第92話 F級の僕は、儀式の中で視えたモノについて色々考察する


5月21日 木曜日14



「タカシ様、大丈夫ですか?」


目を開けると、すぐ傍に、心配そうに僕を覗き込むノエミちゃんの顔があった。

どうやら僕は、いつの間にか、床に倒れていたらしい。

ノエミちゃんに手伝って貰いながら立ち上がった僕は、自分がまだ神樹の間の魔法陣の上にいる事に気が付いた。


あの空中庭園のような場所と謎の幻影はなんだったのだろう?


「ノエミちゃん、僕はどうなってた?」

「儀式の途中で、突然倒れてしまいました」


ノエミちゃんが、僕の様子を確認するように言葉を繋いだ。


「創世神様からお言葉は賜りませんでしたか?」


お言葉?

僕は、謎の幻影の中で聞いた、あの声の事を思い出した。

あの声。

僕の心の一番弱い所をえぐるような言霊ことだま

あれが、ノエミちゃんのいうところの創世神イシュタルのお言葉なるものとは思えないのだが……


「実はさっき、妙な事が起こってね……」


僕は、ノエミちゃんに、あの空中庭園と謎の幻影について話をした。

僕の話を聞き終えたノエミちゃんの表情が、見る見るうちに、険しくなっていった。


「空中庭園……翼を持つ彫像……紅蓮の炎に焼き尽くされる世界……悪しき言霊ことだま……」

「ノエミちゃん?」


僕の声にノエミちゃんが、ハッとしたように顔を上げた。


「結局、僕は、神様の言葉は聞けなかったって事かな?」


ノエミちゃんは、少し逡巡した後、口を開いた。


「タカシ様が赴かれた空中庭園、もしかすると、創世神イシュタル様の御座所ござしょかもしれません」

「御座所? でも、確か創世神様って、神樹最上層、第110層に住んでるんじゃ……」

「その通りです。そして伝承では、御座所は、美しい花々に彩られた空中庭園になっている、と」


では、僕は、一足先に、神樹第110層を訪れてしまった、とでも言うのだろうか?

しかし、あそこには、神様らしき存在の姿は無かった。

代わりに、妙にリアルな彫像が据えられていた。

彫像?

もしかして、あの彫像……


僕の疑念を肯定するように、ノエミちゃんが、言葉を続けた。


「タカシ様が目にされたのは、ただの彫像では無く、創世神イシュタル様その方であった可能性がございます」

「創世神イシュタル様って、彫像の形でこの世界に存在するって事?」


地球でも、神像に神が宿るって考え方はあるわけで。

ところが、ノエミちゃんは、首を振った。


「違います。創世神様は、私達と直接お言葉を交わせる状態で、この世界に留まってらっしゃいます。ですが、彫像のようなお姿になってらっしゃったとすれば……」


ノエミちゃんは、そこで少し口ごもった。


「創世神様に、何か不測の事態が生じているのかもしれません」

「不測の事態? 例えば?」

「何者かにお力を封じられてらっしゃる可能性があるかと」

「!」


驚く僕に構わず、ノエミちゃんが、話を続けた。


「実は最後に啓示を受け取ってから、なぜか創世神イシュタル様のお声が、私に届かなくなってしまっていたのです。もし、創世神様に不測の事態が生じていたとすれば、納得がいきます。恐らく、創世神様は、勇者たるタカシ様を御座所にお招きになり、彫像と化したご自身のお姿をお見せになる事で、お言葉の代わりとされたのでしょう」

「……だとしたら、彫像に触れた瞬間、見えたあの幻影は……?」


ノエミちゃんが、僕の瞳をまっすぐ見つめて来た。


「タカシ様、500年前、この世界は、闇を統べる者、魔王エレシュキガルにより、紅蓮の炎に焼かれました」


魔王エレシュキガル。

この世界を闇に閉ざそうとして、創世神イシュタルにより召喚された異世界の勇者に封印された存在。


「タカシ様が彫像に触れた瞬間、現れた幻影の主は、魔王エレシュキガルだった可能性があります」


僕は、紅蓮の炎をバックに浮かび上がる人型の黒いシルエットを思い出した。


「魔王エレシュキガルが、何らかの手段を用いて、創世神様の力を封じようとしている。タカシ様の前に現れた幻影は、こう考える事が出来るのではないでしょうか?」


あれが魔王エレシュキガルだったとしたら、僕の心の弱い部分をえぐり、揺さぶる言霊を発していたのも納得がいく。

って、あれ?


