第99話 F級の僕は、久し振りに関谷さんの声を聞く


5月22日 金曜日7



あれからターリ・ナハを市場の入り口まで送った僕は、彼女と別れた後、路地裏の倉庫の影に移動した。

午後の早い時間帯、周囲には人影は見当たらなかった。


この辺でいいかな。


僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。



―――ピロン♪



いつもの効果音と共に、ポップアップが出現した。



地球に戻りますか?

▷YES

 NO



▷YESを選択した僕の視界は、一瞬にして切り替わった。


一日ぶりに戻って来た地球のボロアパートの部屋。

時刻は、午後1時を回ったところだった。

静寂の中、ややくすんだクリーム色の壁紙を見ていると、先程まで、ルーメルの喧騒の中にいた事が、嘘のように思えて来た。

僕は、シャワーを浴びて一息つくと、早速、スマホの電源を入れてみた。


ここ数日の間に、チャットアプリには32件未読のメッセージ、それに、留守電も10件入っていた。

その殆どが、今週、僕を荷物持ちとして呼び出せなかった連中からの怒りのメッセージ。

他に数件、週末、僕を荷物持ちとして呼び出すメッセージと……関谷さんからのメッセージも残されていた。

因みに、関谷さんからのメッセージは、『戻ったら、旅行の話、聞かせてね』 と言った、他愛も無い物だった。

僕が、既読にしたメッセージに、言い訳の返事を書いていると、スマホの画面に、お知らせが表示された。


『新着メッセージが届きました』


指でタップしてそのメッセージを開いてみると、関谷さんからだった。


『もう帰ってきた?』


どうやら、送信済みのメッセージが既読になったのに気が付いたらしい関谷さんが、改めてメッセージを送って来たらしい。


―――『ちょうど今帰って来たとこ』


『旅はどうだった?』


―――『俗世を離れてリフレッシュしてまいりました』


『今、電話しても大丈夫?』


―――『いいよ』


数秒後、僕のスマホの呼び出し音が鳴った。

関谷さんからだ。


「お久し振り」

『ふふふ、なにそれ? でも、ホントちょっと久し振りだね。中村君、どこ行ってたの?』


僕は、今週、電波の届かない某所に、1週間旅行に行ってた事になっている。


「N県の南の方の山の中だよ。民宿泊まって、温泉、のんびり楽しんできました」


まあ、アールヴの王宮に泊めてもらって、温泉にも入って来たから、当たらずとも遠からずって事で。


『あ~、大学生なのに、サボりだサボり』

「ほんの5日間だから勘弁して」


電話越しに聞こえる彼女の明るい声を聞いていると、なんだか急に、地球に帰ってきたという実感が湧いてきた。


「それで、どうしたの? わざわざ電話くれるなんて」

『そうそう、明日なんだけど、中村君、何か予定入れてる?』


何だろう?

まさか、デートのお誘い? な訳は無いか……


「今の所、特に何も無いけど」

『実は、佐藤君がまたダンジョン潜るらしくて。中村君を誘ってくれって』


佐藤が?

そういや、チャットアプリの方にも、明日、N市田町第十ダンジョンに潜るから来いって呼び出しメッセージが届いていたな……

どうしよう?

