第74話 F級の僕は、エルフのメイドさんをストーキングしてみる


5月20日 水曜日10



アリアと二人、廊下に出ると、そこには、メイド姿の女官が一人立っていた。

確か、彼女は、アリアを僕の部屋まで案内してくれたエルフの女性だ。

彼女は、僕等の姿を目にすると一礼した。


「アリア様、お戻りになられますか?」

「ううん。ちょっと聞きたいんだけど、ノエミ様の所、連れてってもらえない?」

「聖下様……ですか?」


彼女は、アリアの言葉に、困惑したような表情を浮かべた。


「聖下様は、もうお休みになられています。どなたもお通しするな、と」

「それって、王女様がそう言ったんでしょ?」

「ア、アリア!」


アリアの余りに直截的な言い方に、僕は慌てて声を上げた。

そして、アリアをなだめつつ、その女官に話しかけた。


「すみません、僕達、ノエミ様に頼まれていた事があって、今夜中にお伝えしておかないといけないのですが……」


僕の言葉を聞いた彼女は、益々困った顔になった。


「ですが……どなたもお通しするな、と」

「分かりました。では、ノエミ様に伝言だけでもお願いできないでしょうか?」

「伝言、ですか?」

「はい。あれは、黒の森の野営地に置いてきた、と」

「……かしこまりました」

「急いでお伝え下さい。僕等は、部屋で待ってますので」

「ちょ、ちょっと、タカシ!?」


上ずった声を上げるアリアの背中を押しながら、僕は、部屋の中へと戻った。

僕が、扉を閉めるとすぐに、アリアが問いただしてきた。


「タカシ、さっきのは何?」

「アリア、声が大きいよ」


僕は、口に人差し指を当てながら囁いた。


「ノエミちゃんがどこにいるのか、現状、分からないでしょ? だから、さっきの人に教えて貰おうと思ってね」

「でも、案内出来ないって……」

「だから、勝手について行っちゃおうかな、と」


話しながら、僕はそっと扉を開けて外の様子を伺った。

ちょうど、僕の部屋から見て左方向の通路の突き当りを、先程の女官が、右に曲がるのが見えた。


「アリアは、ここで待ってて。彼女の後をつければ、何か分かるはず」


僕は、他に人影が無いのを確認してから、そっと廊下に出た。

そして、女官が曲がった通路の角に素早く移動した。

角からゆっくりその先に視線を向けると、女官がさらに廊下を先に歩いて行くのが目に入った。

僕は、インベントリを呼び出し、月の雫を取り出した。


月の雫は、残り2本……


僕は、月の雫を腰のベルトに差すと、スキルを発動した。


「【隠密】……」


僕は、自身の姿と気配が周囲に溶け込むように消えて行くのを感じ取れた。

そのまま、滑るように前方を歩く女官に忍び寄った。

彼女は、僕に気付くこと無く、長い廊下をまっすぐ歩いていく。

そして、突き当たりの、一際立派な扉の前で立ち止まった。

その扉の両脇には、銀色の甲冑を身に纏った衛兵が、二名、直立不動で立っていた

彼女は、衛兵達に一礼すると、扉をノックした。


―――コンコン


「殿下、お伝えしたい事がございます」


そろそろMPの残りが少なくなってきた……


僕は、月の雫を1本飲み干して、成り行きを見守った。


―――カチャ


扉が開かれ、女官は、中に入って行った。


彼女は、“殿下”と呼びかけていた。

ノエミちゃんは、“聖下”と呼ばれていたはず。

僕の知る限り、“殿下”は、ノエル様だけ。

とすると、この扉の向こうには、ノエル様がいるのだろうか?


中の様子が気になるが、【隠密】中とは言え、さすがに、扉を開ければ気付かれるだろう。

いや、幽霊みたいに勝手に扉が開いたって解釈になるのかな?

とにかく、月の雫は、残り1本。

これ以上【隠密】を発動しながら女官の後をつけて、ノエミちゃんの居場所を突き止めるのは、難しそうだ。


僕は、MPが尽きる前に、素早く元来た廊下を引き返した。

そして、僕の部屋に通ずる廊下の角を左に曲がったところで、【隠密】のスキルを解除した。


ふぅ……

とりあえず、一旦、部屋に戻ろう。

アリアも待ってるし。


改めて部屋に向かおうとした僕は、顔を上げて……

本当に心臓が、口から飛び出しそうになった。


「エ、エレン!?」

「こんばんは」

「こんばんは……って、いつからここにいたの?」

「たった今」


僕の目の前には、頭からすっぽり、黒いローブを被ったエレンが立っていた。

彼女の口振りからすると、ちょうど今、ここへ転移してきた、という事だろうか?

