第87話 F級の僕は、正規の方法で神樹に入る


5月21日 木曜日9



部屋で光の武具を装備した僕は、ノエル様と女官達に、王宮の中庭へと案内された。

そこには、一台の瀟洒しょうしゃな馬車が僕を待っていた。


「タカシ様、それでは、神樹へとお送りしますね。御武運を」


ノエル様に見送られた僕は、案内の女官とともに、その馬車に乗り込んだ。

馬車には小窓が設けられていた。

ここへ来た時と異なり、今回は、小窓から外の景色を眺める事が可能であった。

馬車は、白く輝く王宮の大門を抜け、5分程走ると停車した。

扉が外から開かれた。

僕が降り立ったその目の前に……


神樹がそびえ立っていた。


圧倒的な存在感。


しばし、その威容に見とれていると、ふいに声を掛けられた。


「勇者様、お待ちしておりました」


声の方を振り返ると、マイヤさんとあの4人の冒険者達が立っていた。


「どうした? ほうけたようなつらになってるぜ?」


にやにやしながらそう話しかけてきたのは、確か、ガルベルと名乗っていたドワーフの戦士。

僕は、4人に軽く頭を下げた。


「すみません。こんなに傍で見るのは初めてなんで、ちょっと圧倒されてました」

「初見は誰でもそうなる。ま、今日は宜しくな」

「こちらこそ、宜しくお願いします」

「まずは、中に入ろうか」


ガルベルさんが、指し示した方向を見た僕は、少し驚いた。

そこには、高さ10mはあろうかという、陽炎のように揺らめく半円形の“出入口”が存在していた。


まるで、地球のダンジョンの出入り口と同じその様子に、僕は少し懐かしさを覚えた。


「あそこから、神樹内部へ入れるんでしょうか?」

「そうさ。もしかして、驚いたかい?」

「はい。内部への出入り口って、もっと普通に洞窟みたいにぽっかり穴が開いてるものだとばかり思ってました」

「普通のダンジョンはそうなってるさ。あんな妙な出入り口は、この世界広しと言えど、ここだけだ」

「そうなんですね」

「中に入ったら、もっと驚くぜ?」


マイヤさんが、皆に声を掛けた。


「では参りましょう」


4人の冒険者達は、次々と中に足を踏み入れて行った。

僕も彼等に続いた。

入ってすぐの場所は、床や壁、天井がむき出しになった、洞窟のような造りの広い空間になっていた。

比較的明るいその空間には、他に十数名の冒険者達の姿もあった。


「今日は、第何層に行こうか?」

「そうですね。今日は勇者様が一緒ですから……」


行き先を相談していたらしい4人の内の1人、マイヤさんが、僕にたずねてきた。


「勇者様。確か、昼食の席で、ご自身のレベルを63とおっしゃっていましたよね?」

「はい、その通りです」

「それでは、第63層あたりに行ってみましょうか?」


僕は少し考えた。


この4人は、ノエル様の話によれば、第80層のゲートキーパーを倒し、第81層を探索中であるという。

今の僕は、確かにレベル63だけど、【エレンの加護】や光の武具の効果で、相当程度強化されている。

ステータス的には、レベル75程度、地球で言えば、A級に手が届くところまできている。

この機会に、第81層での彼等の戦いぶりを見せて貰うのも、今後にとって、良い経験になるのではないだろうか?


僕は、マイヤさんに提案してみた。


「マイヤさん達は、普段は第81層を探索なさってるんですよね?」

「その通りです」

「でしたら、第81層に連れて行って頂けないでしょうか?」


マイヤさんが少し困ったような顔になった。


「……第81層は、ドラゴン種を含めて、それなりに強力なモンスターが出現します。勇者様のレベルでは、少し厳しいかと……」

「自分の身は自分で守ります。御迷惑にならないように、皆さんの戦いぶりを見学させて貰えないでしょうか?」


僕の言葉に、ネイ・カーンと名乗っていた獣人の男性が反応した。


「ヒャッヒャッヒャ、面白い事を言うのう。いいんじゃないか? 勇者殿もこうおっしゃっておるし」

「ですが……」


マイヤさんは、なおも心配そうに何かを口にしようとしていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「……分かりました。ですが、勇者様に少しでも危険が及ぶ事がありましたら、探索は切り上げさせて貰いますね」

「はい。ありがとうございます」


僕は、マイヤさん達に頭を下げた。


「じゃあ行こうか」


ガルベルさんの言葉で、皆が移動を始めた。


あれ?

