第97話 F級の僕は、アリアと共にルーメルに帰り着く


5月22日 金曜日5



ノエル様から貰ったペンダント、どうしよう?


少し考えた後、僕は、エレンに聞いてみた。


「インベントリに収納したらどうなるかな? それでも、僕の位置って、把握される?」

「インベントリに収納してしまえば、位置は分からなくなる」


後で何か言われたら、おそれ多くてインベントリに大切にしまっていましたって説明しよう。


僕は、インベントリを呼び出して、そのペンダントを収納した。

そして、改めてインベントリの一覧を確認した。

装飾品の欄に触れると、あのペンダントの名称が、【ノエルの想い】である事が判明した。

【ノエルの想い】で、GPS機能付き発信機って、なんだかストー〇―……

僕は、自分の連想に少し苦笑した。


と、偶然僕の指が、召喚具の欄に触れた。

【ガーゴイルの彫像】が2本収納されている事が表示された。

昨日、神樹第81層で、ガーゴイルがドロップしたアイテムだ。

召喚具の欄に収納されてるって事は、ガーゴイルが召喚出来たりして。


僕は、それを1個取り出すと、エレンに見せた。


「ついでに聞いてみたいんだけど、これってどういうアイテムか分かる?」


【ガーゴイルの彫像】を目にしたエレンが、少し驚いたような顔をした。


「これは、第81層の……?」

「実はね……」


僕は、昨晩、あの4人の冒険者達と神樹第81層でモンスターと戦った事を簡単に説明した。


「だから昨日見た時、レベルが75になってた?」

「うん」


エレンの顔がほころんだ。


「それで、話戻すけど、これって、もしかしてガーゴイル召喚出来たりする?」

「そう。1回だけ召喚出来る。使えば消滅する」

「時間制限とかある?」

「倒されるか、召喚して10分経ったら消滅する」


レベル81のモンスターであるガーゴイルを、10分間も味方として戦わせる事が出来るなら、これは頼もしい話だ。


僕は、【ガーゴイルの彫像】をインベントリに収納すると、改めてエレンに声を掛けた。


「これで問題は全て解決かな?」


エレンは頷くと、僕の手を取った。

アリアも、慌てて僕にしがみついて来た。

そのままエレンが何かを呟くと、僕の視界は一瞬にして切り替わった。


いつの間にか目をつぶっていたらしいアリアが、ゆっくり目を開けた。

彼女は、一瞬にして、『暴れる巨人亭』の僕の部屋に戻って来た事に、驚きを隠せない様子であった。


「凄い……」


僕は、アリアに声を掛けた。


「マテオさんに僕等が戻って来た事、知らせに行こう、それと、アリアに紹介したい人もいるし」


そして、エレンに向き直った。


「色々ありがとう。昼間はあっちに戻るけど、今夜またこっちに来るから、一緒に神樹に登ろうか?」

「分かった。じゃあまた後で」


エレンが転移して去って行ったのを確認した僕は、アリアに話しかけた。


「アリア、僕がこの世界の人間じゃないって話についてなんだけど」

「うん」

「しばらく、アリアの中だけでとどめて置いて貰っても良いかな?」

「どうして? そりゃ、言いふらしたりしないけど、マテオには説明しておいても良いんじゃない?」

「マテオさんは確かに信用できる人だって僕も思うけど、そもそも秘密って、知ってる人間が少ない程、漏れにくいでしょ?」

「それは、確かにそうだけど」


アリアは、明らかに不満そうな顔でそう答えた。


「僕がこの世界の人間じゃないって話は、きっと、僕が勇者かもしれないって話と密接に関わってると思うんだ」


ノエミちゃんは、創世神イシュタルから、『異世界から勇者が降臨した』という啓示を受け取った、と話していた。

そして、この世界には、500年前に、魔王エレシュキガルを封印したという異世界から来た勇者の伝説が残されている。


「まあ、そうだね。もしかして、タカシは、自分が勇者かもって思われるのが嫌とか?」

「確かにそれもあるけれど……」


以前の自分は、ただややこしい事に巻き込まれたく無い一心で、色々隠そうとしてきた。

しかし、その考えは、アールヴでの様々な体験を通して、少し変容してきていた。


「勇者って存在は、この世界では非常に重いと思うんだ」


それは、この世界を救う事を期待されるが故に。

