第67話 F級の僕は、陰謀の臭いに目がくらみそうになる


5月20日 水曜日3



馬車の中にそっと乗り込んだ僕は、ドルムさん達を起こさないように、注意深く周囲に置かれた荷物を観察した。

いくつかの箱が整頓されて置かれている。

と、なぜかその中の一つが気になった。

近付いてみると、両手で抱えられる位の、小さな黒い金庫のような箱だった。

箱には、カギがかかっているようで、蓋を開けることが出来ない。


カギは、どこだろう?

もしかして、ドルムさんが持ってたりしないかな?


僕は、眠るドルムさんに静かに近寄った。

【隠密】を維持するため、月の雫を飲み干してから、ドルムさんの着衣のポケットを探ろうとして……



―――ピロン♪



いきなりの効果音と共に、ポップアップが立ち上がった。


「……!?」


心臓の鼓動が跳ね上がり、僕は、もう少しで声を上げそうになった。

僕の動揺が伝わったのか、ドルムさんが寝返りを打った。


「う~ん……」


慌てて、後ろに下がり、少し心臓の鼓動が落ち着くのを待ちながら、ポップアップ越しに、ドルムさんの様子を観察した。


大丈夫、起きてはいなさそうだ。


僕は、改めて立ち上がったポップアップに目をやった。



スキル【スリ】を取得しました。

相手に気付かれる事無く、所持品をスリ取れる確率が飛躍的に上昇します。



【スリ】って……

まあ確かに、今、僕は、ドルムさんの所持品“スリ取ろう”としてたけど。


苦笑しかけた僕は、そこである事に気が付いた。

今まで、こうした形でのスキルの自然取得は、常に人間相手だった。


山賊と剣で戦った時、【剣術】を、

佐藤と素手で喧嘩した時、【格闘術】を、

アク・イールを追跡中に、【看破】を、

そして今、ドルムさん相手に、【スリ】を……


人間相手に何か行動すれば、それに対応する形でのスキルが自然に取得される?


それはともかく、ドルムさんが持っているかもしれない金庫のカギが欲しい僕にとっては、ありがたい状況になった。

改めてドルムさんに近付き、着衣のポケットを探ってみた。


内ポケットに、何かのカギがある……


僕は、それをドルムさんに気付かれる事無く、スリ取る事に成功した。

そして、先程の黒い金庫のような箱にあるカギ穴に差し込んでみた。


―――カチャ……


小さな音と共に、カギが回った。

周囲の状況を確認するが、特に誰かが起きた気配は無い。

僕は、【隠密】維持のため、また月の雫を飲んでから、そっとその蓋を開けてみた。

中には、いくつかの書類と共に、鎖が付いた銀色のロケットペンダントが入っていた。

僕は、それを手に取ると、ロケットペンダントの部分の蓋を開けてみた。

中には、獣人の女の子の精緻な絵が描かれていた。


これが、アク・イールが死の間際に話していたネックレスだろうか?


僕は、インベントリを呼び出した。

そして、それを収納してみた。

装飾品の欄が明るく表示されている。

それに指で触れると、今、僕が収納したネックレスの名称が表示された。


【アク・イールのネックレス】


やはり……


僕は、そっと金庫の蓋を閉め、カギを掛け直した。

そして、カギを再び、ドルムさんの内ポケットにスリ入れた。



自分の馬車に戻った僕は、再度インベントリを呼び出し、【アク・イールのネックレス】を取り出した。

ロケットペンダントの蓋を開けると、先程目にした獣人の女の子の精緻な絵が現れた。

見た目は、10代半ばだろうか?

茶色の髪、可愛い笑顔、頭部にある狼のような耳……


アク・イールの娘さんかな?


しげしげと眺めていると、ロケットペンダントの蓋の裏側に、こちらの世界の記号や数字が彫られている事に気が付いた。


何だろう?


しばらく【アク・イールのネックレス】を眺めてみたけれど、それ以上、特に新しい情報は手に入りそうにない。

僕は、再度インベントリに【アク・イールのネックレス】を収納すると、馬車の中で、横になった。


それにしても、ドルムさんはなぜ、【アク・イールのネックレス】だけ、わざわざカギのかかる金庫みたいな箱に保管していたのだろう?

なぜ、ドルムさんは、【アク・イールのネックレス】について、知らない振りをしたのだろう?


僕の心の奥底から、猛烈にもやもやしたものが、沸き上がってきた。


アク・イールが、最初にノエミちゃんをさらおうとしたのは、黒の森の野営地だった。

アク・イールは、いつからあそこにいたのだろう?

