第129話 F級の僕は、B級ダンジョンを苦も無く攻略してしまう


5月26日 火曜日2



僕がインベントリに荷物を出し入れする様子を見ていた井上さんが、驚いたような声を上げた。


「なっ!? 今、何をしたの?」

「何って、荷物を……」


言いかけて、僕は気が付いた。

インベントリを知らない人から見れば、虚空から荷物を出し入れしたように見えたに違いない。


「これはインベントリっていう亜空間に物品を収納出来る、倉庫みたいなものだよ」


僕の説明に、井上さんが上ずった声を上げた。


「まさか亜空間魔法!? でもそれって、確か武器とか防具を数点だけ収納できる魔法でしょ? 大きなリュックサック丸々入るなんて聞いた事ないんだけど。それに使用できるのは一部のS級のみのはず……キミのソレってどうなってるの?」


この地球にも亜空間魔法が有るって話は、僕にとっては初耳だった。

しかし、インベントリと違って、収納出来る容量に制限があるみたいだ。

まあ、インベントリみたいなシステムが一般的なら、僕等のようなF級を荷物持ちとして雇う必要性は無くなるわけだけど。


「収納出来る容量の限界は分からないけれど、武器や防具だけじゃ無くて、魔石含めて色んな物品が数百個単位で収納出来るよ」

「な、何それ?」


井上さんは絶句してしまった。

僕は、手早くいつもの装備に身を固めると、関谷さんと井上さんに、神樹の雫を5本ずつ手渡した。


「関谷さんは使い方知ってると思うけど、これは四肢欠損含めてHP全快してくれる飲み薬だ。まあ、ここはB級ダンジョンだし、井上さんには不要だと思うけど、一応持っておいて。使わなかったら、後で回収するから」


井上さんは半透明のアンプル内を満たす緑の液体に目を見張った。


「待って待って! そんな薬品、聞いた事無いんだけど」

「聞いた事無くても、あるんだから仕方ないよ」


僕は話しながら関谷さんに顔を向けた。

関谷さんが口を開いた。


「美亜ちゃん、この薬、本当にHP全快して、四肢欠損も修復するの。私、何度もこの目で見たから効果は確かよ」

「何その謎薬品? 怖すぎるんだけど。HP全回復に四肢欠損修復って……A級以上のヒーラーが使用する治癒魔法と同等の効果があるってこと? そんなモノ、どうして中村クンが持ってるの?」

「ごめん。出所は詮索しないでもらえるかな」


答えながら、僕は溜息をついた。

……ちょっと見せただけでこの騒ぎ。

つまり、一般的な地球人にとって、異世界イスディフイのシステムやアイテムは、刺激が強すぎるという事だ。

これで、僕が実は異世界イスディフイとここ地球との間を自由に行き来できるなんて説明したら、一体どうなる事やら……


僕は、奥の暗がりを指し示しながら、二人に声を掛けた。


「とりあえず、行こうか?」


僕は、腰のヴェノムの小剣 (風)を抜き放ち、【看破】のスキルを発動した。

そして先頭を僕、次が関谷さん、そして最後尾を井上さんの順番で、ダンジョンの奥へと歩み出した。

しばらく進むと、前方20m程先に【隠密】状態で隠れている2頭のブラックジャガーを発見した。

僕は小声で後ろの二人に声を掛けた。


「モンスターが【隠密】している。片付けるからここで待ってて」


僕は、【隠密】状態になると、滑るようにブラックジャガー達に接近した。

幸い、彼等は、僕の【隠密】に気付いていない。


―――シュババッ!


