第94話 F級の僕は、武器と防具のお店で不思議な人物と出会う


5月22日 金曜日2



ドルム商会本部を出ると、アリアが、興奮したように話しかけて来た。


「凄いね。タカシ、いきなり大金持ちだよ?」

「アリアのお陰だよ」

「私、何もしてないよ?」

「そんな事は無いよ。前にも話したけど、この世界で右も左も分からない僕を、アリアは一生懸命、助けてくれたじゃないか」


それは、僕の素直な気持ちだった。

いきなり放り込まれたこの世界で、僕がここまで来れたのは、一番最初に会ったのが、アリアだったからこそだ。


「それで、提案なんだけどさ」

「何?」

「僕は、これからもアリアと一緒に冒険したい。神樹も、アリアと登りたい」


アリアが、少し頬を染めてうつむいた。


「……でも、私、レベルも低いし、特殊なスキルも持ってないし……」

「大丈夫、僕がサポートするよ。だから、これからも一緒に付いてきてくれないかな?」

「う、うん。これからも宜しくね」


僕は、嬉しそうに頷くアリアの手を取った。


「じゃあ、早速、買い物に行こう!」

「えっ?」


僕は、少しあたふたした様子のアリアの手を引いて、事前にドルムさんから場所を聞いておいた武器と防具の店に向かった。


数分後、僕とアリアは、鍛冶屋『鋼鉄の乙女』に来ていた。

この店は、ドルムさんによれば、ここアールヴでも一番の品揃えを誇る武器と防具のお店。

僕は、店の外に設置された鍛冶場で武器を鍛造していた強面のドワーフの男性に声を掛けてみた。


「すみません。武器と防具、見せて貰いたいんですが」


ドワーフの男性は、手を止める事無く、無愛想に返事した。


「中に入って見て行きな」


店の中は、意外と広かった。

所狭しと武器や防具が並べられ、数人の冒険者と思われる人々が、熱心に品々を手に取って確認していた。

僕は、アリアに話しかけた。


「アリア、良さそうなのある?」

「タカシは、小剣とか好きなんだよね」

「違う違う。今日は、アリアのを買いに来たんだ」

「私の?」

「そう。神樹に一緒に登るでしょ? だから、アリアが使えそうな短弓とか、鎧とか、好きなの選んで良いよ」

「ホントに? ありがとう」


アリアは、ニコニコしながら、店内の武器や防具を物色し始めた。

その様子を見ていた僕は、ふと、店内を、手持無沙汰な感じでうろついている一人の小柄な人物に気が付いた。

普段着のような地味な色合いの服の上から、茶色のポンチョを羽織っている人物。

かぶっている灰色の帽子の隙間から、短く切り揃えられた白っぽい髪が覗いていた。


冒険者っぽくないし、店員さんかな?


僕は、その人物に声を掛けた。


「すみません。僕等、武器と防具、探してるんですが……」


その人物は、一瞬驚いたような顔をした後、言葉を返してきた。


「へ~。何探してるんだい?」

「短弓と、あと……」


僕は、少し向こうで、陳列してあった短弓を手に取って引き絞っているアリアを指差した。


「彼女が装備できそうな防具を」

「予算は?」

「20,000,000ゴールド以内に収められれば」

「ふむ……」


“店員さん”の薄紫色の目が少し細くなった。


「もしかして、君達、貴族のお嬢様とその護衛?」

「えっ?」


どうして、そんな発想になるんだろう?


店員さんは、僕の疑問を解消するかのように答えてくれた。


「君、そこそこレベル高いよね? だけど、あのは、そうでもない。で、潤沢な資金で武器防具を揃えようとしている」


店員さんが、悪戯っぽい目をした。


「まあ、神樹登りに来たんだろうけど、あんまり無理しないようにな」


店員さんに、肩をポンポン叩かれてしまった。


「はぁ……」


なんだか、調子が狂うな……


僕が戸惑っていると、店員さんは、すたすた、向こうの方に歩き去ろうとした。

僕は、慌てて呼び止めた。


「あ、ちょっと! それで、武器と防具の相談に……」


店員さんは、こちらを振り向いた。


「多分、勘違いしてると思うけど……」


“店員さん”の顔には、苦笑いが浮かんでいた。


「僕は、店員じゃ無いんだ」

「えっ!?」



数秒後、僕は、その人物に頭を下げていた。


「す、すみません! 冒険者っぽく無かったんで、勘違いしてました!」

「気にしなくていいよ」


その人物は、改めて僕をまじまじと眺めてから言葉を続けた。


「僕は、クリス。君は?」

「僕は、タカシと言います。で、あっちにいるのが……」


僕がアリアを紹介しようとした矢先、当のアリアがこちらにやってきた。


「タカシ、どうしたの?」

「アリア、こちらクリスさんって言って……」


あれ?

