第34話 F級の僕は、C級の佐藤を捻じ伏せる


5月15日 金曜日7



関谷さんから魔石を受け取った僕は、そそくさとスクーターにまたがると、N市黒田第八ダンジョンを後にした。

今日は、夕方6時に、均衡調整課に行かなければならない。

僕が、黒田第八最奥のあの場所で体験した事を、説明して欲しい、と言われているからだ。

まあ、もっとも、僕的には、うずくまってガタガタ震えていたら、いつの間にか全てが終わっていた、と話す事にしているのだが。

時刻は、既に午後3時前になっていた。

近所のファミレスのランチタイムに、ぎりぎり間に合った僕は、遅い昼ご飯を食べた後、一旦、アパートの部屋に戻る事にした。


それにしても、今日は、疲れた……

部屋に戻ったら、ひと眠りしてから均衡調整課に行こう。


そんな事を考えながら、アパートに戻ってくると、アパートの前に、赤いド派手なスポーツカーが止まっていた。

この車は、確か……

嫌な予感は、運転席のドアを開けて出てきた佐藤の顔を見て、確信に変わった。

車から降りてきた佐藤は、苛ついた様子で、僕に近付いて来て、いきなり蹴りを入れてきた。


おせえんだよ、ナカ豚!」


僕は、蹴られた右足をさすりながら、佐藤の傍を無言で通り過ぎようとした。

と、佐藤に腕を掴まれた。


「おい、無視してんじゃねぇよ」

「無視してるわけじゃ無いよ。疲れてるから、今日は勘弁してくれないかな」

「随分、生意気な口きくようになったじゃねぇか? あ? F級の分際で」


佐藤が、胸倉を掴んできた。

僕は、若干、困惑した。


こいつは、なんで、僕にここまで絡んできてるんだ?


僕の疑問を解消するかの如く、佐藤が言葉を続けた。


「お前、詩織ちゃんから魔石貰っただろ? 全部出せ」


そう言えば、佐藤を含め、途中で逃げ出したC級達は、今日、添田から分け前ゼロを言い渡されていた。

大方、僕から魔石を強請ゆすり取って、その穴埋めにしようという魂胆だろう。

あとは、“関谷さんが、わざわざ僕に魔石を譲った”って所も気に入らないのかもしれない。

いつもなら、黙って魔石を全部出すところだが、疲れていた僕は、聞き返してしまった。


「なんで?」

「なんでもくそもねぇんだよ!」


滅茶苦茶な理論を振りかざしながら、佐藤が殴ってきた。

ところが、僕には、その拳の軌跡が、よく見えた。

なので、僕は、佐藤の拳を、咄嗟に自分の右手で握り止めてしまった。

拳を握り止められた佐藤は、一瞬、驚いたような顔をした後、直ぐに僕の手を振り払った。


「ざけんじゃねえよ!」


佐藤が、再び殴り掛かって来た。

僕は、胸倉を掴んでいた佐藤の手を振りほどくと、今度は、脇にそれをけた。

佐藤は、バランスを失い、大きくよろけた。

再び、僕の方に向き直った佐藤の顔は、怒りで真っ赤になっていた。


一方、僕の方は、不思議な感覚に襲われていた。

佐藤は、C級、僕はF級。

今までは、当然ながら一方的に蹂躙されてきた。

向こうが手加減して殴って来ても、それをけたりする事等、ステータス的に無理な話であった。

ところが、今の僕にとって、佐藤の動きは、無駄が多く、容易に見切る事が出来た。


僕のレベルが上がって、ステータスが上昇したおかげ?


佐藤が再び僕に殴り掛かってきた。

僕は、その拳をかわしながら、逆に佐藤の右腕をつかんで、背中にねじあげた。

そして、そのまま地面にうつ伏せにおさえ込んだ。


「いてててて!」


佐藤が苦悶の声を上げる中、突然、聞き慣れた効果音が鳴った。



―――ピロン♪


そして、いきなり立ち上がるポップアップ。



スキル【格闘術】を取得しました。

武器を持たずに戦う能力が向上します。



「えっ!?」


いきなりスキルが獲得された?

しかも、ここ地球で??


