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第98話 F級の僕は、ターリ・ナハの夢を手伝いたいと願う
第98話 F級の僕は、ターリ・ナハの夢を手伝いたいと願う
5月22日 金曜日6
マテオさんの経営する『暴れる巨人亭』は、冒険者向けの宿泊施設だ。
冒険者達は、通常、朝早く出発し、夕方まで戻って来ない。
お昼のこの時間帯、宿の中にいるのは、僕等だけであった。
ガランとしたロビーを眺めながら、宿泊者向けの食事スペースで座って待っていると、ターリ・ナハが、料理を運んできてくれた。
「これは、私達獣人族の料理です。お口に合えば良いのですが……」
そう言って、ターリ・ナハが並べてくれたのは、何かの肉を焼いた料理であった。
僕等の世界の焼き鳥と、見た目と食感がそっくりのその料理は、少し辛めの香辛料で味付けされており、とても美味しかった。
皆と一緒に昼食を楽しんだ僕は、マテオさんとターリ・ナハに声を掛けた。
「マテオさん、僕の部屋は、引き続きターリ・ナハに使わせてあげて下さい。僕は、夜は、少し別の知り合いの所に泊めてもらう予定ですので」
僕の言葉を聞いたターリ・ナハが口を開いた。
「タカシさん、私の事でしたら、お気遣い無用です。こちらでしばらく働かせて頂く代わりに、お部屋も別にご用意して頂きましたので」
マテオさんもうんうん頷きながら、ターリ・ナハの言葉を肯定した。
「そういう訳だから、あの部屋、今夜から、タカシ一人で過ごせるぞ」
どうしよう?
ターリ・ナハに部屋を譲るという名目で、今夜は地球に帰って寝ようと思っていたのだが。
まあ、今までもそうだったし、ここに泊るフリして、適当に地球との間を行き来しよう。
事前にアリアに頼んでおけば、そんなに皆に不審がられる事も無いだろう。
食事を終えた僕は、2階への階段を一緒に上りながら、アリアに囁いた。
「今から地球に帰って、また夜こっちに戻って来るよ。その時、アリアが疲れてなかったら、エレンに頼んで、一緒に神樹に連れて行ってもらおう」
「分かった。じゃあ私、午後はウサギ狩りでもして、夕方には戻って来ておくね」
アリアと別れて一旦自分の部屋に戻った僕は、身支度を整えた後、再び部屋を出た。
階段を下りて行くと、丁度出掛けようとしているターリ・ナハに気が付いた。
僕は、手にバスケットを持つ彼女に話しかけた。
「どこ行くの?」
彼女は、振り向くと、笑顔で返事した。
「今のうちに買い出しに出掛けようかと」
「そうなんだ。良かったら、途中まで付き合うよ」
どのみち、今から僕は、適当な物陰で【異世界転移】して、地球に戻るだけ。
僕とターリ・ナハは、一緒に宿を出た。
彼女の目的地である市場への道すがら、彼女が話しかけてきた。
「私を地下牢から救い出して下さった事、改めてお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
地下牢……
彼女は、僕の推測では、アク・イールの忠誠の証として、地下牢に捕らえられていた。
僕の脳裏にアク・イールの最期が
自然に、自分の表情が
「……僕は、君からありがとうって言ってもらう資格は無いよ」
彼女は、少し探るような目で僕を見た後、クスリと笑った。
「まだ気にされてるのですね」
「まあ、そういう事になるのかな」
気にするなと言われても無理な相談だ。
理由はどうあれ、彼女の父親を殺したのは、僕だ。
「お話したはずです。戦いに敗れれば、戦士に死が訪れるのは当然の事」
そう話す彼女の琥珀色の瞳は、どこまでも澄み切っていた。
だから僕は、思わず聞いてしまった。
「君は、僕を恨んでいないの?」
「恨む?」
「だって、僕は……」
彼女は、僕の言葉をそっと
「私は、どなたも恨んでおりません。父は、アールヴの陰謀に巻き込まれ、ガラク閣下の命に従い、光の巫女を狙い、あなたがそれを阻止した。事実は、ただそれだけです」