店員さんじゃないなら、なんて紹介すれば良いんだろ?


クリスさんが、アリアに話しかけた。


「アリアさん、初めまして。クリスです。さっき、そこのお兄さんに店員さんに間違われて、君に合う武器と防具の目利きをお願いされてたところなんだ」

「あ、どうも、アリアです」


アリアは、クリスさんにペコリと頭を下げた後、僕に囁きかけて来た。


「タカシ、どういう事?」

「え~とね……」


僕から、事の経緯いきさつを聞いたアリアが、若干あきれ顔になった。


「そそっかしいんだから~」

「ごめんごめん」


でも、何をするでもなく、普通の格好して店内うろうろしてたら、店員かなって思うよね?


僕等の様子を見ていたクリスさんが、クスリと笑った。


「いいね、君達。気に入ったよ。武器と防具、一緒に探してあげるよ」

「いいんですか?」

「ま、ここに来たのも暇つぶしだったし。別に構わないさ」


見た目僕と同じくらいの年代のクリスさんは、武器や防具に関して、見た目以上に博識であった。

クリスさんの見立てで、僕は、アリアには、エセリアルの短弓とミスリルの防具類を、それと、自分用に破魔の長弓を購入した。

エセリアルの短弓は、確率で相手の防御力無視、ミスリルの防具類は、軽くて丈夫、しかも、魔法攻撃を大幅に軽減出来る優れものだ。

破魔の長弓は、今後、アリアから弓を教えて貰って、攻撃の幅を広げるための物だ。

10m以内の敵には、例え【弓術】スキルを持っていない者でも、必中させる事が出来るという、この店でもトップクラスの性能の弓だ。

全部で15,000,000ゴールド。

とりあえず、このお店で普通に買える武器防具の中では、最高ランクの品々だ。

買い物を済ませ、一緒にお店を出た所で、僕は、改めてクリスさんに頭を下げた。


「ありがとうございました。おかげさまで、良い買い物出来ました」

「気にしなくて良いよ。僕も暇を潰せたし」


僕は、少し気になっていた事を聞いてみた。


「クリスさんって、冒険者なんですか?」

「違うよ。ただの暇人さ」


クリスさんの返事に、僕は、軽い違和感を抱いた。


クリスさんって、武器や防具にやたら詳しかったし、そもそも冒険者でも無い人が、気軽に武器や防具を売ってるお店に来るものだろうか?


そんな事を考えていると、クリスさんが少し真顔になった。


「そうそう、君達、装備の性能を過信して、無理しちゃダメだよ?」

「それはもちろんですよ」


僕はともかく、アリアは、まだレベル26。

最初は、例の場所で、僕が弱らせたドラゴンパピーに、エセリアルの弓で矢を打ち込むお仕事から始めてもらう予定だ。


クリスさんは、僕等をじっと見つめた後、少し微笑んだ。


「じゃ、僕はこの辺で」

「クリスさんもお元気で」



クリスさんと別れた僕達は、今度は、道具屋に向かった。

道々、僕は、アリアとの会話の中で、先程のクリスさんの話題を持ち出した。


「クリスさんって、やっぱり、エルフだったのかな?」

「クリスさん?  ああ、さっきの人? どうだろう?」

「帽子で隠れて耳見えなかったけど、ここって、エルフの王国だし。若そうな感じだけど、凄く物知りだったし」


僕が自分の推論を述べると、なぜかアリアが怪訝そうな顔になった。


「帽子……かぶってたっけ?」

「被ってたじゃない。ほら、灰色の」


アリアが、難しい顔をして黙り込んでしまった。


「アリア?」


アリアは、ハッとしたように顔を上げた。


「あ、ごめんね。何だか、さっきの人って、改めて思い出そうとすると、なぜか印象が薄いというか……そもそも、どんな格好してたっけ?」


あれ?

クリスさんって、そんなに印象薄かったっけ?


僕がアリアの言葉に首を傾げている内に、僕等は、目当ての道具屋に到着していた。


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