第73話 F級の僕は、アリアと色々話をする


5月20日 水曜日9



「分かりました。それでは、そのようにさせて頂きましょう」


僕は、ノエル様に頭を下げた。


「ご理解頂きまして、ありがとうございます。ですが、明日、神樹の間には参ります。そして、神様とお話しさせて頂いて、神樹第110層を目指すつもりです」

「勇者様……」


隣を歩くノエル様が、瞳を潤ませながら、僕にそっと寄り添ってきた。

ふいに感じる柔らかい体温に、僕の心は、ドギマギした


「ノ、ノエル様?」

「あ、申し訳ございません」


ノエル様は、ハッとした様子で、すぐに僕から身を離してくれた。

少し頬を染めながら、彼女は囁いた。


「もうそろそろ晩餐会場ですよ」


程なくして、僕等は、晩餐会が行われる広間に到着した。



晩餐会場は、高い天井から豪華なシャンデリアが下がる、広目のホールのような場所であった。

床には、柔らかい絨毯が敷かれ、そこに、10人程が掛けられる細長い長方形のテーブルが置かれていた。

既に何名かは席についていた。

イシリオンやガラクさん、エルザさんといった今日初めて会った人々、それにノエミちゃんの姿もあった。

と、先に到着していたらしいアリアが、僕に駆け寄ってきた。


「タカシ!」

「アリア。部屋、どうだった?」

「部屋、すっごく綺麗だよ~」


アリアは、僕の隣に立つノエル様を少し気にしながら、顔を寄せて来た。


「ね、後で遊びに行っていい?」

「いいよ。って、僕の部屋どこにあるか分かる?」


ノエル様が、ニコニコしながら声を掛けてきた。


「それでしたら、後でアリアさんを、タカシ様のお部屋にご案内しましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんですよ」


