第113話 F級の僕は、均衡調整課併設の販売店を覗いてみる


5月24日 日曜日4



N市均衡調整課の入る総合庁舎ビルに戻って来た僕は、装備品の販売店へと足を向けた。

販売店を訪れるのは、これが初めてだ。

僕は元々が、モンスターと戦う力が無いとされるF級。

F級が、高いお金を払って装備を整えるのは、ここ地球では無意味とされている。

さらに、レベルとステータスが上昇した今、僕は異世界イスディフイ産の装備で戦っているが、今の所、それらの性能に不満は感じていない。

そんなわけで、僕は今までこの販売店を訪れる機会が無かったのだ。


入り口の自動扉から中に入ると、結構広い店内は、思ったより大勢の人々で賑わっていた。

武器や防具は、値段が安く――それでも、数万円以上の値が付いているけれど――低レベルの品は陳列棚に、値段が高く、高レベルの品は、対魔法・対物理に関して特殊な加工が施されているらしいガラスケースの中に、それぞれ並べられている。

武器や防具ごとに表示されている説明文を読んでいくと、僕は少し意外な事実に気が付いた。

少なくとも、ここに展示されている武器や防具は、異世界イスディフイのアールヴにあった鍛冶屋『鋼鉄の乙女』で見た武器や防具と比較して、遥かに性能が低いのだ。


魔石しか入手できないここ地球と、モンスター由来の素材類も入手できる異世界イスディフイとの差、なのかもしれないな。


そんな事を考えながら店内の品々を見て回っていると、誰かのヒソヒソ声が聞こえて来た。


「おい、あれ中村じゃねぇか?」

「F級がここに来て何するつもりだ?」

「気分だけでもボウケンシャごっこしたいんじゃねえか?」


さりげなく声の方に視線を向けると、“知り合い”のD級達だった。

彼等とは、何度か、一緒にダンジョンに潜った事がある。

もちろん、彼等がご主人様で、僕が奴隷の荷物持ちって関係で。


大した装備品置いて無さそうだし、あいつらに絡まれると鬱陶うっとうしいし、出ようかな……


出口に向かおうとしたところで、僕は後ろから呼び止められた。


「中村さん」


声の方に振り返ると、均衡調整課の制服に身を包み、黒髪を肩口で綺麗に切り揃えた僕の良く知る女性が立っていた。


「更科さん?」


更科さんは、笑顔で近付いて来た。


「もしかして、装備品見に来たんですか?」

「まあ、そんなところです」


僕は返事をしながら、更科さんの様子をそっと観察してみた。


四方木さんは、どうやら正確に僕の能力を看破しているようであった。

彼は、N市均衡調整課職員達に、その話をどこまで伝えているのだろう?