「痛い痛い痛い痛い!」


当惑する僕に抑え込まれたままの佐藤の悲鳴が、一段と大きくなった。

僕は、慌てて手を離し、立ち上がった。

佐藤も、右肩を押さえながら、立ち上がった。

佐藤の顔には、今の状況が信じられないといった表情が浮かんでいた。


「お前……どういう事だ、これは?」


どういう事も何も、理不尽な暴力行為に及んできたのは、佐藤の方だ。

僕が、返事をせずに黙っていると、佐藤は、こちらを物凄い形相で睨みながら自分の車に乗り込んだ。

そして、そのまま、けたたましいエンジン音と共に、走り去って行った。


ふぅ……

部屋でとりあえず、ひと眠りしよう……



僕は、ひと眠りした後、午後5時半頃アパートを出て、均衡調整課に向かった。

そして、午後6時前には、N市均衡調整課に到着した。

中は、いつも通り、大勢の人々が訪れていた。

と、ふいに、僕を呼ぶ声がした。


「中村さん!」


見ると、関谷さんであった。

一旦、家に帰って着替えてきたのであろう。

見慣れた茶色いローブ姿と違い、パステル調の優しい色彩のワンピースを着た彼女は、とても綺麗に見えた。

僕は、少しドギマギしながら言葉を返した。


「関谷さん? 奇遇ですね」

「奇遇も何も、中村さんも、6時からでしょ?」

「あれ? じゃあ、関谷さんも同じ時間?」


驚く僕に、関谷さんは、少し可笑しそうに笑った。


「さては四方木さんの話、ちゃんと聞いてなかったですね? 私と中村さん、同時に話を聞きたいって言ってたじゃ無いですか」


そう言えば、そんな話をしてたかも?

あの時は、アンデッドセンチピードを倒した高揚感で頭の中はいっぱいだった。

正直、四方木さんが午後6時に来いって言ってた事しか覚えていない。

多分、あの広間に最後まで残ってた人間を一まとめにして、事情を聞きたいのだろう。

あれ、そうすると……?


「添田さんは、どうしたんですか?」


添田さんも、一緒に事情を聞かれるのでは?


「添田さんは、一足先に終わったみたいですよ。結局、あの場で最初から最後まで意識があったのは、私と中村さんだけですから……」


関谷さんが、少し複雑そうな顔になった。


「……そうですね」

「中村さん、あの……」


関谷さんが、突然、思いつめたような顔になった。


「どうかしました?」

「中村さんは、その……どこまで見ていました?」

「どこまでって?」

「その……」


関谷さんが、何かを言い淀んでいると、僕等を見付けたらしい四方木さんが、笑顔でこちらに近付いて来た。


「今日は、お疲れさまでした。ささ、こちらへどうぞ」


四方木さんの案内で、僕と関谷さんは、応接室のような場所に通された。

僕等がソファに腰かけると、向かいの席に、四方木さんと真田さんが腰を下ろした。

四方木さんが、口を開いた。


「早速ですが、アンデッドセンチピード出現から消失まで、見たままをお聞かせ下さい。まずは、関谷さんからどうぞ」

「私達が、あの広間に入った時……」


関谷さんが、あの謎の黒い結晶体が閃光を放ち、アンデッドセンチピードが出現した事、皆が力戦した事、そして、最後に、唐突にモンスターが消滅した事を淡々とした口調で語った。


「すると、モンスターは、誰かに倒されたわけでは無く、勝手に消滅した、と?」

「は、はい」


関谷さんは、俯いたまま、小さく返事した。

四方木さんは、しばらく彼女の様子を観察した後、今度は、僕の方に話しかけてきた。


「で、中村さんから見て、どうでした? モンスターは、最後、どうなりました?」

「すみません。実は、ずうっとうずくまって耳を塞いでいたもので……」


僕は、あらかじめ用意していた回答を披露した。


「そうですか……」


四方木さんは、じっと僕の顔を見つめてきた。

心の底を見透かしそうなその視線を前に、僕は、思わず目を反らしてしまった。


四方木さん、まさか、読心術的なスキル持ってたりしないですよね?


「分かりました。でも、不思議な事があるものですね。モンスターが勝手に消えてしまうなんて」

「そ、そうですね。不思議ですね」

「いや~、私はまた、どなたかステータスを隠してる方が、密かにその実力を発揮して、モンスターやっつけて、関谷さんにその事を口止めしたのかと、邪推してしまいました」


はっはっは、と笑う四方木さんに、僕は、引きつった笑顔で応じるしかなかった。


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