第49話 F級の僕は、アールヴに向けていよいよ出発する


5月17日 日曜日2



なんで、ここにカイスが?


若干混乱した僕に、ドルムさんが、説明してくれた。


「なにせ、今回最大の難所は、黒の森です。護衛は多い方がありがたいですからね。カイスさんが、是非この依頼を受けたいとおっしゃるので、彼にも頼む事にしたんですよ」


カイスが、こちらを明らかに見下したような視線を向けてきた。


「まぐれで僕に一発入れた君だけじゃ、このキャラバンの護衛どころか、美しき乙女達すら、守る事は不可能だろうからね。本当は忙しい僕が、わざわざ、この依頼、受けてあげたのさ。ま、せいぜい、僕の足を引っ張らないようにしたまえ」


はっはっは、と笑いながら、カイスは、少し向こうで待っている、彼の取り巻きの女の子達の方へと戻って行った。


アリアが、引きつった顔で、ドルムさんに詰め寄った。


「ドルムさん? どういう事ですか?」

「いや、さっき説明した通りですよ。でも、ご安心ください。あなた方ヘの報酬は、約束通り、しっかり200万ゴールド払わせて頂きますので」

「報酬の話じゃ無いんですよ」

「? では、何のお話ですか?」

「あ~~~。いいです、もう」


アリアは、途中で諦めたように口をつぐんだ。

不思議そうに首を捻るドルムさんに、僕が代わりに頭を下げた。


「ちょっとアリアとカイスさんは、性格が合わないと言いますか……」

「ああ、そうだったんですね。それは、申し訳ない。でしたら、タカシさん達と、カイスさん達、それぞれ乗って頂く馬車は、分けさせて頂きますね」

「助かります」


その後、カイスが、自分と女の子全員、そして僕の二手に分かれて馬車に乗るべきだ、と主張し、それにアリアが激しく反発する、といったやりとりが行われた。

結局、ドルムさんの裁定で、カイス達と僕達とで、二手に分かれて馬車に乗り込む事になった。

カイスの一行は、今回は、カイス以外は、女性の冒険者3人であった。

アリアの話では、彼女らは、いずれもレベルは、30台。

カイスの取り巻きの中では、一番高いレベルの冒険者達という事であった。

カイスも、数々の依頼をこなして、あの若さでレベル41に到達している。

黒の森をなめている訳では無い、という事だろう。


計画では、今日は、黒の森近くのゲンダの村まで行って一泊。

明日、黒の森に入り、比較的安全な場所で野営。

明後日、黒の森を抜け、ウストの村に一泊。

そして4日目の午後、アールヴ神樹王国に到着する予定だ。


ゲンダへの道は、街道が整備されており、僕等の馬車は、道なりに順調に走って行った。

馬車も、振動を軽減できるよう、魔法的な機構が組み込まれている、との事で、かなりの速度で移動しているにも関わらず、ほとんど揺れを感じなかった。

僕等は、馬車の小窓から、外の景色やたまに行き交う他の荷馬車等を眺めながら、のんびりお喋りを楽しんだ。

その日は、途中、2度ほどレベル10程度のモンスターに遭遇したが、いずれも、カイス達が瞬殺し、僕等の出番はなかった。

カイスが、レベル10のベビーリザードに、明らかにオーバーキルな攻撃を連発し、勝利のキメポーズを披露して、それを僕等が引きつった笑顔で見守る、なんてありがたくないエピソードは増えたけれども。


