第93話 F級の僕は、王宮を出立する


5月21日 木曜日15



ノエミちゃんを西の塔に無事送り届けた僕は、ようやく自分の部屋に戻って来ていた。

時刻は、日付の変わる頃合い。

手早く寝巻きに着替えた僕は、ベッドの上に寝転がった。


昨日、今日と色々あり過ぎた。

ノエミちゃん絡みの陰謀?も、結局、謎が深まったまま。

ただ、事実上幽閉されているとはいえ、イシリオンとエルザさんが護っているなら、ノエミちゃんに今すぐ大きな危険が及ぶ可能性も低いだろう。

僕は、明日の朝には、アリアと一緒に一旦、この王宮を去る事になっている。

アリアをルーメルに送ったら、地球に戻って......ちょくちょくこの世界にも……顔を出して……

…………

……



5月22日 金曜日1



―――コンコン



「失礼します」


誰かが、部屋に入って来る音で、僕は目を覚ました。

窓から、明るい日差しが差し込んできている。

どうやら、僕は、いつの間にか眠っていたようだ。

声の方に顔を向けると、メイド姿の女官、ゾーイさんが、ベッドの傍らに立っているのに気が付いた。

彼女は、僕と目が合うと、一礼した。


「おはようございます。お食事をお持ちしました」

「あ、おはようございます」


まだ眠気が完全に抜け切れていない僕は、少しふらつきながら、ベッドから起き上がった。

ゾーイさんは、そんな僕に手を貸しながらたずねてきた。


「先にお召し物を着替えられますか?」

「そうですね。ちょっと顔洗ったりもしたいんで、外で待っていて貰えるとありがたいです」

「かしこまりました。それでは、廊下でお待ちしていますね」


ゾーイさんは、一礼して、部屋から出て行った。

僕は、顔を洗い、この世界の普段着に着替えると、部屋の外で待ってくれていたゾーイさんに改めて声を掛けた。

再び部屋に入って来た彼女は、慣れた手つきで、テーブルの上に、料理を並べ始めた。

僕は、それを眺めながら、ふと思いついた事を聞いてみた。


「そう言えば、ゾーイさんは、この王宮に勤めて長いんですか?」

「今年で15年目になります」

「その間、ずっとノエル様にお仕えしてるんですか?」

「はい、さようでございます」

「じゃあ、妹にあたるノエミ様にもお会いした事、ありますか?」


ゾーイさんの手が止まった。


「なぜそのような事をお聞きになられますか?」

「いえ、単に好奇心です。御承知の通り、僕とアリアは、ノエミ様と一緒にここまで来ました。もし、ノエミ様ともお会いした事あるなら、小さい頃のノエミ様とノエル様のお話でも聞かせて貰おうかと思いまして……」


話しながら、僕はそっとゾーイさんの表情を観察してみた。

気のせいか、彼女の表情が僅かに強張っているように感じられた。

僕は、何気ない素振りで、言葉を続けた。


「すみません。光の巫女は、秘匿されるべき存在、でしたよね? 今の質問は忘れて下さい」


ゾーイさんの反応をそのまま受け止めるなら、彼女は、ノエミちゃんについて、語るべきエピソードを持っていない?

それは、ノエミちゃんが光の巫女として、周りから隔離され、秘匿されてきたからか、或いは、ノエミちゃんとノエル様との間にはやはり何かがあって、ノエル様に仕える彼女としては、易々とノエミちゃんに関する事項を話せないのか……



