第109話 F級の僕は、久し振りの居酒屋で羽目を外す


5月23日 土曜日8



「なんでS級が来るんだ?」


茨木さんが驚いたように呟いた。

その想いは、僕も同じだった。

斎原さんを含めてS級達と彼等の率いるクランのメンバー達は今、富士第一ダンジョンの攻略に専念していると聞いていた。

つい数日前も、“斎原涼子以下、クラン『蜃気楼ミラージュ』の面々が、富士第一ダンジョン91層のゲートキーパーを撃破した”、という記事を目にしたばかりだ。

そんな彼等が、こんな田舎のC級ダンジョンに足を運ぶ理由が分からない。


やがて、四方木さんが、斎原さん達を案内しながらこちらに近付いて来た。


「皆さん、災難でしたね。それで……」


四方木さんの言葉を斎原さんがさえぎって声を掛けて来た。


「桧山はどうしたの? まさか、逃げた?」

「桧山?」


茨木さんが、怪訝そうな顔になった。


「俺達は、富田と佐藤に騙されて……」

「ああ、今回は富田って名乗ってたのね。それで? 生存者は、貴方達だけ?」


状況が良く呑み込めない僕等に、四方木さんが横から説明してくれた。


「実は、能力を【隠蔽】しているA級の桧山ってのがいましてね。あちこちのダンジョンで偽名を使って殺しを繰り返しては逃亡中だったんですよ。そいつがこの前、クラン『蜃気楼ミラージュ』のメンバーを……」

四方木よもぎ、余計な事は言わないで。思い出しただけでも腹が立ってくるから。とにかく、桧山が今朝、N市にいたのは確実よ。だから私達も今朝からN市に入って、あいつの行方を追っていた所なの」


茨木さんが、僕等を代表して、今日、N市田町第十ダンジョンで起こった出来事を詳細に話し始めた。

ただし、桧山富田の最期に関しては、無我夢中で戦っている内に倒せていた事、合わせて、ダンジョン内に、佐藤を置き去りにしてきた事も付け加えていた。


「桧山を殺した? C級のあなた達が?」


斎原さんの顔に不信の色がありありと浮かび上がっていた。


「なら、桧山が死んだという場所に早速案内して」


僕等は、斎原さんや均衡調整課の職員達と共に、再びあの大広間を目指す事になった。



2時間後、僕等は、田町第十最奥の大広間に戻って来ていた。

この場にいるのは、僕、茨木さん、関谷さん、それに斎原さんとクラン『蜃気楼ミラージュ』のメンバー2人、四方木さん、更科さん、そして辻さんという均衡調整課の男性職員の計9人。

別に、真田さん達が、今朝佐藤達と同じチームで潜った他のC級達の捜索の為、別ルートで田町第十内部を探索している。


大広間の状況は、4時間前に僕等がここを後にした時と、さほど変化は生じていなかった。

僕等が到着した時、まだ失神していた佐藤は、四方木さん達によって目覚めさせられた後、均衡調整課の拘束具により拘束された状態で、床に転がされていた。

拘束具には、魔法詠唱を封印し、スキルの発動を阻害する仕掛けが施されており、その効果で、佐藤は、一言も発する事が出来ない状態になっている。

斎原さんとクラン『蜃気楼ミラージュ』のメンバー2人は、桧山だった肉塊に近付き、しゃがみ込んで何かを調べ始めた。

が、すぐに斎原さんが、怪訝そうな表情で立ち上がった。


「……おかしい。凄まじい連撃で肉体を破壊されてるけれど、魔力の残滓ざんしを感じない。これ程の連撃をC級数人の物理攻撃だけで成すのは不可能なはず」


しまった!