ここは第1層のはず。

まさか、今から第81層まで自分の足で登る??


しかし、歩き始めて20m程で、再び皆の足が止まった。

見ると、地面に半径5m位の巨大な魔法陣が描かれていた。


「これは……?」


思わず漏れた僕の言葉に、ガルベルさんがニヤリと笑いながら答えてくれた。


「転移ゲートだよ」

「転移ゲート?」

「ここから、解放されている階層にある別の転移ゲートに転移出来る」


解放……エレンもその言葉を使ってたっけ?

確か、ゲートキーパーが倒されている階層の事をそう表現していた。

つまり、この転移ゲートなるものを使えば、一瞬で、第80層に行けるって事なのかな?


「さ、とにかく乗った乗った」


僕等5人がその魔法陣に乗るのを確認した後、メティスと名乗っていたエルフの女性がしゃがみ込み、魔法陣に手を触れながら、何かを詠唱し始めた。

魔法陣が淡く発光し始めた。

そして、次の瞬間……

足元の魔法陣はそのままに、周囲の風景だけがいきなり切り替わっていた。

先程までと異なる、磨きあがられた黒い御影石のような素材で構成された空間。


「ここが第80層です。第81層へは、この階層の奥にあるゲートを通らないと到達できません」


戸惑う僕に、マイヤさんがそう教えてくれた。


「勇者様、くれぐれもご油断されませんように」


僕は頷いて、右手で腰の剣を抜き、左手の盾を構え直した。

他の4人のメンバーも臨戦態勢を取った。

そのまま、燐光に照らし出される回廊を進む事5分程で、最初のモンスターに遭遇した。


―――シャアアアア!


現れたのは、角の生えたコブラのような頭を七つ持つ巨大なモンスター、ナーガであった。

4人の冒険者は、直ちにそのモンスターと交戦を開始した。


メティスさんが、強力な魔法でナーガの動きを止め、ガルベルさんが、雄叫びを上げながらナーガに突撃し、ネイ・カーンさんの放った魔力を帯びた矢がナーガを貫き、ナーガのブレスと魔法で傷付いた仲間達を、マイヤさんが、次々と癒していく……


10分後、ナーガは、光の粒子となって消滅していった。

その後も、4人の冒険者達は、危なげなく次々とモンスター達をほふっていった。


どうやら、この階層のゲートキーパーを倒したというその実力は、本物のようだ。


1時間後、僕等は、大広間のような場所に到達していた。

マイヤさんが話しかけて来た。


「1週間前、私達は、この場所で、この階層のゲートキーパー、バアルを倒しました」


という事は、この広間が、第80層のボス部屋だったって事か……


僕が、辺りを見回していると、大広間の端、少し高くなった壇上に、陽炎のように揺らめく何かがある事に気が付いた。


「もしかして、あれが第81層に続くゲートですか?」

「そうです。ですが、第81層は、私達もまだ探索を始めて1週間です。出現するモンスター全てに上手く対処できるとは限りません。もし危険が迫りましたら、私達に構わず、直ちに逃げて下さい」


そう話すと、マイヤさんは、懐から何かを取り出し、僕の方に差し出してきた。

それは、薄紫色に輝く宝石のような半透明の石であった。


「これは?」

「転移石です。先程の転移ゲートの上で使用すれば、魔法陣の操作に習熟していなくても、第1層の転移ゲートへと転移する事が可能になります」

「ありがとうございます」


僕は、受け取った転移石を懐にしまった。

これを僕に渡すって事は、あのゲートの向こう側、第81層は、マイヤさん達にとっても、それなりに危険な場所、という事なのだろう。


僕の心も今まで以上に緊張してきた。

ガルベルさんが、豪快に笑いながら、そんな僕の肩をバンバン叩いてきた。


「今日は時間も無いし、一戦して帰る事になると思うから、そう心配するな」


僕等は連れ立ってゲートを潜り、第81層へと向かった。


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