少し微妙な空気の中で朝食を終えた僕に、ゾーイさんが話しかけて来た。


「勇者様、ご出発前に、殿下がお会いしたいと申されています」

「分かりました」


僕は、部屋の中の私物をまとめると、ゾーイさんと共に部屋を出た。

そして、彼女の案内でノエル様の部屋に向かった。

部屋に入ると、ノエル様が笑顔で出迎えてくれた。


「勇者様、おはようございます。昨夜は、ゆっくりお休みになられましたか?」

「はい。おかげさまで」

「勇者様が、しばらくこの地を離れられるのは、私としましては、寂しくございます。出来るだけ早くまたお戻り下さいますよう」

「勝手を申しまして、申し訳ございません」


僕は、頭を下げた。


「そうそう、勇者様にこれを」


ノエル様が、懐からペンダントのような物を取り出した。


「これは?」

「お守りにございます」


ノエル様は、少し頬を染めながら、そのペンダントを僕の首に掛けてくれた。


「そのペンダントを私と思い、大事にして頂ければ幸いです」

「ありがとうございます」



ノエル様と女官達の案内で王宮を出ると、そこには瀟洒しょうしゃな馬車が僕を待っていた。


「タカシ!」


馬車の中に既に乗り込んでいたらしいアリアが、小窓から僕に手を振ってきた。

僕は、アリアに手を振り返した後、見送ってくれたノエル様達に一礼した。


「色々お世話になりました」

「勇者様の旅の御無事、お祈りしております」

「ありがとうございます」


僕が乗り込むと、馬車は、静かに走り出した。

そして王宮の大門を抜け、街の広場に差し掛かった所で停車した。


「お送り頂きましてありがとうございます。皆様にも宜しくお伝え下さい」


僕とアリアは、馬車を降りると、ここまで送ってくれた御者と女官に頭を下げた。


王宮の方に戻っていく馬車を見送りながら、アリアが大きく伸びをした。


「う~~ん。ようやく自由になれたって感じだね」


僕は、少し苦笑した。


「まあちょっと気疲れはしたよね」

「でしょ? それに、ノエミを閉じ込めちゃうような人達だよ? 顔は笑顔でも、心の中は真っ黒かもって思ったら、王宮に滞在している間中、全然心も休まらなかったし」


僕等は話しながら、まず、ドルムさんのお店、ドルム商会本部へと向かった。

ドルム商会本部は、街の広場からすぐの場所にあった。

3階建ての白く輝く立派な建物に、大きく、『ドルム商会』の看板が掲げられていた。

建物の前には、数台の荷馬車が止められており、大勢の人々が、荷物の仕分けを行っていた。

僕は、その中の一人、中年の筋肉質の男性に声を掛けた。


「こんにちは。僕はタカシと申します。ドルムさんに会いたいのですが……」

「面会の予約はしてあるのかい? 会長は、一見いちげんさんには会わないよ」

「一昨日に、ここまでドルムさんを護衛してきた者です。報酬を受け取りに来たので、取り次いで頂けないですか?」


その男性は、仕事の手を休めて僕等の顔をじろっと見た。


「一昨日の?」

「はい」

「そこで待ってな」


その男性は、そう話すと、建物の中に入って行った。

待つ事10分程で、その男性と一緒に、ドルムさんが姿を現した。


「タカシさんに、アリアさん!」


ドルムさんは、僕等を見ると、人懐っこい笑顔を見せた。


「お待ちしておりましたよ」


早速建物の中に案内された僕等は、そのまま応接室のような場所に通された。

ドルムさんに勧められるまま、ソファに腰を下ろした僕等に、ドルムさんが話しかけて来た。


「あれからどうされてました?」


僕等は、ドルムさん達と別れた後、王宮に案内された事を説明した。

ただし、ノエミちゃんの身分については、光の巫女のこの世界における特殊性を考慮して、わざと詳細はぼかして話をした。

ドルムさんも、ノエミちゃんについては、なぜか深く追及してこなかった。


僕等の話を聞き終えたドルムさんが、口を開いた。


「そうそう、アク・イールの件ですが……」


僕の全身に緊張が走った。


「あれから、衛兵に全て引き渡しました。私の方も、色々事情を聞かれて大変でしたよ」


ドルムさんは、ハハハと笑って、その話を締めくくった。


「結局、アク・イールについては、何も分からず仕舞いって感じですか?」


僕は、ドルムさんの反応をうかがいながら、問いかけてみた。


「もし何か分かったとしても、我々下々の者には、教えてくれないでしょうね」


ドルムさんの話しぶりからは、少なくとも僕の感覚では、アク・イールとの関係性を疑わせる何かを感じ取る事は出来なかった。


話が終わると、ドルムさんが、大きな袋を机の上に置いた。


「これ、約束の2,000,000ゴールドです」


僕とアリアは、手分けして袋の中の金貨を確認した。


「ありがとうございます。確かに2,000,000ゴールド受け取りました」


金貨の袋を僕がインベントリに収納するのを待って、ドルムさんが口を開いた。


「あと、いくつかお売りになりたい魔石とアイテム、お持ちでしたよね?」

「はい」


僕は、インベントリから、収納していたCランクの魔石417個とBランクの魔石11個、それに入手していたモンスター達のドロップアイテムを取り出した。


「それでは、Cランクの魔石は、1個30,000ゴールドで、Bランクの魔石は、1個500,000ゴールドで買い取らせて頂きましょう。あと、ミノタウロスの斧に、リザードマンの剣に……」


ドルムさんが、商会の部下達と一緒に、次々と査定していくのを、僕とアリアは、じっと見守った。


20分後、僕等は、22,000,000ゴールドを手に、ドルム商会を後にしていた。


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