第114話 F級の僕は、神樹第81層に向かう


5月24日 日曜日5



アパートに帰り着いた僕は、濡れた服を脱いでシャワーを浴びた。

改めて時刻を確認しようとスマホを取り出すと、ファミレスで電源を切ったままだった事に気が付いた。

スマホの電源を入れ、時刻を確認すると、午後5時を回った所だった。


ちょっと早いけど、【異世界転移】して、神樹、登りに行こうかな?

昨日は結局、行けなかったし。


出掛ける準備を済ませた僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。



『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋は、昨日、桧山との戦闘中、一時的に“避難”してきた時と比較して、特に変化は見られなかった。


アリアは、いるかな?


僕は、部屋の扉を開けると廊下に出た。

そのままアリアの部屋に向かい、扉をノックした。

しかし、中に誰かいる気配は無い。


夕方、まだ早い時間帯だし、いつもの“ウサギ狩り”に行ってるのかも?


そのまま階下に下りて行くと、ロビーでテーブルや椅子を拭いていたターリ・ナハと目が合った。


「タカシさん、お戻りになってたんですね?」

「うん。アリアはどこか出かけてるのかな?」

「朝、出られたので、恐らくもうすぐ帰ってこられるかと」

「じゃあ部屋で待ってるから、アリアが戻ってきたら、教えてよ」


再び階段を上り、自分の部屋の前まで戻って来た僕が、扉を開けると……


「おかえり」

「……やっぱり」


予想通りと言うか、何というか、とにかく、エレンがいつものように僕のベッドに腰かけていた。

今日は、いつものエレンの衣では無く、黒地に赤の刺繍が施された、素材不明な服を着ていた。

僕の言葉の意味を図りかねたらしい彼女が、小首を傾げた。


「何?」

「なんでもないよ。元気だった?」

「元気。だけど、昨日あなたは来なかった」

「ごめん。昨日は色々あってね。とてもじゃないけど、ここへ来れる状況じゃ無かったんだ」


僕は、昨日の田町第十での出来事をエレンに語って聞かせた。


そう言えば、エレンに地球の話をするのは、初めてかもしれないな……


そんな事を考えながら話を進めていくと、あの黒い結晶の下りで、エレンが僕の話をさえぎった。


「待って、黒い……結晶?」


エレンの表情が、心なしか強張ったように感じられた。


「もしかして、黒い結晶に心当たり有るの?」


しかし、エレンは、僕の言葉が届いていないのか、何かをブツブツ呟き出した。


「悪意……憎悪……人間の負の感情……まさかあいつが……」

「エレン?」


僕の言葉にようやく気付いたらしいエレンが、ハッとしたような顔になった。


「あいつって?」

「……気にしないで」


時々エレンが口にする“あいつ”なる存在。

恐らく、エレンが、僕のレベルを上げて、神樹を登らせようとする最大の動機と思われる存在。

いつか僕は、神樹で“あいつ”と対峙する日が来るのだろうか?


「そうそう、今夜の神樹行きだけどさ、アリアがまだ帰って来てないんだ」

「もしかして、彼女を待つ?」

「うん。今日もこの前と同じ感じで、前半、アリアのレベル上げ、後半、僕のレベル上げで行きたいんだけど」

「分かった」


そのまま、なんとなく会話が途絶えてしまった。

僕は、部屋の隅の椅子に座り、エレンは、僕のベッドの縁に腰かけている。

沈黙が続く中、ぼーっと窓の外に目をやるエレンを見ていると、僕の中で、少し悪戯心が芽生えて来た。


そういや、エレンに僕のスキルって通用するのかな?

【隠密】は通じなかったけど……


エレンに視線を向けながら、僕はスキルの発動を試してみた。


「【置換】……」


ふいに、僕の視界が切り替わった。

次の瞬間、僕は、エレンが腰かけていたベッドの縁に、エレンは、先程まで僕が座っていた椅子に、お互いの場所が入れ替わっていた。


エレンが、少し驚いたような顔で僕を見た。


「今のは……?」

「ごめんごめん。実は昨日新しいスキルが手に入ったから、ちょっと実験してみたんだ」

「そう」


話しながら、エレンの様子をそっと観察してみた。


“悪戯”しておいてなんだけど、気、悪くしてないかな?


しかし、エレンは、それ以上何か気にする風でも無く、再び窓の外に視線を向けていた。


う~ん、エレンって、やっぱり、感情の起伏が著しく乏しいな……


それはともかく、エレン相手でも、【置換】はちゃんと発動した。

このスキル、工夫次第で、結構色々出来そうだ。


と、階下から誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえて来た。

そして……


―――バン!


