第128話 F級の僕は、関谷さん達とダンジョンに潜る


5月26日 火曜日1



いつも通りノエミちゃんをアールヴ王宮の西の塔に送り届け、皆に別れを告げた僕が、地球のボロアパートに戻って来たのは、既に日付が変わる時間帯であった。

急いでシャワーを浴び、着替えを済ませてから、目覚ましを明日の朝7時半にセットした。

そして、いつもの万年床に潜り込んだ。


今日も一日、色んなことがあった。

明日は朝、大学行って休講届け出して、N市押熊第八行って、昼からは均衡調整課で水曜からの調査の話聞いて、夜はまたアリアやクリスさん達と神……樹に……

…………

……


―――ジリリリリリ!


けたたましいベルの音で、僕は目を覚ました。

窓からは明るい光が射し込んできている。

どうやら昨夜は、気付かない内に寝入っていたようだ。

ロノウェ戦の前に、ノエミちゃんの精霊魔法でステータス強化のバフをかけてもらった。

それが切れた反動もあったのだろう。

まだ少し眠気の残るまま布団から這い出した僕は、顔を洗って歯を磨いた。

そして買い置きのパンをかじりながら、スマホのチャットアプリの新着メッセージを確認してみた。


5件のつまらないメッセージ荷物持ちしろと1件の関谷さんからのメッセージ。


つまらないメッセージ荷物持ちしろの方には、同一内容をコピペして返信する事にした。


―――『均衡調整課の仕事を手伝う事になったので、今後一緒にダンジョンに潜る事が出来なくなりました』


うん。

今後はコレで押し通す事にしよう。

僕を呼び出そうとする連中も、均衡調整課の名前出しとけばあきらめるだろう。

彼等が直接何か言ってきたら、四方木さんに貰ったあの緑のIDカード虫よけ見せれば良いだろう。


関谷さんからのメッセージは……


『ごめんなさい。友達が一人ついてきます』


友達?

まあ、ダンジョンの入り口までついてくるだけなら、そんなに問題無いかな。

適当に話をして、外で待ってて貰えばいいし。


―――『了解。9時前には着きます』


返信メッセージを送信した僕は、出発の準備をしながら朝食を手早く済ませると、8時過ぎにはアパートの部屋を出た。

途中大学に寄り、休講届けを出した僕は、8時50分頃、押熊おしくま第八入り口近くの駐車場に到着した。

駐車場には、2台の車が並んで停められていた。

1台は、ベージュ色のワゴンタイプの軽自動車――関谷さんの車。

もう1台は、シルバーのミニバン――知らない車だ。

駐輪スペースにスクーターを停め、停車している車の方に歩み寄って行くと、ミニバンの扉が開き、二人の人物が姿を現した。

関谷さんと……


「やっほー! キミが噂の中村クン?」


ボーイッシュな髪型で、朝から無駄にテンションの高そうな女性が、にこにこしながら僕に声を掛けて来た。

恐らく彼女が、関谷さんの“友達”だろう。

関谷さんが、申し訳無さそうな顔をしている。


「ごめんね。友達がどうしてもついて来るって聞かなくて」

「何言ってんの、しおりん! 大事な幼馴染が、正体不明の男と二人っきりでB級ダンジョンに潜るなんて、お姉さんが許しません!」

「美亜ちゃん、お姉さんって、同い年でしょ?」


二人が交わす軽口を聞いていると、お互い気の置けない友人同士である事が推察できた。

僕は苦笑しながら自己紹介を行った。


「初めまして、僕は中村隆と言います」

「私は、井上いのうえ美亜みあ。しおりんの幼馴染よ」


井上さんは言葉を返しながら、僕に品定めするような視線を向けてきた。


「ふ~ん、キミってF級なんだっけ?」

「一応」

「あら? あらあらあら? F級なのに、C級と二人でB級ダンジョンに潜るの?」


関谷さんが口を挟んだ。


「美亜ちゃん! だから、それは……」

「分かってるって! あ、キミも心配しないで。私、口が堅い事で有名だから」


井上さんは、少し悪そうな顔になった。


「ねえ、キミの本当の等級、教えてよ?」


どうしよう?

いきなり現れた井上さんに、どこまで説明したら良いだろう?


僕は、ちらっと関谷さんに視線を向けた。


「ごめんね。美亜ちゃん悪い人じゃ無いんだけど、昔から言い出したら聞かないというか……」


なるほど。

彼女は元々、僕が今感じているまんまの性格をしているようだ。


「そういう井上さんは、何級ですか?」

「私? 私こう見えてもA級よ」


A級!

