第91話 F級の僕は、神樹の間で儀式に臨み、エレンの声に救われる



5月21日 木曜日13



―――ピロン♪


僕が呼び出したステータスウインドウが、ポップアップした。



Lv.75

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+74、+15)

知恵 1 (+74、+15)

耐久 1 (+74、+15)

魔防 0 (+74、+15)

会心 0 (+74、+15)

回避 0 (+74、+15)

HP 10 (+740、+150)

MP 0 (+74、+15)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】

装備 ヴェノムの小剣 (攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   エレンの衣 (防御+500)

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)

   ステータス常に20%上昇 (エレンの加護)



僕のステータスの項目を上から順番に確認しているらしいノエミちゃんが、少しホッとしたように呟いた。


「称号は……良かった、まだ無い……」


しかし、ノエミちゃんは、視線を最下段まで動かした後、固まってしまった。

少し不安になった僕は、ノエミちゃんに声を掛けた。


「どうしたの?」


ノエミちゃんが、ハッとしたように顔を上げた。

そして、彼女は、隣で並んで僕のステータスを覗き込んでいるエレンに厳しい表情を向けた。


「エレンの加護とは、どういう事ですか?」


ノエミちゃんの言葉に、しかし、当のエレンが小首を傾げて固まった。


「エレンの……加護……?」

「何をとぼけているのですか? あなたが与えた加護でしょう?」

「……加護なんて与えてない。そもそも、そんな事は出来ない。口移しでパスを繋いだだけ」

「加護なんて与えてない……待って下さい! 最後、なんと?」


二人の会話が、ややこしい方向に脱線する気配を見せ出した事に気付いた僕は、口を挟んだ。


「今はまず、神樹の間に行くのを優先しようよ」


ノエミちゃんが、冷ややかな目で僕の方を見た。


「……この者と口付けを交わされたのですね?」

「えっ? いや、それは、だから……」


完全にしどろもどろになった僕を見ながら、ノエミちゃんが、溜息をついた。


「過ぎた事は仕方ありませんね。タカシ様が闇を統べる者に取り込まれていなかった事が確認出来ただけでも、幸いだったとしましょう」


僕は、おずおずと聞いてみた。


「え~と、さっきから取り込まれるどうこうって、何の話?」

「称号です」

「称号って?」

「称号とは、特定の条件を満たすと与えられる呼び名です。闇を統べる者に取り込まれてしまうと、それに見合った称号を与えられてしまいます」

「……そうなんだ」

「てっきり、闇を統べる者は、あなたにパスを繋ぐ時に、称号を与えて、取り込んだと思ったのですが、どうも違ったようです」


エレンが口を開いた。


「私は、タカシを取り込んだりしないし、称号や加護を与える力も持っていない」


ノエミちゃんは、チラッとエレンに視線を向けた。


「奇妙な話ですが、どうやらこの者は、嘘は言ってないようです。やはり、完全復活出来ていない事と関係あるのかもしれませんが……」


ノエミちゃんは、エレンを、完全復活画策中の魔王エレシュキガルだと思っている。

だからこその一連の発言だろう。

しかし、それにしても不思議だ。

称号云々はともかく、それでは、【エレンの加護】とは何だろう?

効果としては、ステータスの常時20%上昇。

なかなか強力だが、当のエレンには、与えた覚えの無い加護……

まあ、今の所、デメリット無さそうだし。

気にしても仕方ないかな。


僕は、改めて二人に話しかけた。


「話を戻すけど、そろそろ神樹の間に向かおう」

「そうですね。この話はまたいずれ」


ノエミちゃんは、再び袋を頭から被った。

僕は、【隠密】状態になると、ノエミちゃんを袋ごと抱きかかえた。

その僕の服の裾を、エレンが掴んだ。

次の瞬間、僕の視界は切り替わった。

見覚えのある白く清廉な回廊。

確か、ここをまっすぐ進むと、神樹の間のある吹き抜けになった中庭に出るはず。

僕は、エレンに囁いた。


「エレンはどうする?」

「私は神樹の間には入れない。ここで待ってる」

「分かった。気を付けて」

「大丈夫」


エレンが大丈夫と言うからには、大丈夫なのだろう。

僕は、そのまま回廊を、今朝訪れた神樹の間のある方向へと進んで行った。

吹き抜けになった中庭まで来ると、ノエミちゃんが袋の中から声を掛けてきた。


「タカシ様、もう大丈夫です。ここから先は、光の巫女の領域。もう誰にも感知される可能性はございません」


僕は、抱えていた袋をそっと地面に下ろした。

袋から出て来たノエミちゃんが、にっこり微笑んだ。


「さあ、参りましょう」


神樹の間は、今朝、ノエル様と来た時と変わらないたたずまいであった。

色とりどりに咲き乱れる花々に囲まれた、白銀色に輝く丸いドーム状の建物。

ノエミちゃんは、僕を先導するように、神樹の間の扉を開いた。

内部に敷き詰められた芝生を踏みしめながら、僕等は、中央の魔法陣へと向かった。


今度こそ、創世神イシュタルの声は聞こえるのだろうか?