「タカシ!」


カギの掛かっていない扉を勢いよく開け放ち、アリアが部屋の中に飛び込んできた。


「昨日はどうしてたの?」

「ちょっと色々忙しくて、こっちに来れなかったんだ」

「もう~、心配したよ?」


少しねたような顔になったアリアが、僕の隣に腰かけてきた。

気のせいか、凄く近い。

彼女の銀色の長髪から漂うほのかな香りが、僕の鼻腔をくすぐった。


「どうする? エレンって子呼んで、神樹行く?」

「うん。ってもう来てるけど」

「そうなの!?」


僕の指さす方向に視線を向け、初めてエレンの存在に気付いたらしいアリアが、驚いたような声を上げた。


「なんだ、いるんだったら言ってよ」

「あなたが、タカシにばかり視線を向けているから、私に気付かなかっただけ」

「な、何言ってんのよ!?」


アリアが、真っ赤になってうつむいた。


「え~と……とりあえず、神樹、行こうか?」



僕の提案で、今日も今日とて、神樹第62層へとやってきた。

そして、いつも通り、エレンにドラゴンパピーを連れてきて貰って……

2時間後、ドラゴンパピー35頭が光の粒子となって消滅していった。


「アリアお疲れ。どう? レベル上がった?」


僕の問い掛けに、アリアが苦笑いになった。


「ううん、57のままだよ。タカシじゃ無いんだから、そんなにガンガンレベル上がらないよ」


そっか。

アリアが獲得出来る経験値は、僕から見れば、1/100。

まあ、アリアみたいなのが普通で、僕がイレギュラーなだけなんだけど。


とにかく、アリアのレベルを急いで上げるには、もっと高レベルのモンスターを倒す必要がある。

高レベルで、アリアの安全確保しながら倒せるモンスター……

そうだ!


僕は、エレンに話しかけた。


「ねえ、第81層、行ってみない?」

「第81層は解放されていないから、直接転移できない。行くなら、まず第80層に転移して、第81層に繋がるゲートをくぐる必要がある」

「じゃあ、それで」

「ちょ、ちょっと!」


僕とエレンの会話を聞いていたアリアが、上ずった声を上げた。


「第81層って……確か今の最前線でしょ? いくらなんでも、私が戦えそうなモンスターいるとは思えないんだけど」

「大丈夫! 僕に任せて」


ダンジョン内で、持参していた携行食で簡単に腹ごしらえを済ませた僕等は、まず、エレンに第80層から第81層に続くゲートのすぐ脇に転移させてもらった。

そして、ゲートをくぐり、黒く磨き上げられた御影石のような素材で構成された第81層へと足を踏み入れた。

僕にとっては、3日ぶりの第81層。

あの時は、ノエル様から紹介して貰ったあの4人の冒険者達と一緒だった。

彼等は今、何をしてるだろう?


そんな事を考えていると、エレンの表情が少し強張った。


「近くに他の冒険者達がいる」


他の冒険者?

もしかして、あの4人の冒険者、メティスさん、ガルベルさん、ネイ・カーンさん、マイヤさん達だったりして。

どうやら、エレンはダンジョン内のモンスターの位置だけでは無く、冒険者達の位置も把握できるようであった。

そして、どうも他の冒険者達との接触を避けたい雰囲気のエレンは、僕等を小部屋のような区画に連れて行った。


「ここなら大丈夫」


つまり、他の冒険者達にわずらわされる事無く、モンスターと戦える、という事であろう。


「じゃあさ、ガーゴイルを連れてきて。とりあえず1体」


エレンは頷くと、暗がりの奥へと消えて行った。

しばらくすると、エレンの消えて行った先からガーゴイルが現れた。

ガーゴイルは、身の丈3m以上。

背中からコウモリのような翼を生やした、黒光りする石像のような悪魔の一種だ。

物理や魔法攻撃に高い耐性を持ち、物理的な攻撃力は高いものの、魔法や特殊スキルは持っていない。

影を呼び出して戦えば、僕でも何とかなる相手。

弱らせて、あとは確率で防御力無視の攻撃が出来るエセリアルの弓を装備したアリアにとどめを刺してもらおうという考えだ。

緊張でガチガチの様子のアリアを安心させようと、笑顔を向けた後、僕はスキルを発動した。


「【影分身】……」


そして、呼び出した【影】1体とともに、ガーゴイルに襲い掛かった。


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