あの場で一緒に話を聞いていた真田さんはともかく、更科さんは、まだ僕の事をF級と思っているかも。


しかし、更科さんは、すっと僕に近付き、囁いてきた。


「ここにあるのは、B級以下の方々向けの装備品です。もしお望みでしたら、奥で特別な装備品、お見せ出来ますよ」


僕は思わず更科さんの顔をまじまじと見てしまった。

彼女は、ニコニコ笑顔のままだ。


彼女に案内されて奥に向かう僕は、先程のD級達が、驚いたような顔で僕等の方を見ている事に気が付いた。


「あいつ、中村……だよな?」

「あっち、特別室だよな? 確か、A級とS級しか入れない」

「なんでF級が特別室に案内されてるんだ?」


彼等のヒソヒソ声に見送られるようにして、僕は、販売店奥の扉から、特別室へと案内された。


天井から豪華なシャンデリアが下がった特別室は、重厚な絨毯が敷かれ、静かなクラシック系のBGMが流れる落ち着いたサロンのような雰囲気の空間であった。

お洒落なテーブルとソファが置かれた室内の壁際には、明らかに表に展示されていたのとは異質な武器や装備品がいくつか展示されていた。

“客”は、僕一人。

更科さんは、僕にソファへ腰かけるよう促すと、飲み物とカタログのような物を持ってきてくれた。

僕は、更科さんにたずねてみた。


「一応、僕、F級ですよね?」


自分で言うのもなんだが、随分妙な質問になってしまった。

更科さんが微笑んだ。


「はい、“そういう事”になってますね」

「ここって、A級以上向けの装備品置いてる場所……ですよね?」

「そうですよ」


更科さんは、微笑んだままだ。

つまり、N市均衡調整課は、組織全体として、僕を最早F級とは見なしていない、と言う事だろう。


“諦めた”僕は、重厚な装丁を施されたカタログを手に取ってみた。


「へぇ……」


やはり、A級以上向けだけあって、性能は、表に展示されていた装備品とは雲泥の差があった。

いくつかの品は、アールヴの鍛冶屋『鋼鉄の乙女』で見た装備品の性能を凌駕していた。

銃火器を元にデザインされている、異世界イスディフイでは決して有り得ない武器も掲載されている。

ただ、金額は……

最低でも、十数億。

中には、数百億円以上するものも掲載されていた。

ここまでくると武器と言うより、兵器だな……


しばらくカタログに掲載されている装備品とその説明に目を通していると、更科さんが声を掛けて来た。


「どうです? 気になる装備品、ありました?」

「これなんかは、凄いですよね」


僕が指し示したのは、ライフルのような形状の武器『魔導電磁投射銃』だ。

説明文には、こう書かれていた。


“魔力による補正を行う事で、ダンジョン内部でも使用可能なように改良された電磁投射銃レールガン。知恵の数値×消費MP分の無属性の魔法攻撃を3.4km/s (マッハ10)で射出可能。有効射程距離は、1,000m。一度射出すると、次の射出までインターバルが10秒必要。”


僕の場合に置き換えれば、色々補正がかかった知恵の数値が92、MPが98だから……

最大、一撃で9,016の遠距離攻撃が可能と言う事になる。

ヴェノムの小剣の攻撃力が、170、アールヴ神樹王国の光の剣の攻撃力が、400だった。

それを考えると、MP消費とインターバルが必要になるとは言え、遠距離で凄まじい一撃を放つ事が出来る計算だ。

ただし、値段は……1丁、40,000,000,000400億円!!


更科さんが、少し悪戯っぽい表情になった。


「使ってみたいですか?」

「それは使ってみたいですけど、お値段が……」

「均衡調整課の職員なら、ダンジョンに潜る時、所長の許可の元、このカタログに掲載されている全ての装備品、借り受ける事出来ますよ」


均衡調整課がダンジョンに潜る時。

それは、ダンジョン内で遭難事故が発生した時、犯罪が発生した時、そして、スタンピードが発生しそうな時。

緊急事態だからこそ、こうした高価な武器の借り受けが許可されるのだろう。


更科さんと話していると、ふいに扉の開く音がして、誰かがこの部屋に入ってきた。


「中村さん、ここでカタログ見てるって事は、もしかして、ウチで仕事しようって気になってくれました?」


僕は慌てて立ち上がった。


「四方木さん、先程は失礼しました」

「いやいや、座ってて下さい」


促されるまま、ソファに腰を下ろした僕と向かい合う形で、四方木さんもソファに腰かけた。


「ちょうど良かった。先程、話しそびれていた事がありまして……」

「何でしょうか?」

「実は今度、富士第一ダンジョンの調査が入ってるんですよ」


富士第一ダンジョン。

富士山の火口にその入り口が存在する世界最大級の巨大複合ダンジョン。

つい先日、クラン『蜃気楼ミラージュ』の手により、92層が発見された。


「……もしかして、参加のお誘い、でしょうか?」

「そうです! やはり中村さんは話が早い」


富士第一ダンジョンのある富士山は、S県とY県の県境に位置する、日本の最高峰。

均衡調整課が何を“調査”するのか不明だけど、ここ西日本にあるN市からは、少なくとも日帰りで行ってこれる場所では無いはずだ。

地球で今まで通り大学生活を送り、関谷さんと一緒に週一ペースでダンジョンに潜る。

そして、時々異世界イスディフイに顔を出して、神樹を登る。

そうした僕の今後の計画の中で、富士第一ダンジョンの“調査”に参加するメリットは、感じられない。


「すみません、ちょっと色々忙しいので、その話は又の機会で」


僕の言葉を聞いた四方木さんが、露骨にしょんぼりした顔になった。


「そりゃ残念です」

「すみません」

「出発が5月27日の水曜日早朝で、28日の木曜夜には帰って来れるんですけどね」

「ちょっと月曜から外せないゼミや講義ありまして……」

「中村さん、学生さんでしたね。そりゃ仕方無い。ですが、気が変わったら、いつでも連絡下さい」



結局、Aランクの魔石を換金する事も、何かを買う事も無いまま均衡調整課を後にした僕は、土砂降りの雨の中、アパートに戻る事にした。


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