第68話 F級の僕は、ついにアールヴに到着する


5月20日 水曜日4



「分かりました。王宮の地下牢に、このロケットペンダントに描かれている獣人の少女が捕らえられています」


王宮の地下牢……

その単語は、アク・イールも死に際に口にしていた。


「ノエミちゃん、王宮って、やっぱり、アールヴ神樹王国の王宮って事で良いのかな?」

「はい」


ノエミちゃんは、硬い表情で頷いた。


「その獣人の少女は、どうして地下牢に入れられてるんだろう?」

「申し訳ございません。そこまでは、えませんでした」


ノエミちゃんの力を以ってしても、それ以上の情報は得られない様子であった。

しかし、これで、アク・イールとアールヴ神樹王国との関係が、朧気おぼろげながら見えて来た。

僕は、改めて、アク・イールとの最後の会話を思い起こした。



「お前に……頼みがある」

「頼み?」

「私が死んだら……私のネックレスについている……ロケットペンダントを……」

「ロケットペンダント?」

「王宮の……地下牢に……ぐふぅ」



あれはつまり、王宮の地下牢に捕らえられているアク・イールの娘らしき少女に、【アク・イールのネックレス】を届けて欲しいとの事……?

或いは、その少女を救い出してくれって事かも……


そんな事を考えていると、アリアが、口を開いた。


「ねえ、ちょっと聞いても良いかな?」

「ん? 何?」

「さっきから、力とか、王宮とか、お姉さんがどうとか言ってるけど……ノエミって、もしかして、アールヴ神樹王国の王宮関係者とか?」


僕は、思わず、ノエミちゃんの顔を見た。

ノエミちゃんが、アリアに微笑みかけた。


「アリアさん、実は、私は……」


ノエミちゃんは、自分が光の巫女と呼ばれる存在である事、お姉さん絡みの陰謀に巻き込まれている最中である事等を、丁寧に説明し始めた。

ノエミちゃんの話を聞き終えたアリアは、卒倒せんばかりに驚いた。


「え……それって、ノエミって呼び捨てしちゃダメなやつじゃない」

「ダメでは無いですよ。今までもこれからも、ノエミと呼んで下さい。ただ、今お話しした内容は、くれぐれも内密にお願いしますね」

「内密も何も、人においそれと話せる内容じゃないよ!」


アリアと話ながら、ノエミちゃんは、チラッと僕の方に視線を向けて来た。


―――あなたは、説明しないのですか?


ノエミちゃんの目は、明らかにそう語り掛けていた。


僕は……

地球では、F級の荷物持ちで、この世界に呼ばれた勇者かもしれなくて、神樹の第110層に登って、神様に会う予定で、魔王かもしれないエレンや、光の巫女のノエミちゃんと毎晩、神樹内の巨大ダンジョンでレベル上げに励んでいて……


ダメだ。

とてもでは無いけれど、現時点では、何をどう説明すれば良いか、全く考えがまとまらない。


だから、僕は、ノエミちゃんからそっと視線を外すと、改めて、二人に話しかけた。


「それで、二人の意見を聞きたいんだけど、今日、僕等はこれからどうしようか?」


僕の言葉に、アリアが返事した。


「どうしようって?」

「つまり、このままドルムさん達とアールヴ神樹王国目指すか、何か理由付けて、ドルムさん達と別行動を取るか……」


ノエミちゃんが、難しい顔をしたまま、口を開いた。


「このタイミングで、別行動を申し出るのは、得策ではないかもしれません」

「どうして?」

「もし本当に、ドルムさんが、アク・イールや姉と繋がっているのなら、警戒させ、別の新たな手立てを講じられるだけでしょう。それよりは、何も気づいてない振りをして、このままアールヴ神樹王国まで同行した方が、まだましかと」


そういう考え方もあるか……


遅かれ早かれ、【アク・イールのネックレス】が、あの金庫から消えている事に、ドルムさんは気付くだろう。

そしてその時、僕等が別行動を取っていれば、自分達の“陰謀”が露見した、と判断して、他のもっと厄介な手段に訴えて来るかもしれない。

とは言え、このまま単に、何の手立ても考えずに、アールヴ神樹王国まで直行するのも、又危険な臭いしかしない。


僕の懸念を知ってか知らずか、ノエミちゃんが、言葉を続けた。


「ドルムさんや姉たちにも、恐らく誤算がございます」

「誤算?」

「はい。タカシ様の存在です。タカシ様程の高レベルな冒険者が、私をお守り下さっている、とは想定していなかったはずです。当然、短期間で新たな対策を練る事も困難でしょう。ですから、このままアールヴ神樹王国にドルムさん達と同行しても、現時点では、危険は少ないと考えます」