アリアは、ノエル様の顔をちらっと見た後、小声で僕に囁いた。


「ちょっといい?」

「どうしたの?」


アリアが、僕の手を引っ張る仕草を見せた。

僕は、ノエル様に会釈した後、アリアと一緒に、少し離れた場所に移動した。


「もしかして、王女様と仲良くなっちゃった?」

「なんで?」

「だって、今も一緒に来たし……。王女様って、ノエミと色々あるんじゃないの?」

「そうなんだけどね~」


話していると、メイド姿の女官が僕等に近付いて来た。


「タカシ様、アリア様、どうぞお席におつき下さい」


僕等は顔を見合わせた。


「まあ、後でゆっくり話そうか」

「うん」


僕等が、着席すると同時に、ノエル様が口を開いた。


「勇敢な冒険者達の働きで、光の巫女が無事帰還を果たした事、女王陛下の代行者として、嬉しく思います。今宵は祝いの宴。皆、楽しんで行って下さい」


美しい音楽が奏でられる中、豪華な料理が次々と運ばれてきた。

僕の右側には、ノエル様、左側にはアリアが座っていた。

ちなみに、ノエミちゃんは、僕から見て、右斜め前に座っていた。

ノエミちゃんの右隣には、エルザさん、左隣には、立派な衣装を身にまとった、壮年のエルフの男性が座っていた。

ノエル様が、その男性を僕に紹介してくれた。


「王配クルゴンにございます。私にとっては大事な父でもあります」


ノエル様のお父さんと言う事は、ノエミちゃんにとってもお父さんに当たる人物。


僕は、慌ててクルゴンさんに頭を下げた。


「タカシと申します。このような場所にお招きいただきまして、まことに……」


クルゴンさんは、人の良さそうな笑顔で、僕の言葉を遮るように話しかけて来た。


「ここは祝いの席。堅苦しい礼儀は無用だ」

「ありがとうございます」

「タカシ殿は、若年ながら高位の冒険者でいらっしゃるとか。娘を救い出してくれた事、改めて礼を申す」

「偶然が重なっただけです。僕こそ、ノエミ……様には色々お助け頂きまして、本当に感謝しています」


僕は、チラッとノエミちゃんの方を見た。

彼女は、周りが談笑する中、一人、うつむき加減で、強張った表情をしていた。

僕がちょうどノエミちゃんに話しかけようとしたタイミングで、ノエル様が、手ずからよそってくれた料理を差し出してきた。


「タカシ様、こちらの料理も召し上がって下さい。これは、南海のフェリア公国より取り寄せたレギアの肉を……」


ノエル様は、その後も僕やアリアに積極的に話しかけて来た。

僕等は、問われるままに、ルーメルからアールヴまでの旅路について等の話をした。

もっとも、アリアはともかく、僕の方は、色々当たり障りのない話のみ披露したけれど。


結局、斜め前に座っているノエミちゃんとは一言も会話を交わす事無く、晩餐会は終わりを告げた。

晩餐会が終了すると、ノエミちゃんは、エルザさんに先導されて、一足先に会場を後にした。

そして、僕とアリアもまた、それぞれ、付き添いの女官達にかしずかれ、各々の部屋へと戻る事になった。


部屋に戻った僕は、付き添いの女官に手伝って貰って礼服を脱ぎ、これも用意されていた普段着へと着替えた。

女官が一礼して、礼服を手に部屋から出て行った後、僕は、ベッドの上に寝転がった。

そして、これまでと、今日一日の出来事を振り返ってみた。


結局、ノエミちゃんを巡る事件の真相は、どこにあるのだろう?

今の所、表面上、ノエル様に、僕やノエミちゃんに対する敵意ないし、害意のようなものは、感じられない。

では、ノエル様以外の宮中の人々は、どうだろうか?

僕は、今日初めて会った人々の顔を、一人ずつ思い浮かべてみた。


イシリオン……神樹守護騎士団団長と名乗っていた。相当な実力者。僕が、ついうっかり、ノエミ“ちゃん”と口にした時は、物凄い形相で睨まれたな……


エルザさん……聖下様光の巫女付き女官長と自己紹介していた。ノエミちゃんとは親しげだったけれど……


ガラクさん……この国の大臣っぽい人だけど、ノエミちゃんに対する立ち位置は、不明……


クルゴンさん……ノエミちゃんのお父さん。病気療養中の女王陛下の旦那さんで、王配と呼ばれていた。気さくな感じに見えたし、普通に考えれば、娘のノエミちゃんを陥れるメリットは無さそうだけど……


僕は、ふと、この王宮の地下牢に閉じ込められているという獣人の女の子の事を思い出した。

アク・イールが残したロケットペンダントの中に描かれていた彼女に会うことが出来れば、この謎の一端を解き明かすことが出来るかもしれない。


そんな事を考えていると、ふいに扉がノックされた。


―――コンコン


「どうぞ」

「タカシ!」


メイド姿の女官に案内されて僕の部屋にやってきたのは、アリアだった。

彼女を案内してきた女官は一礼すると、部屋を出て行った。

アリアは、僕の部屋を興味深げに見回した。


「タカシの部屋、広いね~」

「アリアの部屋は、少し違うの?」

「私の部屋、綺麗だけど、この半分くらいだよ。なんか、タカシだけ依怙贔屓えこひいきされてない?」

「僕に言われても……」


話しながら、アリアは、ベッドのへりに腰かけた。

僕も、隣に座ると、アリアが、少し真剣な面持ちになった。


「ねえ、さっきの晩餐会、ノエミ、全然楽しそうじゃなかったね」

「そうだね……」


思い返せば、なぜかノエミちゃんは、ほとんど誰とも話さず、料理もあまり食べていない様子だった。


「私、やっぱり、あの王女様怪しいと思うな」


ノエル様が怪しい?


「どうしてそう思うの?」

「だって、さっきも、口では光の巫女が~とか言ってたけど、食事が始まったら、ノエミに全く話しかけなかったじゃない? 普通、大事な妹が危険な目にって、ようやく無事戻ってきましたって事なら、色々気遣いの言葉掛けたりするはずよ。それに、私達がノエミに話しかけようとしたら、さりげなく、会話の邪魔してきてたし」


言われてみれば、あの席で僕がノエミちゃんに話しかけようとするタイミングで、色々さりげなく料理を勧められたり、新しい話題を振られたりした。

あれは、偶然では無かったのかな……


僕の心の中に、猛烈な焦燥感が沸き上がってきた。


今、ノエミちゃんは、どこにいるのだろう?

前に話していた『神樹の間』?

それとも……?


ノエミちゃんの推測――ノエル様が、ノエミちゃんを陥れようとしている――が正しければ、今、ノエミちゃんは、僕等から切り離され、一人孤立している事になる。


「アリア、ノエミちゃんのところに行ってみよう」

「うん」


僕等は連れ立って、部屋を出た。


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