「ノエミちゃん、その魔王エレシュキガルらしき存在から投げかけられた言霊から僕を救ってくれたのは、エレンだったよ? エレンが、魔王エレシュキガルだとしたら、おかしくないかな?」


ノエミちゃんのエメラルドグリーンの双眸に、僅かに困惑の色が浮かんで見えた。


「確かにおかしいです」

「でしょ? やっぱり、エレンは、魔王エレシュキガルとは関係無いんじゃないかな?」

「残念ながら、それはあり得ません」


ノエミちゃんは、僕の推測を明確に否定した。


「有り得ない?」

「はい。あのエレンなる魔族は、間違いなく闇を統べる者、魔王エレシュキガルです。これは、光の巫女としての私の力がそう告げているとしか申し上げられません」


でも、それなら。

それなら、なぜ、エレンは、悪しき言霊に耳を傾けるな、と言ったのだろう?

ノエミちゃんの声に耳を傾けるように、仕向けてくれたのだろう?

そもそも、エレンとあの謎の声は、対立していなかったか?


「魔王エレシュキガルの封印は、いまだ完全には解けていないはず。その状態で、創世神様の力を封じようとして、何か歪みを生じているのかもしれません。例えば、自分が魔王である事を、一時的に忘れている可能性も考えられます。いずれにせよ、あのエレンなる者に、心をお許しになるのは危険です」


ノエミちゃんが、話題を変えて来た。


「タカシ様、一応、ステータスを確認させて頂けないでしょうか?」

「ステータスを? でも、レベル上がったりとかしてないよ?」

「タカシ様が、勇者としての称号を獲得してらっしゃるかどうか、確認したいのです」


称号。

そう言えば、神樹の間に来る直前、そんな話をしていた。



―――ピロン♪



ノエミちゃんは、僕がポップアップさせたステータスウインドウを覗き込んだ。

そしてすぐに、少し残念そうな顔になった。


「称号……やはり獲得なさってはいないですね……」

「もしかして、創世神様のお言葉を聞く事で、勇者の称号を授かる?」

「そうです」

「勇者の称号が無いと、第110層へのゲートが開かない?」

「その通りです」


しかし現状、ノエミちゃんの推測が正しければ、創世神イシュタルのお言葉は、聞けそうにないのでは?


「仕方ないからさ。とりあえず、第109層目指して神樹を登って、第110層への道は、後から考えれば良いんじゃないかな? もしかしたら、それまでに、何か状況変わってるかもしれないし」



少し肩を落としたノエミちゃんと共に、僕は神樹の間から外に出た。

そして、ノエミちゃんを再び袋でくるむと、彼女を袋ごと抱きかかえ、【隠密】のスキルを発動した。

そのまま吹き抜けになった中庭を抜けた僕は、王宮の回廊で、エレンと再び落ち合うことが出来た。

僕は、エレンに話しかけた。


「さっきはありがとう」

「気にしないで」


エレンはそっけなくそう言うと、僕の服の裾を掴んだ。

そして、僕の顔を見た。


「戻る?」

「うん」


次の瞬間、僕等は、ここへ来る直前までいた、あの建物の影に転移していた。


「じゃあね」


エレンが、自分の役割は終わったとばかりに、どこかへ転移する素振りを見せた。

僕は、彼女を慌てて引き留めた。


「エレン、ちょっと聞いてみたいんだけど」

「何?」

「さっき僕が見た幻影の中で語り掛けてきていた存在、あれは、魔王エレシュキガルだったのかな?」


僕の言葉を聞いたエレンの雰囲気が一瞬変わった。


「……どうしてそう思うの?」

「なんとなく」

「そう」


そして、エレンは、僕の問いに答える事無く、今度こそいずこかへ転移して去って行った。

ノエミちゃんが、袋からそっと顔を出した。


「タカシ様……」

「どうしたの?」

「あの者の前で、魔王エレシュキガルの名前、今後は、余り出さない方が良いかもしれません」

「どうして?」

「理由は不明ですが、あの者は、タカシ様からの問い掛けに、今までに無い位、動揺しておりました」


動揺?

あのエレンが?


「今までもノエミちゃんは、エレンに向かって、闇を統べる者とか、魔王エレシュキガルって呼びかけてたけど、その時は、動揺してなかったの?」

「はい。小憎らしい程に平然としておりました。ですが、先程のあの者の反応は異常でした。あれでは、まるで……」

「まるで?」

「すみません。気にしないで下さい。とにかく、私も今後はあの者の前で、魔王の名は出さないように致します」


ノエミちゃんの言葉に引っ掛かるモノを感じたが、僕は、それ以上問いかけそびれてしまった。

僕は、ノエミちゃんを袋ごと抱き上げると、西の塔に向かって歩み出した。


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