第121話 F級の僕は、錬金術師の遺産に目を見張る


5月25日 月曜日6



やがて立ち上がったクリスさんは、あの巨大髑髏が浮遊していたテーブルに近付いていった。

テーブルの上には、様々な器具や物品が散乱していたが、ちょうど巨大髑髏が浮遊していた場所の真下だけ、ぽっかりと円形に空間が出来ていた。

そこに、一対のイヤリングが置かれていた。

細かい意匠が凝らされ、虹色の宝石のような物がめ込まれたそのイヤリングは、妖しい輝きを放っていた。

クリスさんは、それらを手に取ると、それぞれ一つずつ、僕とアリアに差し出してきた。


「はいこれ。カロンが造り出した魔道具だ」

「どんな効果が?」

「それは、きっとアリアさんがよく知ってると思うよ」


クリスさんは、話しながら、やや悪戯っぽい目をアリアに向けた。

アリアが少し赤くなりながら説明してくれた。


「噂では、『カロンの遺跡』に、身に付けた者同士でその……念話が可能になる魔道具があるって……」

「へ~。じゃあ、これがそうなんだ」

「う、うん」


なぜか、アリアは顔が赤いままだ。

クリスさんが、くすりと笑った。


「さあさあ、早速付けてみなよ。二人で念話が通じるかどうか試してみたら?」


僕は、言われるがままに、右耳にそのイヤリングを付けてみた。

アリアもおずおずと自分の左耳にそのイヤリングを付けて行く。

僕等の様子を確認したクリスさんが言葉を続けた。


「じゃあ、そのイヤリングに指を触れながら念話で会話してみて」


僕は、右耳のイヤリングに指を触れ、エレンに念話を送る要領で、アリアに心の中で呼びかけてみた。


『アリア』

「!」


目の前のアリアが、なぜか息を飲むような表情を見せた。


いきなり心の中で僕の声が聞こえて、びっくりしてるのかな?


ともかく、念話は彼女にちゃんと届いてそうであった。

僕は再びアリアに念話を送った。


『アリアも何か話してみて』

『タカシ……』

『聞こえたよ。中々便利だね』

『う、うん……でも、こうして念話がお互い通じ合うって事は……』


念話を途中で区切ったアリアは、なぜか耳まで赤くなってうつむいてしまった。

僕は少々挙動不審なアリアに、普通に話しかけてみた。


「アリア?」

「は、はひ!?」


アリアの目が完全に泳いでいる。

様子がおかしいアリアとの会話を中断した僕は、助け舟を求めるつもりでクリスさんの方に顔を向けた。

クリスさんは、なぜかニヤニヤしている。

僕は少し心配になってきた。


「クリスさん、これって、普通の魔道具ですよね?」


装着者の精神にヘンな影響与える呪いのアイテムだったら、すぐ外さないと。


「うん。ただ、それにまつわる、ちょっとした噂があってね」

「噂、ですか?」

「装着者同士が、お互い愛し合ってないと、念話が通じ合わないって。やっぱり、カロンはアイリーンの事想いながらそれ造ったから、そういう噂が広まってるのかもね。イヤリングの名前も、『二人の想い』だし」

「へっ!?」


その噂が本当なら、アリアと普通に念話で通じ合えるって事は……?

『二人の想い』という名前もあいまって、僕の心臓の鼓動が早くなってきた。

待て待て、僕とアリアは、そういう関係じゃない。

だけど、お互い通じ合えるって事は、アリアは僕を、そして僕自身気付いてないだけで、僕はアリアの事を……


と、クリスさんが笑い出した。


「ごめんごめん。あくまでも噂なだけなんだ。僕の見た所、それは本当に普通の魔道具だ。念話を通じ合うのに、互いの人間関係は全く関与してないよ。なんだったら、僕と君達との間でもちゃんと通じ合えるはずさ」


その言葉を聞いたアリアが、ばっと顔を上げ、クリスさんに詰め寄る感じで口を開いた。


「噂なだけ? 本当じゃないの?」

「残念ながら」

「そ、そんな……」


目に見えて落ち込むアリアに、クリスさんがそっと近付き、二言三言、何かをささやいた。

アリアは、うつむき加減で、なぜかそれを神妙な面持ちで聞いている。


やがてアリアが顔を上げた。

もう彼女の目は泳いでいない。


「ま、これで私達、連絡取りやすくなったわけだし」

「そうだね」

「あのさ」

「ん?」

「用事無くても、たまには念話送ってもいい? ほら、タカシがあっちに行ってる時とか」


あっち?

地球の事だろうか?

そういや、念話って、世界を越えて通じ合えるものだろうか?


