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第120話 F級の僕は、かつて起こりし悲話を聞く
第120話 F級の僕は、かつて起こりし悲話を聞く
5月25日 月曜日5
扉を開けると、そこは何かの実験室のような場所であった。
広さは学校の教室位であろうか?
壁は全て棚になっており、そこには、所狭しと、書物やビン詰めにされた何かが埃を被ったまま並べられていた。
部屋の中にもテーブルが並べられており、そこかしこに書物や器具類が散乱している。
そのかび臭い部屋の中の一際大きなテーブルの上に……
紫に輝く不思議なオーラを
巨大髑髏の眼球の無い眼窩が、僕等の方に向けられた。
「……マタ……ヌス……ミニキ……タ……」
ヌスミ?
盗み?
何を?
もしかして、お宝の事かな?
少しのんきな事を考えてしまった僕の背中を、突如悪寒が駆け抜けた。
「危ない!」
クリスさんの鋭い叫び声に、僕は咄嗟にアリアを抱えて床を転がった。
つい先ほどまで僕等がいた場所目掛けて、浮遊する巨大髑髏が何かを発射するのが、目の端に見えた。
その何かは、無音のまま床を大きく
魔法か何かであろうか?
「カロン!」
再びクリスさんの叫び声が聞こえた。
あの巨大髑髏が、かの錬金術師の成れの果てなのだろうか?
ともかく、起き上がると僕は【隠密】状態になった。
再び、クリスさんの声が聞こえた。
「ちょっと待って!」
しかし、既に動き出していた僕は、そのまま、浮遊する巨大髑髏目掛けて駆け寄ると、スキルを発動した。
「【影分身】……」
僕の影が盛り上がり、30体の【影】が出現と同時に、巨大髑髏に襲い掛かった。
―――キキキン!
甲高い金属音が響き渡ったものの、僕自身の攻撃を含め、全ての攻撃は、弾き返されてしまった。
僕は、【影分身】のスキルを停止して、素早く巨大髑髏から距離を取った。
見ると、巨大髑髏を覆い尽くすように、無数の魔法陣が出現していた。
何かの防御系の魔法?
あれが物理攻撃を無効化する“盾”なら、ちょっと厄介だな……
次の手を考えながら、周囲の状況を確認しようとした僕の目に、巨大髑髏に近付いていくクリスさんの姿が飛び込んできた。
「クリスさん! 気を付けて!」
僕の呼びかけに、クリスさんが、髑髏に視線を向けたまま言葉を返してきた。
「ごめん。ここは僕に任せてくれないかな?」
いまだ無数の魔法陣に覆い尽くされたままの巨大髑髏が、クリスさん目掛けて何かを発射しようとした。
しかし、それは、逆に巨大髑髏の周囲の魔法陣に阻まれるように、
あれ?
もしかして巨大髑髏、自分からも攻撃出来なくなってる?
そんな中、クリスさんは、巨大髑髏に近付くと、口を開いた。
「カロン……なんだろ?」
「アイ……リーン……ヲトリ……モド……ス」
巨大髑髏が、再び連続して何かを発射しようとしたが、先程と同じく周囲の無数の魔法陣に触れた瞬間に、その攻撃は次々と霧散していく。
「カロン、僕だ。ペルトゥルだ」
話しながら、
帽子の中から、肩口までの長さの雪のように白い髪が
ポンチョの下からは、
クリスさん、実は女の人だった?
