第108話 F級の僕は、S級の斎原涼子と遭遇する


5月23日 土曜日6



ややあって、茨木さんが僕と関谷さんに声を掛けて来た。


「とにかく、ここで起こった事を、急いで均衡調整課に知らせよう」

「はい」


僕は、関谷さんに手を貸してもらいながら、立ち上がった。

召喚してから10分以上経過しているからであろう。

ガーゴイルの姿は既に消えていた。

と、少し向こうでまだ失神したままらしい佐藤の姿が目に飛び込んできた。


「佐藤は、どうしましょう?」


茨木さんは少し考えた後、言葉を返してきた。


「彼をこのまま俺達だけで外に運び出すのは大変だ。それに今、彼を目覚めさせても、当事者たる俺達の前では、真相は話さないだろう。このままここに置き去りにして、皆の遺体共々、均衡調整課にゆだねるのが一番だと思う」


茨木さんの言葉は、もっともに感じられた。

このダンジョンの外界との出入口は一ヵ所だけ。

例え途中で佐藤が目を覚ましても、出入口さえ押さえておけば、逃げられる事は無いだろう。


茨木さんが、地面に転がっていた僕のリュックを拾い上げた。

中には、僕等のチームの荷物や、今日の戦利品の魔石が入っている。

僕は、茨木さんに声を掛けた。


「茨木さん、僕が背負いますよ」


しかし、茨木さんは、少し寂しそうな表情で首を振った。


「いや、これは俺が運ぼう。君は、俺達の中で一番強い。それに関谷君はヒーラーだ。帰路、もしモンスターとの戦闘が発生した場合、一番戦力にならないのは、俺だからな」

「そんな事は……」

「さ、行こう」


茨木さんに促され、僕等はダンジョンの出口へ向かった。


しばらく無言で歩いていると、茨木さんが口を開いた。


「均衡調整課には、基本、ここで起こったままを話すとして……」


茨木さんが、歩きながら僕の方を向いた。


「富田を殺したのは、俺と他のC級達という事にしておかないか?」

「えっ? それは……」


茨木さんの申し出は、僕にとってはありがたい話だ。

しかし、S級に迫る強さのA級を、C級だけで倒した、と話しても信じて貰えないのでは?


懸念が顔に出てしまったのであろう。

茨木さんが、僕を安心させるような声音で言葉を続けた。


「君は、何かの理由があって力を隠しているんだろ? だけど、それは悪意をもって【隠蔽】してると均衡調整課に勘違いされる可能性がある。下手すると、今日の仲間達を殺したのが、君だって話にもなりかねない。俺達の命を救ってくれた君に、これ以上の労苦をかけたくない。なあに、俺達をなめ切っていた富田に、C級全員で死に物狂いの逆襲掛けて、多大の犠牲を払って奴を殺したって話にしておけば、それ以上は調べようが無いはずだ」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「気にするな。関谷君も、それでいいかな?」

「はい。私は元より、私が富田さんを殺した、と申し出るつもりでしたから」


僕は思わず関谷さんの顔を見た。

目が合った彼女は、にっこり微笑んだ。


「どのみち、皆で戦ったのは事実だし、ね?」


朝、往路でコボルト達を殲滅していたからであろう。

或いは、富田と佐藤が、僕等の所にやってくるまでに全て殲滅したのかもしれない。

出口へと向かう途中の通路で、モンスターと出会う事は無く、僕等はただ歩みを進めていく。

会話が途絶えたタイミングで、僕は再び目の前のポップアップウインドウに視線を向けた。



桧山ひやま雄介ゆうすけを倒しました。

スキルを奪いますか?

▷YES

 NO



僕は、▷YESを選択した。

アク・イールの時同様、ポップアップの内容が切り替わった。



奪いたいスキルを選択して下さい。

▷【加速】

 【暗殺術】

 【置換】



これもアク・イールの時同様、3個選択肢が示された。

元々、桧山が3個しかスキルを持っていなかったのか、それとも何らかの法則に従って、桧山の持っていたスキルの中からこの3個が選択肢として選ばれたのか……?

