第50話 F級の僕は、新しいスキルを取得する


5月17日 日曜日3



そんなわけで、結局、今夜も、僕とエレンとノエミちゃんは、神樹内部の巨大ダンジョンへとやってきていた。

今いる階層は、第57層。

エレンは最初、僕等を第65層へ連れて行った。


エレンの言い分を要約するとこうだ。

ノエミちゃんの精霊術による支援があれば、僕は、レベル65のモンスターとも十分戦える。

だから、可能な限り高レベルのモンスターと戦った方が、早くレベルが上がる。


しかし、それに対し、ノエミちゃんが、強硬に反対した。


「闇を統べる者よ、とうとう、本性を現しましたね? まだ完全復活できていないあなたでは、タカシ様を倒す事が出来ない。だから、レベルを上げるのを手伝う、等と甘言をろうし、高レベルのモンスターをけしかけて、タカシ様を亡き者にする企み。純粋なタカシ様は騙せても、私の目は誤魔化せませんよ!」


で、例の如く、すったもんだの末、折衷せっちゅう案として、レベル57のモンスターが出没するここ、第57層が、今日の狩り場に選択されたのだった。


僕は、エレンの衣とセンチピードの牙を装備した。

そして、念のため、神樹の雫10本を腰のベルトに挟んで、エレンに聞いてみた。


「ここって、どんなモンスターが出るの?」

「メドゥ……」


エレンが答えようとするのを、ノエミちゃんがさえぎった。


「タカシ様! そのような事、お聞き頂ければ、私がお教えしますのに」


僕は、チラッとエレンを見た。

彼女は、少しうんざりしたような表情を浮かべているように見えた。

しかし、話を遮られた事を、特に気に留めている様子は無さそうだった。


「じゃあ、ノエミちゃんに教えてもらおうかな」

「はい!」


ノエミちゃんは、嬉しそうに返事をした後、少し声を潜めた。


「闇を統べる者は、偽りを申す可能性がございます。くれぐれも、お気を許されませんように」

「エレンは、そんな事はしないと思うけど……」

「タカシ様は、純粋すぎます。ご自身のお立場を、もっとよく考えて色々判断された方が宜しいです。でなければ、私のように……」


ノエミちゃんが、少し悲し気な顔をした。


「ノエミちゃん……」


ノエミちゃんが、ハッとしたように顔を上げた。


「申し訳ございません。この階層のモンスターについてでしたね……」


ノエミちゃんから聞けた話によれば、この階層の、このエリアには、主に以下の3種類のモンスターが徘徊している。

いずれも、レベルは、57との事であった。



◇ メドゥーサ

毛髪の代わりに、無数のヘビが生えている巨大な老婆の顔だけのモンスター。常に飛び回っており、視線を合わせると、麻痺してしまう可能性がある。


◇ デルピュネ

上半身は、人間の女性の姿、下半身はヘビのモンスター。噛まれると、毒に冒される可能性がある。


◇ ミノタウロス

牛頭の巨人。その咆哮を聞いた者は、恐怖ですくんでしまう可能性がある。



「結構、嫌な特殊攻撃してくるモンスターが多いね」

「ふふふ、ご安心下さい」


ノエミちゃんが、美しい声で歌い出した。

僕の周囲に、銀色に輝く何かが集まってきた。

その何かは、僕の身体を柔らかく包み込んだ。


「ノエミちゃん、これは?」

「精霊の加護です。これで、タカシ様に対する特殊攻撃は、全て無効化されます」

「凄いね。ありがとう」


特殊攻撃を全て無効化できるバフを掛けてくれた、という事であろう。


僕が、感謝の気持ちを伝えると、ノエミちゃんは、とても嬉しそうな顔になった。


「四日後、アールヴにさえ到着してしまえば、闇を統べる者に頼らずとも、神樹内部にご案内できるようになります。その時は、私が、タカシ様をきっと、110層までお送りしてみせます!」


それまで、つまらなさそうに僕等の様子を見ていたエレンが、話しかけてきた。


「準備、終わった?」

「ああ、終わったよ」


今の僕にとっては最高の武器と防具を装備したし、神樹の雫もベルトに差した。

それに、ノエミちゃんから、特殊攻撃無効化のバフも掛けてもらった。

準備万端、整っている。


「じゃあ、呼んでくる」

「待ちなさい!」


まるで、知り合いを呼んで来るかのように、すたすた、ダンジョンの奥に歩き出そうとしたエレンを、ノエミちゃんが呼び止めた。


「何?」


エレンが、足を止めて、ノエミちゃんの方を振り返った。


「まさか、昨日のように、大量に招集する気では無いでしょうね?」

「とりあえず、1体ずつ連れて来る」


そう言い置くと、エレンは、ダンジョンの暗がりへと消えて行った。

と、凄まじい咆哮が響いてきた。


―――ブモォォォ!