「それは全然構わないよ。というより、今度試してみようよ。僕も興味あるし」


アリアがすっかりいつもの感じに戻ったところで、クリスさんが声をかけてきた。


「そうそう、この奥にさらにもう一つ隠し部屋があったはずだよ」

「そうなんですね。どうやったら入れるんですか?」

「君達のつけてるイヤリングで、隠し部屋に通じる仕掛けが動くはずだ」


クリスさんは、僕等を連れてとある棚の前に立った。

そして、その棚を横にスライドさせた。

姿を現した壁には、小さな窪みが2ヶ所彫られていた。

クリスさんが、それらを指差した。


「そこに二人のイヤリングをめてごらん」


クリスさんの言葉通り、僕とアリアは、2ヶ所の窪みに、それぞれ自分達の外したイヤリングを嵌め込んでみた。

その途端、2ヶ所の窪みを繋ぐように稲妻のような光が走ったかと思うと、壁自体が、音を立てて上にせり上がり始めた。

濛々と舞い上がる埃の中、クリスさんが再び声を上げた。


「窪みのイヤリング、もう回収していいよ」


僕とアリアは、急いでせり上がり続ける壁の窪みからイヤリングを回収した。

壁が天井までせりあがり、舞い上がっていた埃が落ち着いて来ると、隠されていた小部屋が姿を現した。

手前の部屋と異なり、非常に清潔感溢れる綺麗な小部屋。

広さは、手前の部屋と比べると、三分の一程度だろうか?

小綺麗なテーブルと棚が並べられ、そこには何かの器具や書物、品々が、きちんと整頓されて収められていた。


「ここは?」


僕の問い掛けに、クリスさんが部屋の中を見回しながら答えてくれた。


「どうもこの部屋、倉庫か保管庫として使ってたみたいだね。とにかく、ここにあるのは、カロンがまだちゃんと“偉大な錬金術師”だった頃の数々の創造物や著作物だよ。いずれも錬金術を志す者なら、喉から手が出る程欲しがる品々ばかりのはず。多分、価値は数百万ゴールド以上。中には値が付かないものも混じってるんじゃないかな」


アリアが目を大きく見開いた。


「やったね! 私達、大金持ちだよ」

「でもこれって、カロンさんの大事な品々ですよね。僕等が勝手に処分してもいいんでしょうか?」


僕の言葉に、クリスさんとアリアが、同時に噴き出した。


「ちょっと! そんな事気にしてたら、そもそもダンジョンや遺跡に潜る冒険者って職業自体が成り立たないよ」

「そうそう、アリアさんの言う通り。それに、カロンも自分が残した品々が、他の大勢の人々の役に立つなら、かえって喜ぶと思うよ」


アリアは、早速、機嫌良さそうに、倉庫の品々を物色し始めた。

僕もその辺の品々を手に取ってみるが、その価値はさっぱり分からない。

インベントリに一度放り込めば、一覧の中から指で触れる事で、アイテムの名称と簡単な説明見る事出来るけど……


僕が戸惑っているように見えたのだろう。

クリスさんが声を掛けて来た。


「【鑑定】しようか?」


【鑑定】?

恐らく、アイテム類について、その詳細を知る事の出来るスキルかな?


「お願いします」


クリスさんが、近くの品々を手に取ると、次々と【鑑定】しながら説明を始めてくれた。

大半は、錬金術的には有用なんだろうけれど、僕には今一つその価値が分からない品々だった。

が、いくつか興味を惹かれた物もあった。



『賢者の小瓶』;HPを全回復し、バフ・デバフ全てを除去する究極の秘薬『賢者の秘薬』を材料無しで創り出す事の出来る小瓶。ただし、1回に創り出せるのは1人分で、1度使用すると、20時間は再使用不能。



『技能の小瓶』;HPとMPを除く全ステータスを、一時的に+100上昇させる『技能の秘薬』を材料無しで創り出す事の出来る小瓶。秘薬の持続時間は、使用者のレベルに応じて延長されるが、100分を超える事は出来ない。ただし、1回に創り出せるのは1人分で、1度使用すると、20時間は再使用不能。



『強壮の小瓶』;HPとMPを、それぞれ一時的に倍加する『強壮の秘薬』を材料無しで創り出す事の出来る小瓶。秘薬の持続時間は、使用者のレベルに応じて延長されるが、100分を超える事は出来ない。ただし、1回に創り出せるのは1人分で、1度使用すると、20時間は再使用不能。



僕は、クリスさんに聞いてみた。


「この小瓶で創った秘薬、別の容器に移して保管できるんですか?」


もしそうなら、20時間ごとに、これらの便利な秘薬を自動で量産できるのでは? と考えたのだが……


「残念ながら、こぼしたり、別の容器に移し替えようとしたら消滅するよ」


それでも、この三つの小瓶が優秀なのは間違いない。

これらの小瓶は、売らずに今後の冒険に役立たせて貰おう。


僕はインベントリを呼び出すと、これらの小瓶を収納した。


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