第127話 F級の僕は、地獄の凶馬を手に入れる


5月25日 月曜日12



アリアと話している僕の方に、エレンが近付いて来た。


「これ」


エレンが、Aランクの魔石と何かのメダルのようなものを差し出してきた。

恐らく、ベリトがドロップしたアイテムだろう。

僕は、それらを受け取りながら、たずねてみた。


「このメダルは?」

「オロバスのメダル。使えば、何度でもオロバスを召喚出来る」

「オロバスって?」

「さっきベリトが騎乗していた馬」


僕はベリトが跨っていた、燃えるように赤い巨大な六本脚の馬を思い出した。


「召喚するのにMP必要?」

「召喚するのにMPはいらない。維持するには、1秒間にMP1必要」


なるほど……

一度試してみよう。


僕は、メダルを手にして念じてみた。


「オロバス召喚……」


―――ヒヒーン!


メダルが消滅するや否や、赤く巨大な六本脚の馬、オロバスが出現した。

あぶみ手綱たづな等、最初から一通りの馬具が取り付けられてはいるものの、ここまで大きいと、馬というよりは、もはや象だ。


オロバスは、僕の前で、脚を屈してしゃがみ込んだ。


乗れと言う事かな?


オロバスの背に登ろうとして、僕はエレンに気がかりな事をたずねてみた。


「エレン、馬って乗った事無いんだけど、どうやって操縦するのかな?」

「念じれば思い通りに動く」


半信半疑のままオロバスの背に乗った僕は、手綱を握り、試しに広間の奥に向かって走るように念じてみた。

オロバスは立ち上がると、猛然と走り出し、すぐに急停止した。

その間、100m位だろうか?

急発進、急停止を行ったにもかかわらず、なぜか身体にかかるはずのG重力加速度は全く感じられない。

僕は、そのまましばらくその大広間をオロバスの背に乗ったまま走り回ってみた。


視点も高いし、なかなか快適だ。

これで空とか飛べたら最高なんだけど。


そんな事を考えていると、ノエミちゃんやアリアと並んで、遠くから僕の方に視線を向けているエレンから念話が届いた。


『飛べる』

『え?』

『50m位の高さ、短時間なら飛べる』

『ホントに?』


試しにエレン達のいる場所まで飛行するよう念じてみた。

オロバスはフワっと浮き上がると、空中を滑るように駆け、あっという間にエレン達の傍に着地した。

オロバスの背に乗る僕を見上げたアリアが、興奮したように話しかけてきた。


「凄いね! 私も乗ってみたい」

「一緒に乗ってみようか?」


オロバスをしゃがませた僕は、アリアの手を取り、僕の後ろに引き上げた。

そして、アリアが背中にしがみつくのを確認してから、先程と同じように、オロバスを駆け回らせた。


そういや、こうやって二人乗りで乗り物乗るのは、生まれて初めてかも。

スクーターじゃ二人乗りできないし。


ひとしきり、アリアとの騎乗デート (?)を楽しんだ僕は、オロバスをメダルに戻した。

一息ついた後、僕は広間の奥で揺らめくゲートを指差しながら皆に聞いてみた。


「どうする? 第83層見に行ってみる?」

「いいけど、一回、『暴れる巨人亭』戻って、夕ご飯食べてこない?」


時刻は、そろそろ夜の7時を過ぎた頃合いだろうか?