肉を斬り、骨を断つ確かな手応えと共に、2頭のブラックジャガー達は、その姿を瞬く間に光の粒子へと変えていった。



―――ピロン♪



ブラックジャガーを倒しました。

経験値8,272,905,461,300を獲得しました。

Bランクの魔石が1個ドロップしました。

ジャガーの爪が1個ドロップしました。



―――ピロン♪



ブラックジャガーを倒しました。

経験値8,272,905,461,300を獲得しました。

Bランクの魔石が1個ドロップしました。

ジャガーの爪が1個ドロップしました。



連続してポップアップウインドウが立ち上がり、僕の勝利とアイテムがドロップした事を伝えて来た。

戦いが終わったのを見て駆け寄ってきた関谷さんと井上さんに、僕はジャガーの爪を見せた。


「で、モンスターを倒すと、こうしてアイテムが手に入る事がある」


井上さんが、当惑したような顔になった。


「死んだモンスターが、魔石以外の遺留品を残すって事?」

「そう。多分、僕が倒した時だけの現象だと思うけど」

「それって、どうするの?」

「ちょっとしたツテがあってね。そこで買い取って貰うよ」

「……」


井上さんが、探るような視線を向けて来た。


「ねえ……キミって、何者? もしかして、どこかの秘密研究機関のエージェントとか?」


僕は思わず吹き出してしまった。


「それは無いよ。まあ、均衡調整課からは嘱託職員にならないか誘われてるけど」


僕はインベントリに魔石とジャガーの爪を収納しながら言葉を続けた。


「とにかく、ここ入る前に話した通り、今日見聞みききした事は、他言無用で頼むよ」

「……どのみち、こんな話、他人にしたところで信じて貰えないわ。私自身、目の前で起こってる事が信じられないんだから」


その後も、僕は一人でモンスター達を倒していった。

2時間半後、僕等は押熊第八最奥部に到達した。

そしてインベントリの中には、Bランクの魔石が53個、ジャガーの爪が20個、ライオンのたてがみが17個、トラの牙が16個、新たに収納されていた。

ちなみに、レベルは上がらなかった。


やはり、ほぼ瞬殺出来るB級モンスター相手だと、いくら倒してもレベルを上げるのは難しそうだ。

A級の井上さんが協力してくれるなら、今度、O府O市のA級ダンジョン、淀川第五に潜って見るのも良いかもしれない。


「ちょっと休憩しようか?」


僕は、インベントリから関谷さんと井上さんの荷物を取り出し、二人に手渡した。

軽食と飲み物で身体を休めていると、井上さんが話しかけてきた。


「ねえねえ、キミ、なんでF級って嘘ついてたの?」

「嘘はついてないよ。元々F級だったから」

「じゃあ今、なんでそんなに強くなっちゃってるの?」

「さぁ……いつの間にか、かな?」

「どっかの秘密組織で人体改造されちゃったとか、そういうのは?」


僕は苦笑した。


「それも無い」


話してると、関谷さんも会話に参加してきた。


「それにしても中村君、凄いね。添田さん達と潜った時は、1頭倒すのにそれなりに時間かかってたから、1日がかりで魔石50個だったけど、今日はお昼前で50個超えちゃったし」

「関谷さん、そういや、今日は何人、名前貸してくれたの?」

「美亜ちゃん入れて、6人よ」


今、魔石53個あるから、僕と関谷さんでそれぞれ1週間のノルマ7個ずつ、あと残り39個を6人で分けてもらおうかな。


「じゃあ、お礼に1人6個ずつ渡そうか?」


Bランクの魔石は、均衡調整課なら、1個500,000五十万円で引き取ってくれる。


僕の言葉に、井上さんが驚いたような声を上げた。


「ちょっとちょっと! 渡し過ぎでしょ?」

「そうかな?」

「キミ、もう少し考えて行動しないと、良いように利用されちゃうよ? これからも、こんな形でダンジョン潜るつもりなんでしょ? 名前貸しただけなんだから、Bランクの魔石、1人1個で十分よ」


言われてみればそんな気もしないではない。


僕は関谷さんにも聞いてみた。


「どうしようか?」

「美亜ちゃんの言う通り、Bランクの魔石だったら、1個ずつ上げれば、みんな喜んでくれると思うわ。私も魔石、1個だけで良いわよ。元々、中村君が一人で全部倒しちゃったわけだし」


そうは言っても、今回、関谷さんや井上さん達が協力してくれたお陰で、こうして“合法的に”地球産の魔石を入手出来た。

均衡調整課に就職すると決めてない僕は、やはりノルマの魔石を入手しないといけない訳で、その場合、関谷さん達が協力してくれれば、S級達や他の人々に疑念を抱かれる事無く、よりスムーズにノルマを達成できる。


「じゃあ、ここにいない5人には魔石1個ずつで、残り48個をここにいる3人で山分けしよう」

「山分けって言っても、私、後ろから付いてきてただけだし」

「いやいや、A級様が同行してると言う安心感は、何物にも代えがたいわけで」

「どのクチがそういう事言うかな? この男の事、どっかのクランにチクってやろうかしら」

「それはご勘弁を」


井上さんと軽口を叩き合いつつ、結局、僕が34個、関谷さんと井上さんが、それぞれ7個ずつという分配に落ち着いた。


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