やがて、僕等の馬車は、日が西に傾く頃、黒の森にほど近い、ゲンダの村に到着した。

粗末な木柵に囲まれた村は、素朴な雰囲気で、僕の知るルーメルの街とはまた異なったおもむきがあった。

僕等は、その夜は、村の宿屋で一泊して、明日の黒の森通過に備える事にした。


夕ご飯の後、宿の自分の部屋に戻って一人になった僕は、一度、地球のアパートの部屋をチェックしてくる事にした。


まあ、5分か10分で済ませてきたら、誰にも気付かれないよね。


僕は、【異世界転移】スキルを発動した。


時刻は、午後8時25分。

二日ぶりのアパートの部屋は、特に変わりなさそうであった。

郵便受けにも、目を引く郵便物は届いていなかった。

充電器に繋いであったスマホを見ると……

チャットアプリに未読のメッセージが6件届いていた。



1件目―――5月16日 09:20


『おはよう。今日も一日頑張ろう』


……関谷さんだ。



2件目―――5月16日 14:53


『月曜夕方3時に鏡川第二に集合。遅れんなよ』


……佐藤からだ。



3件目―――5月16日 21:30


『今日は忙しい? おやすみなさい』


……関谷さんだ。



4件目―――5月17日 10:24


『20日14時笹山第二十五』


……鈴木すずき亮太りょうただ。

鈴木は、やはり高校時代の元同級生で、D級だ。

高校時代からアーチェリーをしており、ダンジョンに潜る時も、弓を好んで使用している。

そして、彼もたまに、こうして荷物持ち兼ストレス発散対象として、僕を呼び出してくれる。



5件目―――5月17日 17:25


『週末、どこか出かけてる?』


……関谷さんだ。



6件目―――5月17日 18:56


『おい、シカトこいてるとぶっ飛ばすぞ』


……佐藤からだ。



「ふぅ……」


なんだか、今、読んだメッセージの数々が、僕のこの世界での立ち位置を如実に表していて、ちょっと切なくなる。

関谷さんからのメッセージはともかく、他の皆にとって、僕は、ここ地球では、最底辺の荷物持ち。

それ以上の役割は、何も期待されていない。

一瞬、僕に多大な期待を寄せているらしいノエミちゃんの顔が、心の中に浮かんだ。

自然に自嘲気味の笑いが込み上げてきた。


ちょっと気持ちがネガティブな方向に向かいそうになった僕は、慌てて気持ちを切り替えた。


今は、あっちの世界で、アールヴ神樹王国に向かう事に集中しよう。


今週、ここ地球で予定を入れるつもりのない僕は、全員に同じ内容のメッセージを返信する事にした。



―――『今、旅行中です。スマホの電波届かない場所にいるので、お返事は、週末以降になります』



コピペして、関谷さん、佐藤、鈴木にメッセージを送信すると、スマホの電源を落とした。

そして、再び充電器に繋ぐと、僕は、【異世界転移】スキルを発動した。



「うわっ!?」


転移した直後、僕の心臓は、喉元まで飛び上がってきた。

ゲンダの村の宿屋の僕の部屋。

今は誰もいないはずのその部屋のベッドのへりに、エレンが、手持無沙汰な感じで腰かけていた。

毎度の事ながら、本当に心臓に悪い。

というか、どうして、僕が今夜ここに泊ると分かったのだろう?


エレンは、僕の顔を見ると、何気ない感じで、挨拶してきた。


「おかえり」

「ただいま……じゃなくて、なんでいるの?」

「なんで? タカシが、続きは明日の晩って言ってた」


思い出した。

昨夜、疲れ切ってしまった僕は、その場しのぎに、そんな事を口にした。


と、その時、一陣の風が吹いた。


―――ゴォォォ……


そして、いきなり、ノエミちゃんが、部屋の中に現れた。

ノエミちゃんは、僕をかばうように立つと、エレンに厳しい視線を向けた。


「やはり、現れましたね? 闇を統べる者よ」

「やっぱり来た……」


ノエミちゃんに、若干うんざりしたような目を向けながら、エレンが呟いた。


「ノエミちゃん?」

「タカシ様、ご安心下さい。タカシ様の身は、私が命に代えても……」

「いやいや、今、そんな殺伐とした状況じゃ無かったから」


僕は、慌ててノエミちゃんをなだめにかかった。


「それにしても、ノエミちゃん、よくエレンがここへ来たの分かったね?」

「私の力で、タカシ様に闇を統べる者が近付けば、分かるようにしてあります」

「ノエミちゃんの力で?」

「はい。実は、精霊に少しお願いをして、タカシ様を見守ってもらっています」


……つまり、四六時中監視している、と。


僕の心の声が聞こえたのか、ノエミちゃんが、少しあせったような顔になった。


「あ、その、あくまでもタカシ様に闇を統べる者が接近した時、知らせてくれるよう頼んであるだけですよ? それ以外、タカシ様が、入浴されたり、その、色々……なさってる事は、知らせなくて良いと伝えてありますので……」


そして、なぜか真っ赤になって俯いてしまった。


えっ?

そこまで聞いてないけど。

僕、色々見られちゃってるって事?

いや、見られて困る事しているわけじゃ無いけど……


僕とノエミちゃんがあたふたしているさまを、冷めた目で見ていたエレンが、ぼそっと呟いた。


「光の巫女に、覗き趣味があるとは知らなかった」

「ありません!」


こうして、またも長い夜が始まった。

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