日本に74人しかいない、あの桧山と同じ等級?

しかし、彼女からは、言ったら悪いけれど、何のオーラも感じられない。


「本当ですか?」

「嘘言ってどうするの。ね?」


井上さんが同意を求めるように、関谷さんの方に顔を向けた。


「うん。美亜ちゃんがA級っていうのは本当よ。いつもO府に住んでるんだけど、今日の話したら、わざわざ車で来ちゃって……」


井上さんが、再度僕にたずねてきた。


「で、キミはどうなの?」

「F級には見えないですか?」


彼女は、じっと僕の顔を見つめた後、にやっとした顔になった。


「ま、その内分かる事だけど」


そう口にすると、井上さんが、関谷さんに声を掛けた。


「さ、そろそろ入ろっか?」


え?

もしかして、ダンジョンの中までついてくる気満々?

どうしよう?

彼女とダンジョンの中で一緒に行動するって事は、彼女にイスディフイ産のアイテムを見られ、僕が倒したモンスターがドロップアイテムを落とす所を見られる事を意味する。


「関谷さん、ちょっと」


僕は、関谷さんだけを少し離れた場所に誘導しようと試みた。

しかし、井上さんも一緒についてこようとした。


「なになに? 内緒話は感心しないな~」


と、関谷さんが井上さんに話しかけた。


「ごめんね、美亜ちゃん。ちょっと待ってて」

「……は~い」


ようやく井上さんが、少し僕等から離れてくれた。

僕は関谷さんに小声でたずねてみた


「井上さんって、どこまで知ってるの?」


関谷さんは申し訳無さそうな顔のまま言葉を返してきた。


「中村君の事は、事情があって実力隠してる人って事しか話して無いわ。だけど、あんな事件田町第十の後だし、私の事が心配だから、一緒に潜って私の事守るんだって聞かないのよ」

「そうなんだ」

「とっても良い子だし、口も堅いし、今日だけダメかな?」


僕は、少し離れた場所に立っている井上さんに呼びかけた。


「井上さんは、クランに所属してないんですか?」


クランに属していない“フリー”のA級は、10人程度しかいないと聞いた。

彼女がクランに属しているなら、その彼女に僕の特殊性を知られるのは極めて都合が悪い。


彼女は、こちらに戻ってきながら言葉を返してきた。


「私は、どこにも所属していないし、今後も所属する気のないただの女子大生よ」


……仕方ない。


「一応、断っておきますが、ダンジョン内で見たものについて、絶対に誰にも話さないって約束して貰えますか?」


井上さんの目が細くなった。


「……約束するわ。ただし、あの佐藤や桧山ってクズみたいに、しおりんを傷付けるような事したら、容赦しないからね。私、こう見えても結構強いよ?」

「美亜ちゃん!」

「しおりんは簡単に人を信用し過ぎ。ま、今日私が直々に中村クンを見定めてあげるから、安心して」

「だから中村君はそんなんじゃ……」


話が長くなりそうな気配を察した僕は、二人に声を掛けた。


「荷物、持ちますよ?」

「荷物……」


言いかけて、井上さんがハッとしたような顔になった。


「中村クン、荷物は? それに、その格好でダンジョン潜るの?」


ちなみに、彼女達は二人とも、既にローブ系の装備を身にまとっている。

僕は、上は黒い半袖のポロシャツ、下は茶色の綿パンという普段着のままで、荷物と言えるものは、腰にまいたウェストバッグ位。

まあ、他の荷物も装備類も全てインベントリの中に入ってはいるのだが。

そんな事情を知る由も無い井上さんが、怪訝そうな顔になった。


「キミがモンスターと戦うんだよね?」

「あとで説明しますよ」


僕は、関谷さんと井上さんの荷物を受け取り、背中に背負った。

そして、戸惑う二人を促して、押熊第八へと続く、陽炎のように揺らめく時空の歪みに足を踏み入れた。


入り口から入ってすぐの場所は、洞窟のようなごつごつした岩肌が剥き出しになった、天井の高い少し広めの空間が広がっていた。

モンスターの気配は無い。

僕はインベントリを呼び出した。

そしてそこへ関谷さんと井上さんの荷物を放り込むと、必要な装備類とアイテム類を取り出した。

その様子を見守っていた井上さんと関谷さんの目が大きく見開かれた。


「なっ!? 今、何をしたの?」

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