とにかく、今回も、この3個の中から選択したスキルを1個取得できそうだ。


【暗殺術】は、アク・イールも持っていた。

暗殺系のスキル全般の性能上昇と、相手からの暗殺系スキルに対する耐性上昇だったはず。

他の2個は、初見だ。


僕は、それぞれのスキルに指を触れてみた。



【加速】:発動中は、通常の倍の速度で動く事が可能になり、相手の動きが半分の速度に減速して見える。このスキルを使用中は、1秒ごとにMPを5消費する。



【置換】:100m以内にいて視認出来る人物やモンスターと自分との位置を、瞬間的に入れ替える事が出来る。発動には1回に付き、MPが50必要となる。



どうしよう?

どれも中々優秀だ。

だからこそ、あの桧山はあれほど強かったのだろう。

どうせなら、桧山に使用されて、一番厄介だったスキルにしよう。


という事で、僕は、【置換】を選択した。

そして、改めて、ステータスウインドウを呼び出して確認してみた。



―――ピロン♪



Lv.77

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+76、+15)

知恵 1 (+76、+15)

耐久 1 (+76、+15)

魔防 0 (+76、+15)

会心 0 (+76、+15)

回避 0 (+76、+15)

HP 10 (+760、+152)

MP 0 (+76、+15、+7)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ヴェノムの小剣 (攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   ステータス常に20%上昇 (エレンの加護)

   MP10%上昇 (月の指輪)



どうやら、問題なく【置換】スキルを取得できたようだ。


その後、僕等は2時間ほどで、N市田町第十ダンジョンから外に出る事が出来た。


ダンジョンの暗がりから出た僕の目には、5月の午後の穏やかな陽射しは、あまりにもまぶしかった。

少し熱さを感じた僕は、エレンの衣を脱ぎ、折り畳んでリュックの中に収納した。

茨木さんが均衡調整課に電話をしている間、僕と関谷さんは、駐車場の縁石に並んで腰かけた。

関谷さんが、囁くように問いかけて来た。


「黒田第八の時助けてくれたのも、中村君って事だよね?」


僕は、黒田第八の最奥部で、アンデッドセンチピードと戦った時の事を思い出した。

あの時も今日と同じエレンの衣を装備し、神樹の雫を使用した。


「まあ、ね」

「改めてありがとう」

「僕の方こそゴメン。なんだか言い出せなくてね」

「分かってる。悪意をもってステータス【隠蔽】してるって、誤解されたく無かったんでしょ?」


本当は、単に面倒な事に巻き込まれたくなかっただけなんだけど。


「安心して。中村君の秘密、あの飲み薬含めて誰にも話さないから」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ」


話していると、均衡調整課への電話が終わったらしい茨木さんが、近付いて来た。


「すぐに来てくれるそうだ。それまでは、あの入り口から佐藤が出て来ないか、見張っていよう」



40分後、僕等の座っている駐車場に、2台の車がつらなって入ってきた。

1台目は、黒塗りのセダンタイプ。

脇にN市均衡調整課の文字とロゴが入った公用車だ。

そして、2台目は巨大なリムジン。

装甲車のようなその車体は、ただ真っ黒に塗装されていた。

窓にはスモークが貼られ、中を窺う事は出来ない。

2台は、僕等の少し向こうで停車した。


1台目の扉を開けて出て来たのは、四方木さん、真田さん、更科さん、他総計5名の均衡調整課職員達。

彼等は、車から降りるとすぐに、後から入ってきた巨大なリムジンに駆け寄った。

そして、背筋を伸ばして整列すると、四方木さんが、うやうやしくリムジンのドアを開けた。

中からは、亜麻色の長髪をなびかせながら、一人の女性が姿を現した。

すらっとした手足、モデルのような均整の取れた体型の彼女は、明らかに異質なオーラを放っていた。

駐車場に降り立った彼女が、僕等の方に視線を向けてきた。


―――斎原さいばら涼子りょうこ


日本に3人しかいないS級の1人にして、日本最強と目されるクラン『蜃気楼ミラージュ』の総裁。

彼女は、日本最大の財閥、斎原グループの会長斎原さいばら辰雄たつおの孫娘としても知られている23歳の女性だ。


彼女に続いて、数人の男女が、リムジンから降りて来た。

いずれも、一目で強者と分かる者達。

A級のみで構成されているというクラン『蜃気楼ミラージュ』のメンバー達だろうか?


茨木さんが、驚いたようにつぶやいた。


「なんでS級が来るんだ?」


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