第123話 F級の僕は、マテオさんの話にどきまぎする


5月25日 月曜日8



僕等がルーメル貿易商会の建物を出たのは、まだ日の高い時間帯だった。

クリスさんが話しかけて来た。


「今日は楽しかったよ。君達のお陰で旧友にも会えたし、ね」

「こちらこそ、色々手助けしてもらってありがとうございました」

「そろそろ僕は帰るね」

「はい、それでは」


僕と別れの挨拶を交わし、反対方向に歩き出そうとしたクリスさんを、アリアが呼び止めた。


「あ、ちょっと!」

「ん? どうしたの?」


アリアはクリスさんに何かを言いかけて、思い直したように僕の方を見た。


「ちょっと待ってて」

「うん、いいよ」


アリアは、クリスさんに歩み寄ると、そのまま彼女を少し離れた場所に連れて行った。

僕からは聞こえない位置で、二人で何かを話している。


どうしたんだろ?


やがて、アリアだけがこちらに戻って来た。

彼女は、僕を建物の影に連れて行くと、おずおずと切り出した。


「タカシ、お願いがあるんだけど」

「何?」

「さっきのお金、少し分けて貰ってもいい?」

「もちろんだよ。半分はアリアのお金だ」


僕はインベントリを呼び出した。


「いくら出そうか?」

「じゃあ、100,000,000一億ゴールド」


そんな大金、どうするんだろ?

何か大きな買い物でもするのかな?


ともかく、僕はインベントリから、100,000,000一億ゴールド分のコインが詰まった袋を取り出し、アリアに手渡した。

アリアが優しい笑顔を見せた。


「先に『暴れる巨人亭』に帰っといて。多分、1時間位したら戻るから……」


言いながら、アリアは、何かを思い出したような顔になった。


「そうだ! さっきのイヤリングつけといて。何かあったら連絡するから」


イヤリング?

僕は、インベントリから『カロンの墳墓』で回収した『二人の想い (右)』を取り出した。


「これ?」

「うん」

「って、どこ行くの?」

「……ちょっと……」


アリアは、言葉を濁しながら、僕に手を振ると、少し向こうで待つクリスさんの方に走って行った。


なんだろ?

