第86話 F級の僕は、今後について、皆と相談する


5月21日 木曜日8



エルザさんとイシリオンは、ノエミちゃんが置かれている状況について、改めて詳しく説明してくれた。


ノエミちゃんは、ガラクさんに命じられた衛兵によって、この西の塔に“幽閉”された事。

この塔内では、ノエミちゃんの精霊術は、制限を受けている事。

イシリオンは、騎士団団長である自らの権限を使って、ノエミちゃんの護衛見張りを衛兵達と交代した事。


僕の方も、今朝、神樹の間で神様の声を聞く事が出来なかった事、午後からノエル様に紹介された冒険者達と神樹に登る予定である事等を伝えた。


僕の話を聞いたノエミちゃんの顔が曇った。


「やはり、私で無ければ、創世神様のお言葉をタカシ様にお伝えする事は不可能です。今すぐにでも、神樹の間におもむきたい所なのですが……」


僕は、ノエミちゃんに話しかけた。


「でも、神樹の間での“儀式”って、神樹登って神様に会いに行くのに、必要不可欠ってわけじゃ無いんだよね?」


ノエミちゃんが、驚いたような顔になった。


「誰がそのような事を?」

「今朝、ノエル様が、結局、“儀式”が上手くいかなかった後、そう話してたよ」


彼女は、その“儀式”の意味合いについて、ただ、『先例にならう』としか話していなかった。


ところが、僕の言葉を聞いたノエミちゃんの表情が一気に険しくなった。


「神樹の間で創世神様のお言葉を聞く事は、単なる儀礼上の問題ではございません」

「えっ?」

「創世神様のお言葉を頂かなければ、決して、第110層への扉は開かれないのです」


ノエミちゃんの言葉に、今度は僕が驚いた。

ノエミちゃんが、話を続けた。


「恐らく、姉は光の巫女では無いため、創世神様のお言葉に関して、そのような理解なのだと思います」


なるほど……

神樹や創世神にまつわる事象について、真に理解している、或いは理解出来るのは、光の巫女だけ、という事なのだろう。

だから、光の巫女では無いノエル様が“儀式”を行っても、創世神イシュタルの声は聞こえなかったのかもしれない。


「じゃあ、今夜にでも一緒に神樹の間に行ってみない?」


僕の言葉に、イシリオンが少し呆れたような顔になった。


「お前、私の話を聞いてなかったのか? 聖下様は、この塔を出てはいけない、と命じられていらっしゃるのだ」

「なら、こっそり抜け出せば良いんじゃないかな?」


アリアとここに来た時と同じく、ノエミちゃんを袋にくるんで、【隠密】状態の僕がかかえれば……


僕の考えを否定するように、イシリオンが言葉を返してきた。


「お前は知らないのだろうが、王宮内は、精霊が巡回している。例え【隠密】状態で移動しても、すぐに発見される。恐らく、お前がここに来ている事も、既に殿下の知る所となっているはずだ」

「それは大丈夫だと思います。巡回していた精霊は、全て避けてここまで来たので」


イシリオンが驚いたような顔をした。


「精霊を? 避けた? お前は精霊を認識できると言うのか?」

「認識できるとういうか……。まあ、避ける手段を持ってる、ってとこです」


実際は、念話によるエレンの支援のお陰だけど。


ノエミちゃんが、口を開いた。


「イシリオン、エルザ、私はやはりタカシ様と一緒に神樹の間に参りたいと思います」


ノエミちゃんの言葉を聞いたイシリオンが慌てたような声になった。


「聖下様! それは危険です。途中で発見されれば、今度は幽閉で済まないかもしれません」


ノエミちゃんが、にっこり微笑んだ。


「タカシ様は、精霊を避けて移動される術を心得てらっしゃいます。それに、私も塔の外なら、精霊術の制限も解除されます。夜、人目に付かない頃合いを見計らって、タカシ様と二人、こっそりここを抜け出し、短時間で戻って来れば、感知される可能性はほぼゼロになるはずです」

「しかし……」

「宜しいのではないでしょうか?」


エルザさんが、口を挟んだ。


「勇者様が降臨された以上、そのお方を助け、導かれる事は、光の巫女たる聖下様の使命。それに、勇者様は、その名に恥じないお力をお持ちのようです。我が国最強の騎士団長、レベル90を超えるあなた様を圧倒なさったでは無いですか? 勇者様がお守り下さるなら、聖下様に何の危険もありますまい」