僕は、思わず彼女の顔をまじまじと見てしまった。
どうやら、僕よりも年下に見える彼女の中には、僕なんかが足元にも及ばないような太くて強い芯が1本通っているようであった。
彼女が、そっと囁くように告げた。
「私には、夢があります」
「夢?」
「はい。いつか必ず【
そう口にした彼女の横顔は、誰よりも気高く、美しかった。
それを目にした僕の口から、自然に言葉が
「僕が……」
彼女が優しい笑顔を向けて来た。
「僕が、君の夢を手伝うよ。いや、手伝わせて欲しい」
彼女は、微笑んだまま言葉を返してきた。
「ありがとうございます」
彼女の笑顔は、僕の心の中に積もった
そんな僕の優しい気持ちを、突然投げかけられた下卑たセリフが、台無しにしてくれた。
「いいね~、昼間っから、いちゃついちゃって」
「おっ! このネーチャン、獣人じゃねえか?」
「お耳が可愛いね~。オレ達も仲間に入れてくれよ」
声の方に視線を向けると、いかにもといった風情の3人組が、僕等を見てニヤニヤ笑っていた。
やせぎすで黄色いぼさぼさ髪の男、筋肉質で上背のある茶色の短髪の男、そして背が低く目つきの鋭いアフロヘアの男。
ああいう手合いには、関わらないが吉。
僕は、ターリ・ナハの手を取ると、足早にその場を離れようと試みた。
しかし……
3人組の男達は、意外に素早い動きで僕等の前に立ち塞がった。
「待ちな」
「おいおい、無視すんなや」
「そんな貧相なガキ放っといて、オレ達と楽しい事しちゃおうぜ?」
筋肉質で上背のある男が、ターリ・ナハの腕を取ろうとした。
瞬間……
「えっ?」
ターリ・ナハの身体が一瞬沈みこんだと思うと、男の身体が、宙を舞っていた。
そのまま、数メートル先まで吹っ飛んでいった男は、受け身も取れないまま、背中から地面に叩きつけられ、そのまま伸びてしまった。
一瞬の間の後、残りの2人が懐からそれぞれナイフのようなものを取り出した。
「野郎! ふざけやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
激昂いているらしい男達が、僕等に襲い掛かってきた。
僕は、彼等の内の一人、背が低く目つきの鋭い男の突き出してきたナイフを軽く身を
そして、逆にその男の腕を取り、思いっきり、背中に
―――ゴキッ
変な音と共に、男の腕は、本来の関節の可動域から明らかに逸脱した範囲までねじ曲がった。
「
目つきの鋭い男が悲鳴を上げる中、ターリ・ナハの方に視線を向けた僕は、彼女に襲い掛かっていたやせぎすの男が、口から泡を吹きながら、膝から崩れ落ちるのを見た。
ターリ・ナハは、僕の方を見て微笑んだ。
「さあ、参りましょう」
いつの間にか集まってきていた野次馬達の好奇の目をかき分けるように、僕等は市場に向かった。
「さすがだね。君があんなに強いとはちょっと意外だったよ」
僕の言葉に、
「あの程度の
「そうなんだ」
獣人族の伝統を守り、放浪の生活を送っていたという【
伝統を、そして部族を守るため、その構成員は、男女の別なく、皆、戦士なのだという。
「ターリ・ナハは、冒険者になろうとかは思わないの?」
彼女位強ければ、報酬の良いクエストも引き受けられるだろうし、何より、彼女の望む【
「実は、それも考えている所です。そのためには、『暴れる巨人亭』で働いて貯めたお金で、武器防具を買い揃えないと」
「お金なら、魔石を売れば、すぐ手に入るんじゃないかな」
僕は、一昨日、彼女を『暴れる巨人亭』に匿う事にした時、Cランクの魔石100個を、当座の資金に充てて欲しいと渡していた。
あれを売れば、3,000,000ゴールド位になるはずで、それだけあれば、十二分に武器防具を揃えられるはず。
僕の言葉に、彼女は微笑んだ。
「あれは、あくまでもタカシさんからお預かりしただけです。私は、私自身の力で、夢に向かって進んで行きたいと考えています」
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