意外な発見に戸惑う僕を他所に、クリスさんは言葉を続けた。
「アイリーンは、死んだじゃないか」
「アイ……リーンガ……シン……ダ?」
「そうだよ。あの日、一緒に彼女を埋葬した」
その言葉を聞いた髑髏の様子が明らかにおかしくなった。
「チガ……トリ……モドス!」
刹那、巨大髑髏が凄まじい光を発した。
視界が白く埋め尽くされる中、クリスさんが何かの詠唱を行っているのが聞こえて来た。
「……イシュタルよ、あなたの
数秒後、徐々に視界が戻って来た。
クリスさんは、床に
そして、巨大髑髏は、美しい輝きを放ちながら、次第にその影を薄くしていく。
入れ替わるように、その光の中から、一人の老人の姿が浮かび上がってきた。
その老人は、僕等に丁寧にお辞儀をしながら消滅していった。
「カロン……」
クリスさんが、そっと何かを呟きながら立ち上がった。
僕と少し遅れてアリアもクリスさんの元に駆け寄った。
「クリスさん!」
クリスさんは、泣き笑いのような不思議な表情を僕等に向けて来た。
「……ごめんね、邪魔して」
「邪魔して?」
もしかして……?
「あの巨大髑髏を包み込んでいた魔法陣って、クリスさんが?」
クリスさんは、頷いた。
「ちょっと、彼と話す時間が欲しくてね……。僕が意地を張ったばっかりに、ここへ来るのがずいぶん遅くなってしまったから」
「あれって、やっぱり錬金術師の?」
「そう、彼はカロンだ。もっとも、あの髑髏は、彼の“妄執”が死してなお、この世に留まり続けていた姿に過ぎなかったけれど」
「……カロンさんとクリスさんとの間に何があったのか、お聞きしても良いですか?」
「別に何も無いよ。ただの……昔の知り合いさ。遠い昔の、ね……」
カロンさんは、幼い頃から錬金術に関して素晴らしい才能を発揮し、若くして名声を博するようになった。
やがて、彼は恋をした。
相手は、小さな共和国の元首の娘、アイリーン。
しかし、そんな二人を悲劇が襲った。
魔王エレシュキガルの侵攻である。
魔王配下の魔族とモンスター達の攻撃で、共和国は一夜にして壊滅した。
灰燼と帰した屋敷の焼け跡でアイリーンの変わり果てた姿と対面したカロンは、慟哭した。
それ以降、彼は、人里離れた森の中に“研究所”を造り、日夜禁忌の実験を繰り返す事になった。
「彼は、アイリーンの死を受け入れられなかったんだ。だから、錬金術師としての全てをかけて彼女をこの世に蘇らせようとした」
しかし、彼が目指したのは、死霊術のような形での復活では無かった。
アイリーンの身体を素材とし、彼女と瓜二つのホムンクルスを作成し、そこに彼女の“記憶”を吹き込もうとした。
「何十回、何百回、何千回……彼は残された全ての情熱をかけ、それに挑み続けていた。僕は途中何度も
やがてクリスさんは、些細な事でカロンと小さな喧嘩をした。
それをきっかけに二人は疎遠となり、今の今までクリスさんがこの地を訪れる事は無かったのだという。
話し終えたクリスさんは、僕等を部屋の隅に連れて行った。
そこには
クリスさんが、積もった埃を払っていくと、次第に中が見えて来た、
やや黄色がかった何かの液体で満たされた半透明の容器の中には、一人の髪の長い女性が目を瞑り、裸で横たわっていた。
身じろぎ一つしない彼女に視線を落としながら、クリスさんが囁くように語り掛けて来た。
「彼女、眠っているだけに見えるだろ? でも、コレは人間じゃない。ホムンクルスだ。そして、コレには、魂も記憶も宿っていない……」
話しながら、クリスさんはしゃがみ込むと、その容器に右手を
クリスさんが何かを呟くと、彼女の手の平を中心に魔法陣が出現した。
そこから放射される何かが、半透明の容器を包み込んでいく。
金色の輝きを放つそれはまるで、哀れなホムンクルスを容器ごと浄化するように……
静かな、神々しさすら感じさせる雰囲気の中、ホムンクルスとその容器は、溶けるように消えて行った。
アリアが、ポツリと呟いた。
「カロンさんとアイリーンさん、向こうでちゃんと会えるよね」
クリスさんは、静かに、しかし力強く頷いた。
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