イシリオンが、少し嫌そうな顔になった。


「あれは……。いや、エルザの言う通りだな」


元々、“騎士道精神”あふれる人物なのだろう。

イシリオンは、あっさりエルザさんの言葉を認めた形になった。


もっとも、先程、彼は、僕を生かしたまま捕らえようとしていた。

だからこそ、僕の方にも打つ手が有ったと言える。

もしイシリオンが、本気で僕を殺しにかかっていたら、勝負は、一瞬でついていただろう。


話が一段落ついた所で、僕は、アリアに話しかけた。


「アリア、ちょっと提案があるんだけど」

「何?」

「僕は明朝、一度アリアをルーメルの街まで送り届けたいって、ノエル様に頼んでみようと思うんだ」

「え? タカシも一緒に帰るの?」

「形式上、そうしようと思う」

「形式上?」

「うん。ここからだと、黒の森通らなかったら、馬車で片道10日かかるでしょ? ルーメルまでの往復20日間は、僕がアールヴ留守にしても怪しまれない事になる」

「その言い方だと、実際は、馬車で戻るわけじゃ無いように聞こえるけど?」

「うん。明日の朝、馬車に乗るフリして、こっそり転移して戻ろうかと……」

「待て! 今、何と?」


横から僕とアリアの話を聞いていたイシリオンさんが、口を挟んだ。


「だから、明朝、いったん、この地を離れようかと……」

「違う! 今、転移がどうこうとか言わなかったか?」


そうか、この世界、転移魔法使えるのは、極めて限られた人々だけ、と聞いている。

イシリオンが驚くのも無理はない。


「ちょっと詳細は明かせないんですが、転移魔法使える知り合いがいるんです。怪しい人物では無いですよ? ノエミちゃんもよく知ってる人物で、僕等の仲間の一人です」


僕の言葉に、ノエミちゃんが黙ってうなずいてくれた。


「そうか……もしや、先程話していたターリ・ナハも、その者の協力で、遥か遠隔の地にかくまっている、という所か?」

「すみません。その件に関しては、今は詳細、伏せさせて下さい」


一応、ターリ・ナハは“脱獄者”という扱いになるはず。

今後、アールヴ側が探しにかからないとも限らない。

居場所については、出来るだけ秘密にしておいた方が良いだろう。

まあ、教えなかったら、イシリオンの機嫌は悪くなるかもしれないけれど。


しかし、イシリオンは、僕の予想とは逆に、満足そうな顔になった。


「良い答えだ。真に守るべき存在について、多くを語らないのは、英雄たる条件の一つだ」


物言いは大袈裟だけど、どうやら納得してくれたらしい。


僕は、改めて話を続けた。


「で、明日アリアをルーメルに送った後、時間があれば、時々、ノエミちゃんの様子も見に来るよ。もし、可能だったら……」


僕は、一旦そこで言葉を区切ってノエミちゃんとアリアの顔を見た。


「アリアも一緒に、僕等で神樹を登りたい」



ノエミちゃん、イシリオン、エルザさんに見送られ、僕とアリアは、ノエミちゃんの部屋を出た。

直ちに【隠密】のスキルを発動し、アリアをくるんだ袋を抱え上げた。


「それじゃ、また今夜」


僕は、そのまま西の塔を抜け出し、再びエレンの念話による助言を受けながら、王宮の建物の影まで移動した。

そして、周囲に人影も巡回する精霊もいない事を確認してから、【隠密】のスキルを解除した。


「アリア、もう大丈夫だよ」


僕とアリアは、その場から、散策する風を装って、王宮の建物の中へと入って行った。


アリアを部屋まで送り、自分の部屋の前まで戻って来ると、そこには、ノエル様と付き従う女官達の姿があった。

女官達は、光の武具が収められていると思われる大きな箱を四つ運んできていた。

ノエル様は、僕の姿に気付くと、にっこり微笑んだ。


「勇者様、どこかにお出かけでしたか?」

「すみません。ちょっと気晴らしに、アリアと散歩に出てました」


話しながら、僕はそっと、ノエル様の表情をうかがってみた。

しかし、彼女の表情からは、僕に何か疑いの念を向けている感じは読み取れなかった。


「そろそろ、神樹に昇られるお時間です。武具もお持ちしました」

「分かりました」


僕は、部屋の扉を開けて、ノエル様と女官達を招き入れた。


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