団の雑務を担当する、との事であった。

その他、地質学者、生物学者、理論物理学者等各方面の専門家の先生方8人も参加するようだ。

というより、どうやら動員されているS級やA級達の主要任務は、90層と91層において、実際の調査に当たる各方面の専門家の先生方を護衛する事のようだ。


う~ん、こういう書き方されると、はっきり言って、“F級”の僕だけ滅茶滅茶浮いている。

事情を知らないS級や他のクラン所属のA級の方々へは、四方木さんからしっかり説明してくれるとの事なので、それに期待するしかない。



続いて、富士第一ダンジョンそのものについての説明が始まった。

まず富士山山頂部の遠景写真がプロジェクターに映し出された。

富士山の火口を銀色に輝く巨大なドーム状の構造物が覆っている。

そしてその周囲に、いくつかの建造物が点在している。


流星雨が降り注ぎ、世界中にダンジョンが誕生したあの夜以来、富士山から雪は消えた。

いまだ解明されていない未知の要因により、現在、富士山の山体そのものの地熱温度が上昇している。

そのため、厳冬期の山頂部ですら、降雪は直ちに融解し、決して積雪する事は無くなった。

それまで日本の象徴とされてきた冠雪する富士山は、もはや過去の姿となってしまった。


いち早く富士第一ダンジョンの特殊性に気付いた日本政府は、入り口が存在する火口部分を覆う巨大なドームを建設した。

現在、一般人の富士登山及び、富士第一ダンジョンへの立ち入りは、全面禁止されている。

約1気圧に与圧されたドーム内部にその入り口のある富士第一ダンジョンに挑めるのは、事実上、S級達が率いるクランに所属する人々だけになっている。

ダンジョン内部に、さらに深層に至る空間の歪みが生じている富士第一ダンジョンではあるが、奇妙な事に、現在までスタンピードの兆候を見せたことが無い。

つまり、理由不明だが、富士第一ダンジョン内部のモンスターは、討伐され数が減少すれば、次第に個体数が自然回復するものの、決して一定数以上は増えないのだ。


続いて、映像は、富士第一ダンジョンを覆うドーム内の情景に切り替わった。


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