『カロンの墳墓』以来、妙にアリアはクリスさんと仲良くなってる感じだけど……


アリアの一連の行動に若干違和感を抱いたけれど、それ以上類推する材料を持ち合わせていない僕は、右耳にイヤリングをつけると、大人しくアリアの帰りを待つ事にした。

『暴れる巨人亭』に戻って来ると、ターリ・ナハが僕を出迎えてくれた。


「おかえりなさい」

「ただいま。マテオさんはまだ帰って来てない?」

「はい。もうすぐお戻りになるとは思いますが」


宿泊者専用の食事スペースに腰を下ろした僕に、ターリ・ナハがお茶を入れてくれた。


「そう言えば、アリアさんは?」

「なんか行きたい所あるみたいで、クリスさんと一緒にどこかに行ってるよ」

「クリスさん?」


ターリ・ナハが小首を傾げる仕草をした。

そうか。

クリスさんは、認識阻害の効果のある帽子に、自分についての記憶を速やかに消去してしまう効果のあるポンチョを羽織っている。

クリスさんの“加護”の効果は、ターリ・ナハにも及んでいるようだ。


「今日は『カロンの墳墓』に行かれたんですよね? ロイドの村の近くの」

「そうだよ」

「確かロイド村は、ここから馬車で一日かかるはず。もしかして、エレンさんの転移魔法で移動されました?」


ターリ・ナハをアールヴの地下牢から脱出させてここへ連れて来る時、僕等はエレンに転移させて貰った。


「エレンじゃないんだけど、転移魔法使える知り合いがいてね」

「それが先程話していたクリスさんですね」

「そうそう」


一瞬、クリスさんの事を思い出したのかと思ったけれど、どうやら、“アリアと今出かけている人物としてのクリスさん”を念頭に話をしているようだ。


僕等が話をしていると、入り口の扉を開けて誰かが入ってきた。


「お! タカシ、もう帰って来てたんだな」


市場で色々買い出してきたらしい品々をテーブルの上に下ろしたマテオさんが、こちらに近付いて来た。


「アリアはどうした?」

「今日は一緒に『カロンの墳墓』行ってきたんですけど、帰り、アリアだけ行きたいところあるからって、僕だけ先に帰ってきました」

「珍しいな、タカシの方が振られるなんてな」

「そんなんじゃないですよ」


苦笑しながらマテオさんと話していると、いきなり僕の心の中にアリアの声が届いた。


『今どこ?』


どうやら、イヤリング『二人の想い』を使って念話を送ってきたらしい。


『今、『暴れる巨人亭』。マテオさんとターリ・ナハもいるよ』

『もうすぐ帰るね』

『うん、気を付けて』


僕が右耳につけた『二人の想い (右)』を触りながら念話で会話していると、マテオさんがなぜかにやにやした顔になった。


「それ、『カロンの墳墓』で見つけた魔道具だろ?」

「そうですよ」

「で、どうなんだ? アリアとは念話で通じ合えたか?」

「通じ合えたかって……まあ、コレ、そういう魔道具なんですよね?」

「なんだなんだ、もう隠す気も無いってか? でもまあ、これで両想いって事がはっきりしたってわけだな」

「一体何を言って……あっ!」


このイヤリング『二人の想い』、愛し合う二人の間でのみ、念話が通じ合うって噂があったんだっけ?

でも、クリスさんによれば、それはあくまでも噂なだけで、本当は、どんな人間関係の二人の間でも念話での意思疎通を可能にする魔道具って事だけど。


「もしかして、『カロンの墳墓』とこのイヤリングの話、アリアに教えたのって、マテオさんですか?」

「そうさ。あいつ、柄にもなくこの話に食いついてきてな。まあでも、本当にお前達が『カロンの墳墓』を攻略して来るなんて大したもんだ」


マテオさんは、目を閉じて腕を組み、うんうん頷いている。

それはともかく、どうやらアリアは、事前に『二人の想い』について知った上で、『カロンの墳墓』攻略を持ちかけてきたようだ。

だから『二人の想い』をお互い身に付けて念話が通じあった時、あれだけ真っ赤になって……ってあれ?

それって、つまり、アリアは僕の事を……?

いやそんなまさか?


段々顔が赤くなってくるのが自覚された。

そんな僕に、マテオさんが悪戯っぽい目を向けてきた。


「おいおい、なんか顔が赤いぞ?」

「何の話ですか?」


僕は照れ隠しもあって、右耳のイヤリングを外すと、ターリ・ナハに差し出した。


「ちょっとつけてみて」


ターリ・ナハが怪訝そうな表情になった。


「これは?」

「これ、もう片方のイヤリングつけてる相手と念話を通じる事の出来る魔道具なんだ。これつけて、ためしにアリアと念話で会話してみて」

「おいおい、知らねーぞ、アリアとターリ・ナハで通じ合っちゃっても」


マテオさんの茶化すような言葉を無視して、ターリ・ナハにイヤリングを右耳につけるよう促した。

戸惑いながらもイヤリングを装着したターリ・ナハに声を掛けた。


イヤリングそれ触りながら、アリアに心の中で呼びかけてみて」


ターリ・ナハは、右耳のイヤリングに指を触れていたがすぐに驚いたような顔になった。


「アリアさんと……念話で話が出来ました。もう宿の前まで帰って来てるみたいです」

「なんだって? まさか……」


マテオさんが若干狼狽気味に声を上げる中、入り口の扉が開き、アリアが一人で戻って来た。


「ただいま~」


なんだか少し晴れ晴れとした表情をしているアリアに、マテオさんが当惑したような目を向けた。


「アリア、お前……」

「マテオ、聞いて! 今日『カロンの墳墓』行ってきたんだけどね……」


楽し気に今日の出来事を話しだそうとするアリアに近付いたマテオさんが、アリアの両肩を掴んだ。


「女の子も好きだったのか?」

「はい?」


アリアがキョトンとした顔になった。


「タカシにターリ・ナハに……悪い事は言わん。タカシ一人にしておけ」

「だから何の話?」

「だってお前、そのイヤリング……」


アリアは、キョトンとした顔のまま、僕、ターリ・ナハ、そしてマテオさんへと順に視線を移していった。

そして……


「グフゥ!?」


アリアに剣の柄で鳩尾を突かれ、悶絶したマテオさんの絶叫が、宿のロビーに響き渡った。


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