僕が、魔法陣の中心に立つと、ノエミちゃんが、傍で身をかがめ、片膝をついた。

そして、両手を胸の前で組み、何かを歌うように詠唱し始めた。

途端に、魔法陣全体が淡く発光し始めた。

まるで、今朝の焼き直しのような状況の中、僕は目をつぶり、じっと耳を澄ませた。

…………

……


唐突に、僕は、軽い眩暈めまいに襲われた。

違和感を抱いた僕は、そっと目を開けた。

いつの間にか、周囲の情景は、一変していた。


夜だったはずなのに、天空からは強い日差しが降り注いでいた。

あたり一面、色とりどりの花々が咲き乱れている。

その光景は、神樹の間の周りに広がる吹き抜けの中庭とそっくりであった。

しかし、この場所の周囲には、吹き抜けの中庭を取り巻くように存在した王宮の建物の姿は無かった。

代わりに、青空が広がっていた。


どうやら僕は、半径50m程の丸く縁取られた空中庭園のような場所にいるようであった。

庭園の中心には、僕より小柄な等身大の女性をかたどった彫像が立っていた。

その白く輝く材質不明な彫像に近付いた僕は、息を飲んだ。

その彫像は、細部に至るまで余りにリアルであった。

憂いを帯びたような美しく整った顔、ゆったりとした衣装から覗くすらりとした手足。

背中には、天使を思わせる美しい一対の翼が生えていた。

今にも動き出しそうなその彫像に、僕は思わず手を触れた。

と、触れた部分から、同心円状に黒い何かが、にじみ出て来た。

それは、あまりに禍々しく感じられて……


慌てて手を離そうとした僕の脳裏に、見覚えのある情景が広がった。


紅蓮の炎に包まれる世界。

悲鳴、叫喚、憎悪、絶望……

一人のうずくまる少女。


「私を殺して……」


紅蓮の炎を背景にして、黒い人型のシルエットが浮かび上がってくる……



これは、エレンとパスを繋いだ時に視えた幻影!?



ふいに声が聞こえて来た。


「せっかくチャンスを与えたのに……」


どうやら、黒い人型のシルエットが、語り掛けてきているようであった。


「F級と分かった瞬間、手の平を返してきた友達が憎くないの?」


!?

こいつは、僕の地球での境遇を知っている?


「F級だからという理由で、いいようにこき使われて悔しくないの?」


この声……聞き覚えがあるような、聞いた事が無いような、不思議な……


「あなたは、選ばれた存在。その他有象無象うぞうむぞうの虫けら達が、あなたをしいたげているなんて、おかしいわ……」


その囁き声は、どこまでも甘く、僕の心を溶かしていく……


突如、僕の心の中で、黒い感情が沸き起こってきた。


僕の等級とステータスがおおやけになったあの日……

理不尽な法律と風潮によって、僕の社会的地位は、最底辺に堕とされた。

来る日も来る日も、殴られようが罵詈雑言浴びせられようが、へらへら愛想笑いを浮かべながら、荷物持ちとしてダンジョンに潜り続けてきた……


「可哀そうに……そんな日々を終わらせるにはどうすればいいか? あなたにはもう分かっているはず」


そうだ……あいつら、散々馬鹿にしやがって。

今の僕なら、もう少しこの異世界でレベルを上げれば、直にS級以上の力が手に入る。

そうすれば、もう誰にも僕を止める事は出来ない。

僕を馬鹿にしてきた連中をなぶり殺しにして、スキルを奪って、さらに殺して……


『タカシ、呑まれてはダメ』


まるで頭をハンマーで叩かれたような衝撃が走った。


「エレン……?」

『鬲皮視繧ィ繝ャ繧キ繝・繧ュ繧ャ繝ォの言霊ことだまに耳を傾けてはダメ』


突如襲ってきた激しい頭痛のせいだろうか?

一部、聞き取れなかった部分もあったが、この声は、確かにエレンのものだ。

そう分かった途端、心の中に、何か暖かいものが広がってきた。

同時に、先程まで心の中で吹き荒れていた黒い感情が、急速に勢いを失っていった。

黒い人型のシルエットが、忌々いまいまし気な声を上げた。


「谿九j繧ォ繧ケの分際ぶんざいで、邪魔をするか?」


エレンの声が再び届いた。


『光の巫女があなたを呼んでいる……』


僕は、再び目をつぶった。

いつの間にか、あの謎の声は消え去っていた。

代わりに、遠くから誰かの歌声が聞こえて来た。

それは、次第にはっきりとしてきて……


「タカシ様!」


目を開けた僕は、心配そうに僕の顔を覗き込むノエミちゃんに気が付いた


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