第122話 F級の僕は、異世界で大金持ちになる


5月25日 月曜日7



結局、僕等は倉庫の大半の品々を持って帰る事にした。

呼び出したインベントリに、それら様々な物品を次々とほうり込んでいると、クリスさんが感心したような顔になった。


「その年齢でそのレベル。おまけにインベントリまで使用できるなんて、君って一体、何者?」

「それを言うなら、クリスさんこそ何者ですか? 転移魔法使えるし、あの巨大髑髏の魔法を完全に封じ込んでましたよね?」


ついでに、僕の【影】30体呼び出す攻撃も、クリスさんの魔法で護られた巨大髑髏には届かなかった。

クリスさんからは、イシリオンや斎原さんが放っていたオーラのようなものは一切感じ取れないけれど、その事も含めて、相当な実力者のはず。


「何者って、僕は悠々自適の毎日を送る単なる暇人さ」

「でも、元は冒険者だったんですよね?」


ルーメルの街で僕等と“再会”した時、クリスさんは、『ルーメルは、初めて冒険者登録した街~』と語っていた。


「昔は……ね。ま、昔の話だよ」


相当な実力者っぽい元冒険者。

しかし、それを口にしたクリスさんの横顔は、なぜか物凄く寂しそうで……

僕は、それ以上質問を重ねる事が出来なくなってしまった。


『カロンの墳墓』の“お宝”をあらかたインベントリに収納し終えると、クリスさんが声を掛けて来た。


「街まで送ろうか?」


どうしよう?