まあでも、地球で周りから怪しまれずに魔石提出のノルマ果たすには、やっぱり、こっちでダンジョンに潜らない訳にはいかないだろう。


「分かった。もしかして、田町第十の事かな?」

『そうなんだけど……もう佐藤君から連絡あった?』


佐藤からの、“ダンジョン潜るから荷物持ちしろ”メッセージは、さっき読んだばかり。

まだ返事のメッセージは送っていなかった。

佐藤とはこの前、アパートの前で少しやりあってしまった。

そのため、この1週間、僕がチャットアプリのメッセージを既読にしないのを、僕がへそを曲げたせいだと思っているのかもしれない。

それで、関谷さんに、僕を呼び出すように仕向けたのだろう。


「分かった、行くよ」

『良かった。私も、中村君がいてくれると安心するというか』

「安心って、僕F級だよ?」


そう、この地球では、誰も僕のステータスが、既にA級レベルに到達している事を知らない。


『等級関係無いわ。中村君は強運の持ち主でしょ? 私も助けてもらったし』


どうやら、N市笹山第五ダンジョンで、熱中症になった関谷さんを介抱した事を言ってるようだ。


「それで、何時に集合?」

『朝の9時現地集合で』

「了解。明日は、皆の足引っ張らないように、頑張って荷物運ぶよ」

『……ごめんね』


関谷さんが、急にしんみりした声になった。


「どうしたの? 急に」

『中村君、本当は、佐藤君達とダンジョン潜るの、嫌でしょ?』

「どうしてそう思うの?」

『だって、この前もそうだけど、佐藤君の中村君に対する態度、酷いもん』


まあ、それは、相手が佐藤に限った話では無いけれど。

ダンジョン攻略において、荷物持ち以外にまるで役に立たないF級は、おしなべて扱いが悪い。


「慣れてるから良いよ」

『でも安心して。私はどんな時でも、中村君の味方だから』


彼女は、この前のN市黒田第八ダンジョンの時も、僕を庇って、佐藤と口論してくれた。

まあ、それが遠因になって、あとで佐藤とやり合う事になったのだけど。


「ありがとう。まあ、明日は宜しく」

『うん。それじゃあね』



N市田町第十ダンジョンか。

そう言えば、一度も潜った事無かったな。

あれ?

佐藤は、週に1~2回しかダンジョンに潜らないけれど、その度に、必ず僕を荷物持ちとして呼び出してきた。

という事は、あいつにとっても、N市田町第十ダンジョンは、初めてなのでは?

どういう風の吹き回しで、初見のダンジョンに潜る気になったのだろうか?

僕は改めて、均衡調整課のHPにアクセスした。

そして、そこに掲載されているダンジョン情報をチェックしてみた。



■ N市田町第十ダンジョン

等級;C

大きさ;大

出現モンスター;コボルトファイター C級、コボルトアーチャー C級、コボルトシャーマン C級

入場者;無し

入場予定者;2020年05月23日 (土) 09:00~15:00;C級

更新時間;13:30



どうやら、コボルト系のモンスターのみが出現するダンジョンのようだ。

僕の脳裏に、黒の森で遭遇したリザードマン達の姿が蘇ってきた。


確か、ロイヤルリザードマンは、喋ってたっけ?

ま、地球のダンジョンで出現するモンスターが喋るって話は、聞いた事無いけれど。

それはさておき、明日の入場予定者は……


C級の欄をクリックすると、佐藤と関谷さん含めて、16名の名前が表示された。

しかし、半分くらいは、知らない名前、つまり僕とは初対面って事になりそうだ。

因みに、僕のような荷物持ちとして潜るF級は、余程の事が無い限り、事前申請のリストには掲載されていない。

そもそも、事前申請の際に、申請者が申請リストに載せない事が殆どだ。

なぜなら、F級、すなわち荷物持ちは、実際、ダンジョンでモンスターと戦う人々から見たら、単なる付録、或いは奴隷。

ダンジョン攻略の正式メンバーとはみなしてもらえないからだ。

ともあれ、明日のダンジョンは大きいし、潜る人数も多い。

リストには無いけれど、多分、僕のようなF級も2~3名は、荷物持ちとして動員されているはずだ。


その日の午後は、溜まっていた部屋の掃除や洗濯、日用品の買い出しをして過ごした。

そして夕方、近所のラーメン屋で食事を済ませた僕は、再び、アパートに戻って来た。


時刻は、午後07時53分。


そろそろ、異世界イスディフイあっちに転移して、アリアやエレン達と神樹のダンジョンに潜りに行こうかな。


僕は、部屋の戸締りを確認した後、【異世界転移】のスキルを発動した。


一瞬にして、僕の周囲の情景は、地球に戻って来る直前までいた、あの路地裏の倉庫の影に切り替わっていた。

幸いな事に、周囲に人影は見当たらない。

そのまま僕は、『暴れる巨人亭』へと足早に向かった。


『暴れる巨人亭』1階のロビーは、この時間、複数の冒険者達でやや賑わっていた。

宿泊の手続きをする者、宿泊者専用のスペースで食事をしながら談笑している者。

忙しく立ち働くマテオさんとターリ・ナハに挨拶した後、僕は、2階のアリアの部屋に向かった。


―――コンコン


「は~い」


僕が扉を叩くと、すぐに元気な声が部屋の中から帰ってきた。


「アリア、今大丈夫?」

「待ってたよ」


扉が開かれ、いつもの元気なアリアが、顔を覗かせた。


「神樹、行こうか?」

「うん」


既にミスリルの鎧を着こみ、エセリアルの短弓を背負った彼女は、準備万端に見えた。

アリアと一緒に彼女の部屋に入った僕は、装備を整えると、心の中でエレンに呼びかけた。


『エレン……』


僕の念話が終わるか終わらないかの内に、部屋の中に、エレンが唐突に出現した。


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