エレンは、アク・イールと思われる獣人が、野営地を見張っていたから、僕の前に出て来られなかった、と話していた。

つまり、アク・イールは、あらかじめ、僕等が、あの野営地に宿泊する事を知っていた?

そして、今晩、ここウストの村のあの宿屋に泊まる事も知っていた?


アク・イールは、僕の知る限りでは、単独行動に見えた。

協力者も無しに、僕等の予定をどうやって知る事が出来たのだろうか?

【隠密】使って忍び寄って、盗み聞きすれば、出来なくは無いだろうけれど……


山賊に捕らえられていたノエミちゃん。

山賊達は、僕の事を、ノエミちゃんを救出しに来た“ルーメルの冒険者”と勘違いしていた。

そして、ノエミちゃんを救出して程なくして、唐突に、“ルーメルで”募集が開始されたアールヴ行きの護衛依頼。

単にカイスを投げ飛ばしただけの僕に、わざわざアールヴ行きの護衛依頼を受けるように頼んできたドルムさん。

思い返せば、ロイヤルリザードマンも、『誰かに頼まれて』僕等のキャラバンを待ち伏せしていた。


点と点が結ばれ、形ある輪郭になってきた。


予定では、僕等は、明日の午後には、アールヴ神樹王国に到着するはずだ。

しかし、このまま、ドルムさんのキャラバンと一緒に、アールヴ神樹王国入りしても大丈夫なのだろうか?


見えて来た輪郭に対する対処が全く思いつかないまま、時間だけが過ぎて行く。

やがて、訪れた眠気には勝てず、僕はいつの間にか眠りについていた。



翌朝……


「おはよう! もう朝ご飯出来てるよ?」


アリアに起こされた僕は、寝不足で少しフラフラしながら身を起こした。


「アリア、元気だね」

「私は、いつだって元気だよ」


僕が馬車から降りると、既に、皆、馬車の脇の空き地に腰を下ろし、朝ご飯を食べ始めている所だった。

ドルムさんが、ニコニコしながら、挨拶してきた。


「おはようございます。昨晩は、お疲れさまでした」

「おはようございます。いや~ちょっと寝不足で……」


僕は、挨拶を交わしながら、ドルムさんの様子をさりげなく観察してみた。

しかし、屈託の無い笑みを浮かべるドルムさんの表情からは、何も読み取る事は出来なかった。


ネックレスが無くなっている事には、気付いてないかな?



皆と談笑しながら朝食を終えた僕は、出発前に、ノエミちゃんとアリアを散歩に誘い出した。


「タカシ様からお誘い頂けるなんて、光栄です」


ノエミちゃんは、嬉しそうに微笑んでくれた。


「どうしたの? いきなり朝の散歩って。あ、もしかして、弓の朝練?」


アリアは、わくわくした目をしている。

そういや、昨日、僕がリザードマンの弓を練習してみるって話をしてたっけ?


「出発まで、まだ1時間ほどあるけど、弓の朝練とは別の話があるんだ」


僕は、二人を建物の影に連れて行くと、周囲を警戒しつつ話しかけた。


「実はさ、二人に見て貰いたいものがあるんだ」


僕は、インベントリを呼び出し、【アク・イールのネックレス】を取り出した。

アリアが、不思議そうな顔でたずねてきた。


「どうしたの、それ?」

「実はね……」


僕は、二人に昨晩、僕がドルムさんの金庫からこの【アク・イールのネックレス】を“盗み出す”事になった顛末を、簡単に説明した。

僕の話を聞き終えた二人、特に、ノエミちゃんの顔が強張った。


「……すると、タカシ様は、あのアク・イールなる者が、ドルムさんを通じて、私の姉と繋がっているのでは? とお考えなのですね」

「まだ、確証は無いんだけどね」

「その、ロケットペンダント、お見せ頂いても宜しいでしょうか?」


僕が手渡した【アク・イールのネックレス】を、ノエミちゃんは、しげしげと眺めた後、目を閉じて、美しい声で歌い出した。

その歌声に反応するかの如く、【アク・イールのネックレス】が、淡い光に包まれていく。


「凄~い」


恐らく、ノエミちゃんの力を間近で見るのが初めてのはずのアリアが、目を大きく見開いた。

僕は、今更ながら、アリアに囁いた。


「ノエミちゃんのこの力、ちょっと黙っていてあげてね」

「やっぱり、ノエミは、何か不思議な力持ってるんだね。薄々、そうじゃないかな~とは思ってたよ」


やがて、ノエミちゃんが、目を開けた。


「分かりました。王宮の地下牢に、このロケットペンダントに描かれている獣人の少女が捕らえられています」


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