第95話 F級の僕は、正体不明の何者かに矢を放つ


5月22日 金曜日3



道具屋は、これもドルムさんから紹介された、アールヴ一の品揃えだという『バリン一般雑貨店』。

店内は広く、ポーション類から文字通り一般雑貨まで、幅広く取り扱っているようであった。

僕の最大の目的は、MP全快ポーション。

手元にはまだ、7,000,000ゴールド残っている。

MP全快ポーションは、以前、エレンから聞いた話では、神樹第80層のモンスターがドロップする。

しかし、今日は、アリアをルーメルまで送ったら、一旦、地球に帰る予定だ。

危険を冒してまで第80層に挑んでいる時間も無いし、お金で解決するなら、そっちの方が楽だ。


そんな横着な事を考えながら、僕は、カウンターの向こう側で何かの作業をしている“本物の店員”と思われるエルフの女性に話しかけた。


「すみません、MPを全快させるポーションが欲しいのですが」


こちらを振り向いたエルフの女性は、思いっきり営業スマイルになった。


「MP全快、と言う事は、女神の雫ですね? 少々お待ち下さい」


一旦奥に下がったそのエルフの女性は、1~2分で戻って来た。

手には、水色の液体が入ったアンプルを1本持っていた。


「今、当店では、在庫が10本ございます。1本500,000ゴールドになりますが、何本ご用意しましょうか?」


10本で5,000,000ゴールドか……

まあ、残り2,000,000ゴールドあれば、アリアにも色々買ってあげられるかなって、待てよ?


「すみません。ついでにお聞きしたいのですが、MPの上限上げられるアイテムって何か置いて無いですか?」

「MPの上限ですか? 少々お待ち下さい」


再び奥に引っ込んだエルフの女性は、数分後、いくつかの品々を手にして戻って来た。


「当店の在庫の中で、一番MPの上限上昇効果が高いのは、こちらの品々になります」


彼女が見せてくれたのは、頭に装着するヘアバンドと指輪2点であった。


「こちらのヘアバンドは、兜類と同時には装備できませんが、MPを15%上昇させてくれます。こちらの指輪は、MPを10%、こちらの指輪は、MPを5上昇させてくれます」


う~ん、性能的には、今一つだ。

店売りの品物だから、こんなものなのかもしれないけれど。

頭部の装備は、今の所、光の武具シリーズ除けば、1秒ごとにMP1回復してくれるエレンのバンダナ一択。

指輪は……指輪は、インベントリの指輪と一緒に装着できるみたいだけど……


「こちらのMPを10%上昇させてくれる指輪は、おいくらですか?」

「月の指輪ですね? こちらですと、200,000ゴールドになります。手軽にMP上限上げてくれるので、高レベルの冒険者の方々に好評ですよ」


確かに、MP10%上昇させてくれるなら、レベル75の僕の場合、MPを7上昇させてくれる計算だ。

MPを一律5しか上昇させてくれないもう一つの指輪より上昇数値は大きい事になる。

値段も200,000ゴールドだし、買っておこうかな。


1時間後、アリアと相談しながらさらに色々買い揃えた僕等は、『バリン一般雑貨店』を後にした。


「よし、じゃあとりあえず、乗合馬車の乗り場に向かおうか」


万一、街中で王宮関係の人に見られた時の事を考えて、僕等はアールヴの街を出る時は、乗合馬車を使う事にしていた。

そして街を出た後、どこか適当な場所で馬車を降り、エレンの転移魔法でルーメルに向かう。


行き交う人々の間を縫うように進む事10分程で、乗合馬車の停留所に到着した。

停留所には、様々な方面に向かう馬車が、数台停車していた。

途中で降りる事にしてはいるものの、僕とアリアは、一応、ルーメル方面に向かう馬車を探す事にした。

アリアと一緒に、馬車の行き先を1台ずつ確認していた僕は、馬車を待つ人ごみの中に、見知った顔があるのに気が付いた。


椅子に腰かけている、灰色の帽子を目深に被り、茶色のポンチョを羽織った人物。


「クリスさん!」


僕は、思わず大きな声で呼びかけてしまった。

クリスさんは、僕の方を見ると、戸惑ったような顔になった。

そのまま僕とアリアが近付くと、クリスさんが声を掛けてきた。


「……よく、僕に気付いたね」

「その帽子とポンチョで気付きました」


僕が、同意を求めようとアリアの方を見ると、アリアは、やや怪訝そうな表情をしていた。


「……クリスさん……ですよね?」

「うん。確か、君はアリアさんだよね? 君達も馬車でどこか出かけるのかい?」

「ルーメルに向かおうかと」

「装備を整えてたから、神樹に昇るのかと勘違いしてたよ。それにしてもルーメルか。結構、長旅になるね」


クリスさんは、アリアと会話しながら立ち上がった。

そして、僕の耳元にそっと顔を近付け、囁いた。


「どうして、君は僕の事、覚えてるの?」

「えっ?」


どういう意味だろう?