僕は、周囲の様子を伺いながら、彼女に問いかけた。


「もしかして、レベル上げに行こうと思ったとか?」

「そう」


レベル上げ……

丁度良かった。

ドラゴンパピーを倒して、月の雫を補充出来る。


「それじゃあさ、とりあえず一回僕の部屋に行こう。ここだと誰かに見られるかも」


僕は、そのまま部屋に向かおうとした。

しかし、そんな僕の右手をエレンが掴んできた。


「待って」

「どうしたの?」

「あなたの部屋は見張られてる」

「見張られてる?」

「そう」


見張られてる?

僕を“見守ってる”ノエミちゃんの精霊の事かな?

でも、エレンは、ノエミちゃんの精霊なんかを気にする事無く、僕の前に何度も転移してきてたけど……?


「それって、ノエミちゃんの精霊じゃなくて?」

「光の巫女の精霊は、今はいない」

「じゃあ、誰が見張ってるの?」

「この王宮」

「王宮?」

「そう」


王宮が見張ってるってどういう事だろう?


話しながら、僕の心の中で急速に不安感が膨れ上がってきた。

今、部屋では、アリアがたった一人で僕を待っている。


「今、僕の部屋にアリアが一人残ってるんだけどさ。彼女に危険は無いかな? あと、部屋の中の会話も聞かれちゃったりしてないかな?」


すると、フードの隙間から見えるエレンの目が、細くなった。

数秒後、彼女が口を開いた。


「今は危険は無いはず。見張ってるだけだから。部屋の中の会話も……聞かれてないはず」

「見張られてるのは、僕の部屋? 僕自身じゃなくて?」

「そう。あくまでも、あなたの部屋に出入りする人を見張ってる」

「その見張りって、アク・イールの時みたいに、誰って特定できない?」


再びエレンの目が細くなった。


「分からない……王宮自体に特殊な結界が施されている」


ここは、光の巫女を擁するアールヴ神樹王国の中枢だ。

そういう防御機構で護られていてしかるべき場所なのだろう。

あれ?

そうすると、ここへ転移出来てしまうエレンって、一体……?


それはともかく、ここで立ち話を続けるのは危険だ。


「レベル上げ行くなら、僕は、一旦部屋に戻って、アリアに説明してくるけど。エレンは、どうする?」

「じゃあ、ここで待ってる」

「誰か来るかもよ?」

「大丈夫」


彼女が大丈夫と言うなら、大丈夫なのだろう。

僕は、一人で部屋に戻った。


「タカシ!」


ベッドの縁に腰かけて僕の帰りを待っていたらしいアリアが、立ち上がって僕の元に駆け寄ってきた。


「ノエミに会えたの?」

「ううん。あの女官の後をつけたんだけどね……」


僕は、結局、あの女官が、“殿下”と呼ぶ人物の部屋に入る所までしか追跡出来なかった事を説明した。

僕の話を聞いたアリアの顔が険しくなった。


「……やっぱり、ノエミ、監禁されてるんじゃない? あの王女様に」


どうだろう?

しかし、答えを出すには、材料が少なすぎる。


「アリア、ちょっとここで2時間位、待っててくれないかな?」

「どうするの?」

「ちょっと、補充してきたいアイテムがあってね」

「何の話?」


僕の話題転換についてこれてない感じのアリアが、怪訝そうな顔になった。


「実はさっきあの女官を追跡した時、姿を隠すことが出来るスキル使ったんだけど……」

「えええ~~~~!?」


アリアが、大きく目を見開いた。


「ちょ、ちょっと、そんなスキル、いつ使えるようになったの!?」


どうしよう?

正直に、アク・イールを倒して手に入れた、とは説明したくない。

なぜならそれは、人を殺せば、どんどんスキルが手に入って強くなれるかも、という恐ろしい可能性を、僕自身で肯定してしまう事になるから。


だから僕は、こんな風に説明した。


「なんか偶然手に入ったんだ。だけど、そのスキル、MP消費するから、MP回復できるポーション落とす敵と戦ってこようかと」


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