アリアに言われて、急にお腹が空いている事に気が付いた。


「じゃあ、一度戻って食事してこようか?」


…………

……


2時間後、僕等は再び第82層ゲートキーパーの間に戻って来ていた。

ちなみに、『技能の小瓶』と『強壮の小瓶』で創った秘薬で底上げしたステータスは、秘薬を口にしてから大体1時間20分程でその効果が消失していた。

効果が切れても、ノエミちゃんに掛けてもらう精霊魔法によるステータス底上げと違って、反動で動けなくなる事も無かった。

デメリットは、20時間に一度しか使用できず、かつ、創り置きが不可能って点だけのようだ。


広間の奥で揺らめく第83層に続くゲートを眺めながら、僕は、エレンにたずねてみた。


「第83層のゲートキーパーって、どんな奴かな?」


エレンが答えるより早く、アリアが驚いたような声を上げた。


「ちょっと、ちょっと! もしかして、またゲートキーパーと戦うの?」

「最終目的地は、第110層だからね。いけそうなら、第83層のゲートキーパーも倒して、階層を解放しておこうかと。もしきつそうなら、第83層でレベル上げするけど」


エレンとノエミちゃんが、第83層のゲートキーパー、ロノウェについて教えてくれた。

ロノウェは、杖を手にした中空に浮遊するインドの修行者のような恰好をした悪魔だ。

物理的な攻撃力は低いものの、数々の魔法を駆使し、魔物の召喚を行う。


「じゃあとりあえず、ノエミちゃんに少し僕のステータス底上げして貰って、それで挑戦してみるよ」



1時間半後、僕等は第83層のゲートキーパーの間に続く大きな扉の前に立っていた。

装飾を施されたその扉を押し開けると、その先には、今までのゲートキーパーの間と大差無い大広間が広がっていた。

僕の後ろに立っているノエミちゃんが、何かの詠唱を開始した。

途端に、僕の身体の奥底から、力強い何かが沸き上がってきた。

そのまま奥へと進むと、暗がりの向こうから、妖しく光る何者かがこちらに接近してきた。

頭部に一対の角を持ち、杖を片手に、片足をもう一方の足のももに乗せる、いわゆる坐禅の姿勢で中空に浮かぶ悪魔、ロノウェだ。

僕はヴェノムの小剣 (風)を抜き放つと、【隠密】状態でロノウェに接近した。

と、ロノウェの影の中から、僕の【影】とよく似た何かが次々と這い出してきた。

それは黒い蜘蛛とでも表現すべき異形のモンスター達だった。

一体一体はそう強くなく、一撃で倒せるものの、次から次へと湯水のように湧いてくる。

それらを切り刻みながら、ようやくロノウェに接近する事に成功した僕は、【影分身】のスキルを発動した。

そして呼び出した【影】40体とともに、ロノウェに斬りかかった。


―――ズシャシャシャシャシャ……


肉を抉り、骨を砕く凄まじい音が響き渡り、ロノウェは、文字通り弾けとんだ。

破片は、きらきら輝きながら光の粒子となって消えていく。

同時に、ロノウェが召喚していた黒い蜘蛛のモンスター達も溶けるように消えて行った。



―――ピロン♪



ロノウェを倒しました。

経験値36,679,379,416,711,400を獲得しました。

Aランクの魔石が1個ドロップしました。

ロノウェのリングが1個ドロップしました。



僕が、魔石とロノウェのリングを拾い上がていると、アリア達が駆け寄って来た。


「お疲れ!」

「お怪我は無かったですか?」

「レベル上がった?」


三人それぞれの分かり易い声掛けに、僕はなんだか少しほっとしてしまった。

僕は、ロノウェのリングをエレンに見せた。


「これは何かな?」

「それは、腕輪の素材になる」

「どんな腕輪?」

「全ての攻撃を防御する腕輪」

「凄いね。もしかして、エレンは造れる?」

「造れるけれど、別の素材が必要」

「具体的には、何が必要?」

「あと必要なのは、ブネの王冠とグラシャの羽根」


僕等の会話を聞いていたノエミちゃんが声を上げた。


「ブネとグラシャは、それぞれ第84層と第85層のゲートキーパーです。タカシ様単独では、非常に厳しいかと」


僕は、エレンにたずねてみた。


「どうかな? ノエミちゃんの全力の精霊魔法の支援があっても、厳しいかな?」


元々、ノエミちゃんは慎重派だ。

第83層のロノウェもそんなに苦労せず撃破できたし、1~2層上のゲートキーパーもそう大した事無いのでは?


ところが、案に相違してエレンが険しい表情になった。


「……多分今のままでは勝てない。2体とも、ベリトやロノウェと比較にならない位強い」


僕のレベルは82。

ノエミちゃんの支援を受けても、やはり、第84層以上のゲートキーパーを単独で撃破するのは、難しいようだ。

とは言え、まだレベル65のアリアに積極的に参戦して貰っても、状況は大して変わらないだろう。

他にもう少し強力な仲間がいれば、話は違って来るかもだけど……

僕の脳裏にノエル様に紹介して貰ったあの4人の冒険者の顔がよぎった。


彼等に協力を要請する?


しかし、僕は今、まだルーメルに居る事になっている。

彼等に協力を要請して、一緒に神樹を登った時点で、僕が“アールヴに何らかの手段で戻って来た”事が、ノエル様の耳にも入るだろう。

それは、少し話をややこしくしてしまうかもしれない。

やはり、しばらくは第83層で地道にレベル上げしようかな……


少し考え込んでいると、アリアが口を開いた。


「クリスさんに手伝って貰うのはどうかな?」

「クリスさん?」

「ほら、あの人、引退して随分経つみたいだけど、元冒険者だし、【隠密】とか転移魔法とか使えるし」


確かに相当な実力者っぽいクリスさんが手伝ってくれるなら、話は変わるかも。


「アリアは、クリスさんの住んでる所知ってるの?」

「ううん。でも、明日お昼、一緒にご飯食べる約束してるから、聞いてみようか?」


どうやら、アリアはクリスさんとすっかり仲良くなっているようだ。


「じゃあさ、明日夜、一緒に神樹に潜ってくれるかどうか聞いてもらえるかな?」

「分かった」



明日の予定を少し相談した後、僕等は神樹第83層に別れを告げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る