クリスさんの言葉の意味が分からなかった僕は、一瞬絶句した。

しかし、クリスさんは、すぐに顔を離して微笑んだ。


「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」


手を振りながら手近の馬車に乗り込むクリスさんを見送る形になった僕等は、改めて、ルーメル方面行の馬車の方へ向かった。

目的の馬車に乗り込み、席に着くと、アリアが、僕に話しかけて来た。


「ねえ、クリスさんって、どんな格好してたっけ?」

「えっ?」


僕は、思わずアリアの顔をまじまじと見てしまった。

つい今しがた会ったばかりの人の服装を覚えていない?


「というより、あの人、男? 女?」


アリアの言葉を聞いて、僕はハッとした。

そう言えば、クリスさん、雰囲気が中性的だった。

一応、僕は~とか話していたので、男性なのでは? と思うけど……


ふいに、クリスさんの言葉を思い出した。


―――どうして、君は僕の事、覚えてるの?


あの物言い。

まるで、今のアリアの反応の方が当然だと言わんばかり……


そんな事を考えていると、馬車は、アールヴの街の城門を抜け、街の外へと走り出して行った。

既にエルフの入国規制とやらは解除されたのであろう。

来る時と異なり、アールヴを囲む城壁に設けられた何ヶ所かの出入り口に、長い行列は見られない。

やがて、馬車が森の中を抜ける街道に差し掛かったあたりで、僕等は馬車から降ろしてもらった。


走り去る馬車を見送りつつ、僕とアリアは、街道脇の茂みの中に分け入った。

周囲に人影やモンスターの気配が無い事を確認した僕は、アリアに囁いた。


「ちょっと待っててね。エレンを呼ぶから」


アリアが頷くのを確認した僕は、エレンに心の中で呼びかけた。


『エレン、今いいかな?』


ややあって、彼女から念話が返ってきた。


『どうしたの?』

『今、僕の所に転移してこれる?』


しばしの沈黙の後、エレンから意外な言葉が返ってきた。


『今は無理。あなたは見られている』

『見られている?』

『そう』


どういう事だろう?


『それは、目に見えない精霊が、僕を見張ってるって事? それとも、この前のアク・イールみたいな感じで、誰かがこっそり僕の事を見てるって事?』

『精霊じゃない。エルフ……? 魔族? 違う……正体不明の人物が、そこにいる』


僕は、心の中でスキルを発動した。


「【看破】……」


途端に、僕は、数m先の木陰に、何者かが【隠密】状態で隠れている事に気が付いた。

僕は、再びアリアに囁いた。


「正体不明の人物が、あそこから隠れて僕等を見てる」


僕がそっと指さす方向に視線を向けたアリアの顔色が変わった。


「えっ? それって、アールヴの密偵とか?」

「わからない。だけど、アリアも油断しないでね」


頷いたアリアは、腰に差していた剣を抜いて身構えた。

僕も、インベントリを呼び出し、装備を変更した。

その間も、【隠密】状態の何者かは、木陰から動こうとしなかった。


僕は、エレンに念話で呼びかけた。


『エレン、隠れている奴は、僕等に敵意はあるのかな?』

『敵意は感じられない。ただ見てるだけ』


どうしよう?

もしかして、アリアの予想通り、ノエル様か誰かの命令で、僕等を見張ってる何者かだろうか?

いずれにしても、ずっと付け回されるのは面倒だ。


僕は背中に背負っていた破魔の長弓を手に取り、見よう見まねで矢をつがえた。

破魔の長弓は、素人が使用しても、10m以内の距離なら矢を必中させてくれる。


【隠密】使える位だから、素人の放った矢が一本命中しても、死んだりはしないよね……


僕は、そのまま隠れている何者か目掛けて矢を放った。



―――ピロン♪



いきなりポップアップが立ち上がった。



スキル【弓術】を取得しました。

弓を取り扱う能力が向上します。



やはり、『人間』に対して新しい種類の武器を使用したからであろう。

予想通り、僕は使用した武器の種類に適したスキルを取得した。

矢は、そのまま隠れている何者かに向かって行き……


「えっ?」


突然、矢が爆散した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る