アリアが、口を挟んだ。


「ねえ、結局、タカシって、今、レベルどれ位なの? 出発前、35位って言ってたけど、今、もうそんなもんじゃないよね?」


どうしよう……

まあ、レベル位なら、教えても良いかな。


「実は、今、レベル60なんだ」

「ろっ……!?」


アリアが、目を白黒させた。


「ちょ、ちょっと!? 何がどうなれば、そんな勢いでレベル上がるの!?」


仕方ない、少しだけ、説明するか……


「実は、毎晩、こっそり、ノエミちゃんにも手伝って貰って、レベル上げしてたんだ」

「毎晩?」

「うん、ごめんね。黙ってて」


アリアは、見る見る不機嫌になってしまった。


「ノエミと……毎晩……」

「アリア?」

「やっぱり……私なんかより……ノエミの方が……」


僕は、慌てて、アリアをなだめにかかった。


「ほら、ノエミちゃんって、光の巫女だし、色々支援魔法みたいなの使えるし、お陰で僕のレベルもガンガン上がったというか……」


アリアが、段々涙目になってきた。


しまった!

どうやら、逆効果だったようだ。


「そうだ! アリアも、今夜から、一緒にレベル上げしよう! ちょうど、アールヴ神樹王国って言ったら、マテオさんの話してた巨大ダンジョンもあるし。僕も、アリアから弓教えて貰わないといけないし、ノエミちゃんは、あんまり冒険の事詳しくないんだ。やっぱり、アリアがいないと僕は困るかな~なんて……」


話しながら、チラッとアリアの様子を伺った。

アリアは、上目遣いで僕の方に視線を向けていた。


「私がいないと、困る?」

「困る困る。だって、アリアは、僕にとって一番大事な……」

「えっ? い、一番大事なって……」


僕の言葉にかぶせるように声を上げたアリアは、なぜか赤くなって、目を泳がせていた。


ん?

まあ、とりあえず、機嫌が回復傾向だ。


「大事な仲間だからさ!」


言い切った僕の顔を一瞬キョトンと見つめた後、アリアは、噴き出した。


「……まあ、いっか」


とにかく、アリアの機嫌は、すっかり良くなったようであった。

僕は、改めて二人に声を掛けた。


「とりあえず、戻ろうか?」


そろそろ、出発の時間のはず。

僕等は連れ立って、ドルムさんやカイス達の待つ馬車の方へと戻って行った。



僕等が戻って来たタイミングで、キャラバンは、最終目的地のアールヴ神樹王国に向けて出発した。

僕が乗る馬車には、昨日と同様、アリア、ノエミちゃん、そしてドルムさんが同乗していた。

ここからは、大きな街道沿いを進むだけ。

照り付ける日差しで、若干、汗ばむ陽気の中、馬車は、快調に進んで行った。

途中、何度かレベル20程度のモンスターが出現したが、それらは、全てカイス達が片付けて行った。


お昼休憩を挟んだ午後、行く手に天にも届くかと思われる程の、巨木がかすみの中に見えて来た。


あれが、神樹だろうか?


僕は、内部にはもう何度も訪れていたにも関わらず、初めて見るその外観の威容に、圧倒される想いになった。

隣で、アリアも、感心したような声を出した。


「大きいね~」


僕のすぐ傍で、やはり神樹に視線を向けていたノエミちゃんが、そっと呟きながら胸の前で手を組んだ


「創世神様……」


馬車が進むにつれ、神樹の姿は、次第に大きくはっきりとしてきた。

全体のフォルムは、僕等の世界のモミの木あたりに近い。

もちろん、遥かに巨大で、圧倒的な存在感を放っているけれども。


やがて、前方に、神樹の周囲を大きく取り囲む長大な城壁が見えて来た。


「アールヴ神樹王国の首都、アールヴです」


ノエミちゃんが、そっと囁いた。

午後の日差しの中、僕等のキャラバンは、ついに目的地に到着した。


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