「ミノタウロスです!」


ノエミちゃんが、顔を強張らせながら囁いた。

やがて、暗がりの向こうから、赤銅色の筋肉質の肉体を持つ牛頭の巨人が、巨大な斧を片手に現れた。

僕は、センチピードの牙を片手に、直ちにミノタウロスに向かって駆け寄った。

と、ミノタウロスが、一際大きく吠えた。


―――ブモオオオオオオ!


周囲の空気がビリビリと振動した。

僕は、思わず立ち止まった。

背筋を得体の知れない感覚が駆け抜けた。

しかし、すぐにそれは収まった。



―――ピロン!


聞き慣れた効果音と共に、唐突にポップアップが立ち上がった。



咆哮による【恐怖】を無効化しました。



どうやら、ノエミちゃんがかけてくれたバフのお陰らしい。

僕は、再び、ミノタウロスに向けて駆け出した。

そして、ミノタウロスが振り下ろしてくる巨大な斧による攻撃をくぐりながら、その身体をセンチピードの牙で斬り裂いた。


―――ブギャアアアアア!


ミノタウロスが、苦悶の声を上げた。

その隙に、ミノタウロスの背後に回り込んだ僕は、今度は、腰のあたりにセンチピードの牙を思いっきり突き立てた。

と、ミノタウロスの動きがふいに停止した。



―――ピロン!



センチピードの牙による【麻痺】が発動しました。ミノタウロスは、【麻痺】しています。

残り80秒……



どうやら、ミノタウロスは、表示されている秒数の間、動けなくなっているようであった。

僕は、そのまま、ミノタウロスを斬り裂き続けた。

そして、ついに、【麻痺】の効果が切れる前に、ミノタウロスは、悲鳴も上げる事無く、光の粒子になって、消滅していった、



―――ピロン♪



ミノタウロスを倒しました。

経験値484,193,826,700を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。

Cランクのスキル書が1個ドロップしました。



「タカシ様! お怪我は無かったですか?」


ノエミちゃんが駆け寄ってきた。

僕は、彼女に笑顔を向けた。


「大丈夫だよ。こいつ、身体が大きいせいか、動き鈍かったし。それに、途中で麻痺が発動してくれたから、結構、簡単に倒せちゃったよ」

「さすがはタカシ様です!」

「いやいや、ノエミちゃんこそ凄いよ。ノエミちゃんの精霊の加護が無かったら、僕は、【恐怖】で動けなくなってたかも」

「お役に立てて何よりです」


僕は、ノエミちゃんと笑い合いながら、ミノタウロスのドロップ品を拾い上げた。


スキル書がドロップしてる。

今度は、どんなスキルが手に入るんだろう?


僕が、拾い上げたスキル書の、魔法陣が描かれた部分に、指を持って行こうとした時、ノエミちゃんが、こちらを不思議そうに見ている事に気が付いた。


「? どうしたの?」

「タカシ様、それは……?」


ノエミちゃんが、僕の手の中にあるスキル書を指差した。


「ああ、スキル書だよ。ミノタウロスのドロップ品の」

「スキル……書?」

「うん。確か、こうやって、指でなぞると……」


僕は、ノエミちゃんに見えるように魔法陣を指でなぞった。



―――ピロン♪



【威圧】のスキルを取得しますか?

▷YES

 NO



ポップアップが立ち上がると同時に、スキル書Cは、消滅した。

僕は、ポップアップの【威圧】と表示されている部分に指で触れてみた。



【威圧】:声を聞いた相手を、一定の確率で【恐怖】状態にする事が出来る。成功確率、持続時間は、自分と相手とのレベルとステータスの差に依存する。ただし、一度抵抗された相手には、しばらく再使用出来ない。



なるほど、なかなか便利そうだ。

僕は、▷YESを選択した。



―――ピロン♪



スキル【威圧】を取得しました。



僕は、ノエミちゃんに話しかけた。


「……こんな感じでスキルを取得できるんだよ」


僕の説明を聞いたノエミちゃんは、目を大きく見開いたまま固まってしまった。


「えっと……ノエミちゃん?」

「スキルを……取得……した?」

「うん」


ノエミちゃんは、目を白黒させた後、口を開いた。


「タカシ様、スキル書等と言う物は、この世界には存在しません。スキルを後から取得する方法も存在しません」

「え? でも、だって……」


今度は、僕の方が固まってしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る