勇者を手元に置いた者の権威を著しく高めてくれるが故に。

僕自身が望むと望まざるに関わらず……


「僕が、本当に勇者かどうかはともかく、勇者って存在が公になれば、それが元で無用の争いが起こるかもしれない。いや、実際、既に起こっているって言えるかも」


ノエミちゃんとノエル様の二人に、過去、何があったかは、正確には、分からない。

しかし、ノエミちゃんが王宮から拉致されたのは、魔王と勇者の啓示を受け取った後。

そして、実際、勇者と目された自分を、ノエル様は、歓待し、優遇した。

逆に、ノエミちゃんは、僕から遠ざけられるように、西の塔に幽閉された。

つまり、勇者と目された僕の存在こそが、アールヴでの今回の騒ぎの元凶になっている可能性がある。


さらに、この世界には、アールヴ神樹王国以外にも、複数の王国、共和国が存在するようだ。

500年前の魔王エレシュキガルは、全世界を紅蓮の炎で焼いた、と伝えられている。

それは、魔王の災厄を被ったのは、アールヴ神樹王国だけではなかったという事を意味するだろう。

アールヴ神樹王国以外の国々にとっても、勇者という存在は、等しく重大な意味を持つに違いない。


「……だから、この世界にこれ以上の混乱を生じさせないためにも、僕がこの世界の人間では無い、つまり、この世界にとって勇者かもって話は、出来るだけ内密にしておきたいんだ」


僕の言いたい事を、アリアは、ちゃんと理解してくれるだろうか?

しばらく難しい顔で考え込んでいたアリアが、ふっと肩の力を抜くのが感じられた。


「分かった。じゃあ、しばらくこの話は、私達の間だけって事で」

「ありがとう、アリア。マテオさん達には、時期が来たら、僕から話すから」



話が一段落した後、僕等は連れ立って部屋を出た。


時刻は既にお昼前。

階段を下りて行った僕等の目に、受付カウンター前を掃除する一人の少女の姿が目に飛び込んできた。

彼女の腰まで届きそうな茶色の髪の毛の間からは、狼のような耳が二つ、ぴょこんと飛び出していた。


「ターリ・ナハ!」


僕の声に気付いたらしい彼女が、手を休めてこちらに視線を向けた。

琥珀色の瞳に、笑顔が灯った。


「タカシさん、戻られたのですね?」


アリアが、僕に問いかけた。


「タカシ、この子が例の?」

「うん。彼女がターリ・ナハだ」


アリアが、ターリ・ナハの方に向き直った。


「初めまして。冒険者のアリアです」

「初めまして。私は、【黄金の牙アウルム・コルヌ】の族長アク・イールの娘、ターリ・ナハです」


ターリ・ナハの少し誇らしげな自己紹介は、僕の心を激しくざわつかせた。

黄金の牙アウルム・コルヌ】もアク・イールも、そしてターリ・ナハも、僕の推測が正しければ、“異世界の勇者降臨”の犠牲者かもしれないのだ。


僕等の会話が聞こえたのであろう、それまで奥に引っ込んでいたらしいマテオさんが、受付カウンターに顔を出した。


「二人とも戻って来たか! あっちじゃ、色々大変だったみたいだな」


マテオさんの勧めで、僕等は、宿泊者向けの食事スペースに移動して、椅子に腰かけた。

僕とアリアは、アールヴでの出来事を、マテオさんとターリ・ナハに語って聞かせた。


ノエミちゃんが、実は光の巫女と呼ばれる存在であった事。

ノエミちゃんと王女のノエル様との間には、何らかのわだかまりがあるかもしれない事。

“ノエル様に、なぜか気に入られた”僕は、今後、神樹内部のダンジョンに登る事になるかもしれない事……


僕等の話を聞き終えたマテオさんが、僕等にねぎらいの言葉を掛けてくれた。


「まあ、ともかく二人ともお帰り。タカシも、今の話だと、10日間位は、まだこっちでのんびりできるって事だろ?」

「はい」

「そろそろ昼時だ。飯にしよう」


そして、マテオさんは、ターリ・ナハの方を振り向いた。


「料理の準備、入ってくれ」

「はい」


元気な返事と共に、ターリ・ナハは、厨房に向かった。


もしかして?


僕の疑問に答えるように、マテオさんが、口を開いた。


「仕事手伝いたいって言ってくれてな。しばらくウチで働いてもらう事にしたのさ。光の巫女様に代わる、ウチの新しい看板娘ってわけだ」


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