いくら確実を期すためとは言え、【影】30体の一斉攻撃 (物理)は、少々“やりすぎ”だったかも……


斎原さんが、こちらを振り返った。


「あなた達の中に、ステータスと等級、或いはスキルを【隠蔽】してる者がいる」


彼女の鋭い視線に見据えられた僕の背中に、ヘンな汗が湧いてきた。

思わず視線を逸らしてしまった僕の方に、彼女がつかつかと歩み寄ってきた。


「あなた、確か、F級って言ってたわよね?」

「は、はい」

「あなた臭うわ」

「えっ?」


まあ、半日ダンジョンに潜っていたから、確かに汗臭いのは否めない。

って、九分九厘、そういう意味の“臭う”じゃないとは思うけれど……


僕より少し背の低い彼女が、僕の耳元に顔を寄せて来て囁いた。


「あなたから尋常じゃないオーラを感じる」


その時、四方木さんが声を掛けて来た。


「斎原様、彼は確実にF級ですよ」


斎原さんが四方木さんの方を振り返った。


「なぜ断言できるの?」

「実は彼には、10日程前に精密検査受けて貰ってるんですよ。結果はシロでした」

「ふ~ん……」


斎原さんの目が細くなった。


「あなた、それ、本気で言ってる?」

「もちろんです。精密検査で、彼には何もおかしい所は無かったですから」

「そう言うんじゃ無くて。あなた自身、その検査結果信じてるの?」


四方木さんの目も細くなった。


「そりゃ信じますよ。だって私、均衡調整課の職員ですから。自分トコの検査結果信じなくて、何信じるんですか?」


刹那、斎原さんと四方木さんの視線が交錯した。

と、斎原さんは、四方木さんから視線を外し、茨木さんと関谷さんの方を見た。


「この二人は……ま、聞くまでも無いか」


四方木さんが再び口を開いた。


ちなみに、そこの関谷さんもシロですよ。彼女にも先週、精密検査受けてもらいましたから。茨木さんには、精密検査受けて頂いた事無いので、後でご協力お願いするかと思いますが」

「分かったわ。一応、結果は知らせて頂戴。それにしても、生き残り3人の内、2人が最近精密検査受けたって事ね……」

「近頃、厄介な事件が立て続けに起こってましてね」

「厄介な事件、ね。まあいいわ」


斎原さんが、桧山だった肉塊の方を指差した。


「ところで、あれが本当に桧山かどうか、私達の方でも調べさせてもらうけど、いいわね?」

「どうぞご自由に」


斎原さんは、同行していたクラン『蜃気楼ミラージュ』のメンバー2人に命じて、桧山の肉塊からサンプルを採取させた。

恐らく、DNA鑑定にでも使うのだろう。


現場の検分が全て終わり、再び僕等がダンジョンの外に戻って来た時、あたりはすっかり暗くなっていた。

時刻は、既に夜の8時前。

四方木さんが、僕等に話しかけてきた。


「皆さん、お疲れさまでした。今夜は遅いんで、また明日、もう一度ゆっくりお話しお聞かせ下さい。そうですね……明日朝10時に均衡調整課にご足労頂いても宜しいですか?」



まだ現場に残り、手分けしてダンジョン内部から亡くなったC級達の搬出作業に当たるらしい均衡調整課の職員達と別れの挨拶を交わした後、ようやく僕等は解放された。

拘束された佐藤は、僕等がダンジョンに潜っている間に到着していたらしい護送車に乗せられ、一足先にどこかへと連行されて行った。

斎原さんはじめ、クラン『蜃気楼ミラージュ』の面々もリムジンに乗り込み、走り去って行った。


長い一日だった。

さすがに今夜は異世界イスディフイで神樹に登りに行く気になれない。

大人しくアパートに戻って早く寝よう。


茨木さんと関谷さんに別れの挨拶をしようとした僕に、茨木さんが話しかけて来た。


「今日はこんな事になっちまったけど、とにかく俺達は生き残った。どっかで飯でも食って帰らないか? 俺が奢るよ」


どうしよう?


関谷さんが口を開いた。


「中村君、折角だから御馳走して貰おうよ」

「まあ、関谷さんがそう言うなら」


僕は、皆で夕食を食べに行く事に同意した。


「じゃあ、N市駅前の居酒屋『鳥かごめ』に行こう。あそこの大将は俺の幼馴染でな。料理の腕も確かだ」

「『鳥かごめ』、有名ですよね。私も大学のコンパで何回かお邪魔した事あります。家も近いから、一旦帰って、車置いてきても良いですか?」

「おう、いいぞ。中村君はどうする?」

「N市駅前からはちょっと離れた所に住んでるんで、僕は、このままスクーターで直接向かいますよ」

「じゃあ、また後でな」


僕は、二人と別れると、スクーターにまたがった。

暗い夜道を走り出すと、夜風が心地よく肌を撫ぜて行く。

途中、茨木さんと関谷さんの車に相次いで追い抜かれながら、30分程度で、僕は居酒屋『鳥かごめ』に到着した。

店の駐輪場にスクーターを止め、関谷さんに電話しようとスマホを取り出した僕は、チャットアプリに彼女からのメッセージが届いているのに気が付いた。


『もう、中に入ってるよ』


店内は、大勢のお客さんで賑わっていた。

店員さんに名前を告げると、すぐに奥の個室に案内された。


「お疲れ様。さ、今日は飲もう!」

「あ、僕、スクーターで来てるんで」

「タクシー代は出してやるから。スクーターは、明日また取りに来たら良いぞ」

「じゃあ、ちょっとだけ……」

「「「乾杯!」」」


最後にこうして居酒屋で騒いだのは、何ヶ月前だろう?

茨木さんや関谷さんとの時間はとても心地よかった。

ついつい、羽目を外してしまった僕は……

…………

……


気付いたら、知らない部屋のベッドの上で目が覚めた。


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