時刻はお昼過ぎ。

そろそろお腹も空いてきた。


僕は、アリアに聞いてみた。


「とりあえず、どこかの村か街でお昼食べて、“お宝”、買い取って貰う?」

「そうね……」


アリアは、少し考え込む素振りを見せてから、クリスさんの方を向いた。


「ねえ、転移って、距離の制限とかあるの?」

「無いよ。特別な結界で護られている場所以外なら、この世界のどこにでも転移出来るよ」

「そうなんだ……」


アリアがまた何かを考える素振りを見せた。

その様子に、若干の違和感を抱いた僕は、アリアに声を掛けてみた。


「どうしたの?」

「あ、ううん、なんでもないよ」

「なんか、考え込んでたからさ」

「それは……とりあえず、ルーメルに戻ろうか」



20分後、午後の日差しの中、僕等は『暴れる巨人亭』に戻って来ていた。

1階ロビーでは、ターリ・ナハが、何かの片づけをしている最中だった。

彼女は、戻って来た僕等に気付くと笑顔を向けて来た。


「おかえりなさい。早かったですね……」


言葉の途中で、僕等の少し後ろに立っているクリスさんに気付いたらしいターリ・ナハの目が少し細くなった。

ちなみに、クリスさんは、いつもの灰色の帽子に茶色のポンチョを羽織っている。


「そちらの方は?」

「あ、この人はクリスさんって言って、今日色々冒険に付き合って貰ったんだ」


僕の言葉を聞いたターリ・ナハが、丁寧に頭を下げた。


「初めまして。私はターリ・ナハと申します」

「これはご丁寧に。僕はクリス。宜しくね」


二人が挨拶を交わしていると、アリアが口を開いた。


「マテオいないみたいだけど、どっか出掛けてる?」

「はい。少し前に買い出しに出られました」

「そうなんだ。お腹空いた~。なんか作れそう?」

「バルサムのシチュー煮込みならありますよ」

「じゃあそれで」


僕等はターリ・ナハの案内で、宿泊者専用の食事スペースに腰を下ろした。


料理が運ばれてくるのを待ちながら、アリアがクリスさんに話しかけた。


「ねえ、どうしていつもそんな格好してるの?」

「ア、アリア?」


アリアの余りに直截的な質問に、僕は思わずたしなめる様な声を上げてしまった。


「だって、気になるでしょ?」


口を尖らせるアリアに、視線を向けたクリスさんは、苦笑しながら帽子を脱いだ。

帽子の中から、肩口までの長さの雪のように白い髪がこぼれ出た。


「一番の理由は、コレかな」


クリスさんは、自身の白い髪を指差した。

アリアの目が大きく見開かれた。


「白い髪……まさか、魔族?」


僕は、ノエミちゃんがエレンの黒い髪を見て、魔族は白い髪が普通だって話していたのを思い出した。

街中でも、明らかに老人と見受けられる人々を除いて、白い髪の若者は、種族を問わず目にした事は無かった。

もしかして、この世界では、白い髪は、魔族だけの特徴なのかもしれない。


僕がそんな事を考えていると、クリスさんは、自身の透き通るような白さの髪を手櫛でかき上げて見せた。


「ははは、良く見てごらん? 角は生えてないだろ?」


垣間見えたそのうなじの白さに、僕は少しどきっとした。

髪から手を離したクリスさんは、少し寂しそうな表情になった。


「まあ、血は混じってるって言われた事あるんだけどね」

「血? もしかして、魔族の、ですか?」


僕の問い掛けに、クリスさんは頷いた。


「僕、実は捨て子でね。本当の両親の顔は知らないんだ。だから、本当に魔族の血が混じってるかどうか含めて、真相は分からないんだけどね」

「……すみません」

「タカシ君が謝る話じゃ無いよ。まあ、そんなわけで、こういう格好してるってわけさ」


僕とクリスさんの会話をじっと聞いていたアリアが、呟くように口を開いた。


「ごめん……」

「だから、アリアさんが謝る話でも……」

「私も」

「えっ?」

「私も同じだったんだ」

「……」

「小さい頃、両親が死んじゃって、親戚んちに引き取られたんだけど、そこでも居場所無くて……だから……」


その時、丁度料理が運ばれてきた。

食事が始まると、それまで少し重かった空気は次第に和やかな雰囲気に変わって行った。



食事を済ませた僕等は、アリアの提案で、『カロンの墳墓』のお宝を買い取ってもらうため、ルーメル貿易商会に向かう事になった。

ターリ・ナハに見送られ、『暴れる巨人亭』を出て歩く事30分程で、アールヴのドルム商会本部とよく似た建物が見えて来た。

3階建ての白く輝くその建物には、『ルーメル貿易商会』の看板が大きく掲げられていた。

建物の前には、何台かの荷馬車が止まり、大勢の人々が立ち働いていた。

僕は、その中の一人、細身で丸眼鏡をかけた小綺麗な服装の男性に声を掛けた。


「すみません、ちょっと見て頂きたい品々がありまして」


その男性は、僕等に品定めするような視線を向けて来た。


「冒険者か? うちは、高級品しか取り扱ってないんだけどね……」


言外に、低レベルの冒険者がどこかのダンジョンで拾ってきた得体の知れないアイテムの買取はやってない、とでも言いたげな。


僕はインベントリを呼び出した。

そしてそこから『カロンの墳墓』で手に入れた品々の内、クリスさんが、数百万ゴールドの価値がありそう、と【鑑定】した品を1個取り出した。

薄紫に妖しく輝く握りこぶし大の石。


―――賢者の石


使用回数に制限があるものの、なんと、鉄を金に変化させる事が出来る触媒だそうだ。

それを目にした丸眼鏡の男性の顔色が変わった。


「それは、一体どこで?」

「『カロンの墳墓』で手に入れました」

「! とにかくこちらへ」


丸眼鏡の男性の案内で建物の中に入った僕等は、応接室のような場所に通された。


ソファに腰かけ、出された紅茶を飲みながら待つ事数分。

廊下からドタドタ誰かが掛けて来る音が近付いてきた。

そして……


―――バン!


勢いよく開け放たれた扉から、恰幅の良い初老の男性が勢いよく飛び込んできた。

その男性は、興奮した面持ちで、僕等の方につかつか歩み寄ってきた。


「『カロンの墳墓』を攻略したっていうのは君達かね!?」

「はい」


その男性は、立ち上がって挨拶しようとする僕等を手で制しながら、テーブルを挟んで僕等と向かい合うソファに腰を下ろした。


「初めまして。私は当貿易商会会頭テレドです」


一通り自己紹介を終えた僕は、インベントリを呼び出して、『カロンの墳墓』から持ち出した品々の内、あの三つの小瓶を除いた数十点を取り出した。

それらの品々を、テレドさんは最初に僕等と話をした丸眼鏡の男性――カラルさん――に手伝って貰いながら、査定を始めた。

30分程かけて査定を終えたテレドさんは、僕等に買い取り金額を提示してきた。


320,000,000三億二千万ゴールドで全て買い取らせて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」


僕の右隣に座るアリアの息を飲む気配が感じられた。


「アリア、いいかな?」

「いいかなって、金額大き過ぎて実感湧かないよ」


僕の左隣に座るクリスさんが、僕に話しかけて来た。


「うん、妥当な価格だと思うよ」


こうして僕等は、この異世界に来て最大のゴールドを手にしたのだった。


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